料理コロシアム ~評価基準がやたらコッテリしている料理勝負~
大人気テレビ番組『料理コロシアム』。
料理人同士が腕を競い、勝者には賞金と栄誉が与えられるという……まあ、ぶっちゃけ割とありがちな内容である。平成初期までならいざ知らず、昨今はテレビ局の懐事情もなかなか厳しい。比較的、低予算かつ短納期で視聴率を取れるグルメ関係の企画が重宝されるのは自然な流れだったのでしょう。
とはいえ、この『料理コロシアム』は類似の番組とは一味違います。
特筆すべきは、勝負はすべて台本なしの真剣だという部分でしょうか。次回以降の出演者のスケジュールを押さえたりする上では、最初から誰が勝つか決まっているほうが楽ではあるのですが、いくら番組側が熱戦をアピールしようともそうした作為の匂いというのは感じられてしまうもの。スポーツ然り、ゲーム然り、やはり筋書きのない勝負ならではの『熱』こそが、真に人間の心を動かすのです。
「皆様! 大変ッ、長らくお待たせいたしましたァ!」
さて、この日も『料理コロシアム』の収録が始まりました。
開始の口上を述べているのは番組司会者の男性タレント。
続いて、本日の主役たる料理人達がスタジオへと姿を現します。
「赤コーナー! 現在九連勝中のチャンピオン、レストラン『ブラウン』オーナーシェフ……茶色沢フトシッ! 『料理は茶色ければ茶色いほど美味い』が信条の茶色沢シェフ、果たして番組史上初となる十連勝に届くのでしょうか」
最初に紹介されたのは、前週まで連続で勝ち続けている茶色沢シェフ。とにかく醤油や味噌をドバドバ使う、食べる人の健康に悪そうなスタイルを得意としています。
「青コーナー! こちらは当番組初登場、デカ盛りメニューが売りの定食屋『ウマ杉食堂』の長男坊、なんと現役中学生だというウマ杉タロウ君の登場ですッ!」
やたら茶色推しの強豪に挑むのは、なんと中学生の少年料理人。
この番組の出場申し込みに年齢制限はありませんから挑戦すること自体に問題はありませんが、常識的に考えればプロを相手にするには無謀なのではないか。そんなスタジオ内の空気が切り替わるのは、実際に調理が始まってからのことでした。
「さあ、本日のテーマはハンバーグ。肉料理は茶色沢シェフの得意とするところですが、挑戦者のウマ杉君はどう立ち向かうのか……おおっと、背脂だ! 大量の背脂を刻んで挽き肉に混ぜ込んでいる!」
「へへっ、知ってたかい? 料理は脂っこければ脂っこいほど美味いんだ! おまけにマヨネーズも入れてやるぜ!」
ウマ杉少年が自分で語ったのが、彼の料理人としての信条なのでしょう。
大量の背脂とマヨネーズが混ぜ込まれた挽き肉のボウルはスタジオの照明を反射して、まるでそれ自体が発光しているかの如くギラギラと輝いています。胃の弱い人間なら、この光景を見ただけで倒れてしまいそうです。
「ほう、なかなかやるな少年。だが、私も負けるわけにはいかんのだ!」
「おおっと、チャンピオン茶色沢。ここで……ニンニクだァ! 大量のニンニクを微塵切りにし始めたぞ!」
「料理は脂っこいほど美味い。それは正しい、正しい……が、ついでにしょっぱくてニンニク臭ければなお嬉しい。なにしろ、そのほうがご飯が進むからな」
今更ですが、この番組の審査員を務めるのは抽選で選ばれた一般視聴者。
番組開始当初は審査過程の公正さをアピールする目的で始まったことですが、ここでちょっとした問題が持ち上がってきました。
プロの料理人や料理評論家でもない普通の人には、繊細なダシの風味や隠し味などほとんど分からなかったのです。全員が全員そうだったというわけではありませんが、なにしろ一人一票の多数決で勝敗を決する以上は上品な味付けの料理が不利になってしまうのは厳然たる事実。食通好みの高級店で働くような料理人にとっては大きな落とし穴でした。
なんとなく美味しい気はするけれど、味が薄くて物足りない。そういう繊細な味付けよりも、正直もっと分かりやすい塩気や脂肪分たっぷりの料理のほうが好ましい。そんな意見が次々と出てきたのです。
彼らの味覚が幼稚だった?
分かる人にしか分からない繊細な風味こそが正しいのか?
このあたりの意見は人それぞれでしょうが、『料理コロシアム』の関係者はそういう風には考えませんでした。人間の味覚に差異はあっても優劣や不正解などない。仮に正解があるとしたら、食べる人が望む料理こそがソレである……といった具合です。
そう割り切ってから『料理コロシアム』の方向性はガラリと変わりました。
とにかく塩気と脂肪分を足していき、白いご飯がモリモリ進むような分かりやすい美味しさを。審査員に応募してくる視聴者層も食べ盛りの若い男性へと大きく偏り、出場する料理人達も彼らが評価するであろう審査基準をハックする傾向がますます強まっていきました。
「調理完了ォォ! では、只今よりお待ちかねの試食タイムですッ!」
ともあれ、本日の勝負もいよいよ佳境。
両選手の調理が完了した模様です。
「うおっ、茶色くてメシが進むなぁ」
「しょっぱくてニンニク臭くて最高だな」
「ごっつぁんです」
まず先攻として料理を出したのはチャンピオン茶色沢。
大量の醤油と砂糖で作ったタレを異様にニンニク臭いハンバーグに惜しげもなく絡めた照り焼きハンバーグは、審査員として来ていた体育大学の相撲部員達にも大好評です。肝臓や腎臓に凄まじい負担がかかっていそうですが、まあ多分そのあたりは若さでカバーできるでしょう。仮にダメだったとしても、その時はその時です。
「おっ、こっちはハンバーグカレーか」
「しかもルーの中にデカい肉の塊がゴロゴロ入ってる!」
「ハンバーグだけじゃなくてトンカツや唐揚げも載ってるし最高だぜ!」
挑戦者ウマ杉少年も負けてはいません。
勝負の題材はハンバーグですが、別にトンカツや唐揚げを一緒に出してはいけないという決まりはなし。そして今回の審査員の感性からすると、お肉の類は多ければ多いほど嬉しいと考えるはず。
ニンニク臭で勝負をかけてきた茶色沢シェフに、お肉の物量で立ち向かおうという作戦なのでしょう。他番組ならテーマがブレる云々といった理由で減点対象になりそうですが、この『料理コロシアム』に限って言うなら大正解です。
「うまい、うまい」
「おかわり!」
「こっちもおかわり」
繊細さの欠片もない暑苦しい光景ですが、食べる人を満足させているという一点においては両者とも譲らぬ好勝負。何度もおかわりを繰り返した審査員達も、どちらの勝ちに票を入れるかには相当迷ったようですが……。
「勝者……ウマ杉君! やりました、新チャンピオン誕生です!」
なんと、勝利したのは挑戦者のウマ杉少年。
いったい勝負の分かれ目がどこにあったのかというと、
「ウス、どっちも同じくらい美味かったんスけど、そっちのウマ杉君のカレーのほうがいっぱい作ってあって沢山食えたからッスね」
「そうそう、もっと量があれば俺は茶色沢さんのほうに入れてたッス」
決め手は単純なボリューム差。
食い意地の張った審査員が大量におかわりすることを見越して、時間のロスを覚悟で一人当たり十人前は優に食べられるだけ仕込んでおいたのが勝利の決め手となったようです。
「なるほどな、料理はしょっぱくて脂っこくて……なおかつ量が多いのが一番ということか。ウマ杉君、キミには大事なことを学ばせてもらったよ」
「へへっ、茶色沢さんも強かったぜ。そのうちまた勝負してくれよな!」
「ああ、今度は挑戦者として挑ませてもらうとするよ。それまで負けるんじゃあないぞ、新チャンピオン」
激闘を戦い抜いた両者が熱い握手を交わしています。
作る料理以外は実に爽やかな男達です。
惜しくも十連勝を逃した茶色沢シェフとしては当然負けた悔しさはあれど、この様子なら次はもっとパワーアップして、具体的には塩気と脂肪分とボリューム感を更に増やして帰ってきてくれるでしょう。
「では、テレビの前の皆様。また次回の『料理コロシアム』でお会いしましょう」
こうして今回の収録も無事終了。
番組関係者は未だ料理の残り香漂うスタジオを後にするのでありました。




