第115話 光の側に立て
王の執務室。
窓を叩く雨音だけが、重い沈黙を満たしていた。
レンセリオンは報告書を捧げ持ち、深く膝をついている。
アウレイン王は一通り目を通すと、静かに書面を伏せた。
「……ラウメリア草か。ミル=ノワールとは、意外な名が出たな。」
レンセリオンは小さく頷く。
「ソレイダ産の調合物と断定はできません。
関連性も現状では……掴めておりません。」
王はしばし考えるように目を細めた。
「断定は不要だ、レンセリオン。
お前の役目は“影を見逃さぬこと”だ。」
穏やかな声だったが、その奥に刃があった。
(……それでも、影はまだ形にならない)
レンセリオンが言葉を探しながら口を開こうとした、その時――
王が先に続けた。
「だが――今は学院の講義があるのだろう?」
「……はい。」
「ならば戻れ。
王族としての務めを欠くわけにはいかぬ。」
レンセリオンは思わず息を飲む。
王は続けた。
「調査は続けさせる。
第四騎士団からはカーディアスを、第一からは監査官を。
“騎士団としての任務”は彼らに任せよ。」
それは明確に――
“お前はしばらく表から離れろ”という指示だった。
(……後を託す、ということか)
胸の奥に、わずかな悔しさと安堵が入り混じる。
王は穏やかに頷いた。
「お前の手で影を掴むのは、その時が来てからでよい。
今は――“光の側”に立て。学院で。」
その言葉は厳しくも温かかった。
レンセリオンは静かに深く頭を下げる。
「……御意。」
アウレイン王は最後に短く告げた。
「カーディアスには私から直接指示を出す。
お前は講義に戻り――光を背負う者としての歩みを進めよ。」
退出した瞬間、レンセリオンの肩からわずかに重さが抜け落ちる。
(……これでようやく、講義に“心を置いて”向き合える)
任務は外れたが、影が消えたわけではない。
だが王から与えられた猶予によって――
少なくとも、思考を二つに裂かずに済む。
視線の先には、学院の尖塔が雨の向こうに霞んでいた。




