第114話 霧境の草
第四騎士団本部。
薬草鑑定班から届けられた封蝋付きの報告書が、レンセリオンの机の上に静かに置かれていた。
彼は深く息を吸い、書面を開いた。
〈鑑定結果〉 “夜の気をほぐす品”
■名称
ラウメリア草(Laumeria)
■産地
ミル=ノワール領の外縁。
とくに霧が濃い“霧境”の地帯で採取されることが多い。
■作用
・精神的な緊張をゆるめる
・思考を一時的に曖昧にする
・感情の起伏を抑える
・過量摂取で判断力が鈍る可能性あり
※ただし自然由来の“気緩め”に分類され、強い薬効は持たない。
レンセリオンの指先がわずかに止まった。
「……ソレイダ産ではないのか」
ナイトクロウ商会はソレイダと繋がっている――その前提が、静かに覆される。
胸の奥で、また新たな“影の綻び”が広がる。
■追加所見
事件現場の空瓶に残留していた“未知の調合物”から、ラウメリア草由来と思われる微量成分が検出された。
ただし、
・調合物そのものの残留量が極めて少なく、成分特定は不十分
以上のことから――
「本草との関連性は、肯定も否定もできない」
というのが、現時点での鑑定班の結論。
報告書を閉じると、静かな吐息がレンセリオンの唇から落ちた。
ミル=ノワール。
ナイトクロウ商会。
そして、“香り”を纏って笑っていた女主人――ヴィオラ・ブリエル。
ルクヴェルの白光酒ヴィニュロンと婚姻し、ナイトクロウ商会に確かな利益をもたらした女。
その仕事ぶりは多国にまで及び、表向きだけ見れば――実に優秀だ。
(……だが、あまりにも急すぎる)
ページの端に残った指先の力が、わずかに強くなる。
控室の空気が張りつめる中、誰一人としてレンセリオンに声をかけられなかった。
その沈黙こそが、いま確かに“影が形を持ち始めている”ことを物語っていた。




