第111話 光は人を迷わせる
シリウスの静かな声が、小講堂に落ち着いた空気を広げる。
「七国にはそれぞれ思想があり、一体の神獣が存在しており――」
レンセリオンは淡々と聞きながらも、意識の端で隣に座る少女をとらえていた。
黒板に一文字が刻まれる。
――“魂”。
その音が、教室の空気をわずかに震わせた。
「魂の理を体現する者。それが“印持ち”です。」
ざわりと学生たちが揺れる中、シリウスの視線がふいにこちらへ向く。
「レンセリオンさん。皆さんに見せてあげることはできますか?」
横でリリナが小さく息を呑んだ。
(……構わない)
立ち上がり、講壇へ歩く。
胸元のボタンを三つ外すと、空気が少し熱を帯びた。
俺自身は気にならない。
ただ――
(リリナ姫が、どう受け止めるかは……気になる)
視界の端で、リリナが慌てて手で目元を覆い、横を向く。
胸がわずかに熱くなる。
(……見なくていい。だが、その仕草は……可愛いな)
印が光を返し、レンセリオンは静かに席へ戻った。
席についた瞬間、リリナと目が合う。
だが彼は、心の熱が見透かされそうで視線を外した。
(……何だ、この感覚は)
胸の奥の熱を押し隠すように、息を整える。
「では……リリナさん。」
名指しされた瞬間、リリナの声が跳ねた。
「はいっ……!」
自分でも分かるほど、小さく息が漏れている。
(……そんなに驚くことでもないだろうに)
だが、口元がわずかに緩む。誰にも気づかれない僅かな変化。
リリナは胸に手を添え、立ち上がる。
「……奪うよりも、与えること。争うよりも、照らすこと。」
震える声なのに、まっすぐだった。
その言葉は、小さな灯火のように場を照らしていく。
レンセリオンは彼女を正面から見つめた。
(……やはり君は、“希望の器”だ)
胸の奥に、静かな敬意が灯る。
着席したリリナが、またこちらを見る。
今度は――そらさなかった。
視線がまっすぐ絡む。柔らかく、温かく。
(……光は、人を迷わせる)
その意味を、初めて理解した。
「魂とは個人の想い。器は、その力をどこへ向けるかを決めるものです。」
シリウスの言葉が落ちるたび、心の内で何かが静かに整っていく。
(器は“希望”……だから七魂たちは、その光を求めるのか)
エリオンは、いつも当然のようにリリナの横にいる。
その態度に嘘はなく、迷いもない。
(……羨む必要はない。だが――意識してしまうのは事実だ)
胸の奥が、かすかに痛んだ。
講義が締めくくられる。
「講師をやってみたい方は名乗り出てください。……リリナさんから、やってみますか?」
「わ、私からですか?!」
声が跳ねる。
その素直すぎる反応が、可笑しくて――レンセリオンの口元がまた緩んだ。
(……相変わらず、隠しごとのできない人だな)
だがその震えの奥には、確かな意志が宿っていた。
リリナは息を吸い、拳を小さく握って答える。
「……分かりました。やってみます。……頑張ってみますっ。」
その瞳に宿った光を見た瞬間――
(……やはり、この人は“希望”だ)
そう思わされるのに、努力はいらなかった。




