第100話 影へ踏み込む
第四騎士団本部。
控室の扉が開き、副指揮官カーディアス・レオネルが入ってきた。
「調べがつきました」
手にした書類を机へ置くと、ルークと護衛たちが身を乗り出した。
「例のマルク・ブリエル氏ですが――」
カーディアスは短く息を整え、続ける。
「現在も白光酒の製造所に出入りしていることが確認されました」
室内の空気がわずかに締まる。
白光酒の製造所は、“独占取引権”がナイトクロウ商会へ移ったことを受け、今や商会の影響下にある場所だ。
「……つまり、マルク氏は契約以降も商会と関わりを持っている」
レンセリオンの言葉に、カーディアスが深く頷く。
「はい。被害者エルマン氏との契約を奪ったのも商会。その席にいたのはマルク夫婦。さらに彼は今、商会の利益の中心にいる――」
カーディアスは静かに結論を置いた。
「……小瓶の出所は、商会と見るのが妥当でしょう」
レンセリオンは腕の留め具を外し、胸元の紋章をゆっくりと隠した。
光の王子ではなく、ただの“客”の顔になるために。
「殿下……まさか、お一人で?」
ルークが心配げに声を上げる。
レンセリオンは外套を肩にかけながら言った。
「大勢で動けば、警戒される。商会が小瓶を扱っているのなら――」
眼差しが鋭く細まる。
「それを“欲しがる客”には、必ず食いつくはずだ」
護衛たちが息を呑む。
レンセリオンは続けた。
「まだ推測の域を出ない。マルク氏が意図していたかどうかも分からない。だが、契約を奪った場に“渡されたもの”があったのは確かだ」
「……殿下、危険です。商会の正体も、扱う物品も不透明だ」
「だからこそ、こちらの素性を隠す」
レンセリオンは静かに外套の襟を正した。
「金ならある。“意志を鈍らせる何か”を探している客を装えば、商会は興味を示すだろう」
カーディアスが深刻な眼差しで問いかける。
「……それほどの危険を冒してでも、行く価値があると?」
レンセリオンは立ち止まり、振り返った。
「……この国で誰かの“判断”が奪われた。それだけは、確かだ」
声は静かだったが、その奥に揺るぎがあった。
「……奪われていい意志なんて、どこにもない」
その言葉には、確かな芯が通っている。
「見逃せるはずがない」
そう言い残し、レンセリオンは控室を出て行った。
向かう先は――五彩バザール。
そして〈ナイトクロウ商会〉。
光が影へ踏み込む、最初の一歩だった。




