第119話 窓辺の姫
宿舎は、夜の灯りにやわらかく包まれていた。
「姫様の部屋はどこですか?」
カイルは地面から小石を拾い、指先でぽんぽんと弾いている。
レンセリオンは眉をひそめた。
「……その石で何をするつもりだ」
「窓に投げて、姫様を呼ぶんですよ!」
あっけらかんとした答えに、レンセリオンは思わず失笑する。
「怖がらせるだけだ。直接迎えに行った方が――」
「その方が怖いです!」
即答だった。
レンセリオンの顔から、すっと笑みが消える。
横でルークが肩を震わせていた。
「姫様のお部屋、ここで間違いないんですね?」
ルークが窓の並ぶ外壁の一角を指す。
レンセリオンは確かめるように一度だけ頷いた。
「では、殿下はこちらへ」
カイルがレンセリオンの両肩を掴み、窓からちょうど見える位置へと強制的に移動させる。
ルークは影にすっと身を隠し、いつでも逃げられる構え。
カイルは小石を握り――
コツン。
軽い音が、窓に当たった。
直後、カイルはルークの隣へ素早く退避する。
レンセリオンは、心臓の鼓動を落ち着けるように両手を握った。
(……俺は、どうすればいい)
戸惑いと緊張の中で、窓を見上げる。
そして――
ガラ……
窓が、ゆっくりと開いた。
「?!」
レンセリオンは反射的に中腰のまま後退し、そのまま滑るようにカイルとルークの背後へ逃げ込んだ。
「殿下!! ちゃんと誘ってください!!」
カイルが小声で身体を押し戻そうとする。
だがレンセリオンはその腕にしがみつき、必死にささやいた。
「違う! そこじゃない!!
エリオンが出てきた!!」
――一瞬、完全に静まり返る。
カイルとルークの動きが止まり――
次の瞬間。
ぷっ…………
二人は声を殺しながら、爆笑した。
「しっ……静かにしろ……!」
レンセリオンが慌てて口元に指を当てる。
三人はそっと窓の方を覗く。
エリオンが静かに外を見回し、
「……?」
と首を傾げたあと、特に気にした様子もなく窓を閉めた。
三人は同時に肩の力を抜き、深く安堵の息を吐く。
⸻
「……今度は、間違えないでくださいよ」
カイルが小声でつぶやく。
「……すまない」
レンセリオンは、珍しく素直に謝った。
再び宿舎の壁沿いを移動し、今度こそ間違いない“リリナの部屋”の前へ。
レンセリオンが静かに窓の前へ立つ。
カイルは小石を構え――
コツン。
まだ反応はない。
もう一度。
コツ……
カーテンがゆらりと揺れ、淡い光の中にリリナの姿が浮かぶ。
彼女の影が、窓辺へそっと近づく。
レンセリオンの息が――
静かに、深く止まった。




