王国歴1669年10月21日③:再会!そして土下座!?
グララブの果実水のお陰か、私の体調は幾分か楽になった。私は身支度を整える為に窓辺から離れると、ソファに置かれた衣類に気付く。それは女物で、手に取ってみると昨晩着ていた服に良く似た物だった。どうやらこの宿が気を利かせて用意したらしい。何も言わなくても必要なものが用意されるなんて『天井知らず』はよほどの上客のようだ。
私はその服に袖を通すと、身支度を整えて部屋を出る。
フカフカの絨毯が敷かれた立派な廊下を抜け、階段を降りると広々としたロビーに出た。フロントには正装した受付が背筋を伸ばし、他にも入り口や窓辺に数人の従業員が起立している。高級な宿に泊まった事が無いので分からないが、まるで警備しているような緊張感があった。
私が雰囲気に呑まれていると、それに気付いたのか一人の従業員が近付いてきた。
「コマイ様、何かお困りでしょうか?」
「ヒェッ!あ、あの、その……グララブさんが食堂へ行けって…」
「…それではご案内いたします」
従業員は軽く頭を下げると、私を食堂へ先導してくれた。その立ち居振る舞いはゲッスーナ家の執事より上品で、本当にしっかり教育されているのが判る。
食堂にはテーブルセットがいくつも並び、燭台やナプキンなどが綺麗に配置されていた。私はその中の一つに案内され、引かれた椅子におずおずと座る。雰囲気から想像するに朝食だけで1Gは取られそうだ。
従業員は厨房に目配せすると、入口付近で待機した。
私が場違い感に圧し潰されそうになっていると、トストスと足音を鳴らしながら給仕が近付いてくる。
「い…いらっしゃいませぇ~…」
私はその柔らかく抜けたような、聞き覚えのある声に顔を上げる。そこには豊満な身体を揺らしながらトレイを運ぶ、見覚えのある女性が立っていた。
「……ビビィ先輩?」
「……?……あんれぇ…コマイちゃんでねぇの…」
給仕は私の言葉に驚いたのか、トレイのコップがカチャリと鳴った。
私が”ビビィ先輩”と呼んだ女性は、コーモノ様の下で働いていたメイドの先輩だった。”だった”と言うのは数日前に突然メイドを辞めたので、今は先輩と言えないのだ。多分コーモノ様のハニトラ作戦を断り、居辛くなって退職したのだと思う。
ビビィは確か3歳上の18歳で、西方領でも北の田舎出身だったはずだ。独特の訛りに負い目があるのか、目線を隠すように銀髪を伸ばしている。
ビビィの趣味は美味しい料理を食べる事で、何度か一緒に食べ歩きをした事があった。その為に豊満な肉体を作り上げる事になり、体重は恐らく私の倍以上はあると思う。しかし本人はあまり気にしている様子はなく、いつもニコニコした優しい先輩だった。
私は突然辞めた先輩と再会できた事が嬉しく、コップを置くビビィに声を掛けた。
「先輩、今はこんな高級宿で働いてるんですね!」
「いんやぁ~、たまたま知り合いが紹介してくれたから入れただけだぁ…まだ見習いの給仕だでぇ、お水運ぶのが精一杯だよぉ…そういうコマイちゃんは、なしてこんな所にいるんだぁ?」
「え、私ですか?コーモノ様の指示で『天井知らず』に」
「こ、コマイさ!駄目だぁ!」
「あわワッ!?」
ビビィはトレイを放り出すと私の肩を掴んできた。その力は凄まじく、私は軽々と持ち上げられて人形のように揺さ振られてしまう。
「こんなめんこい子が、そったら事したら駄目だぁ!」
「せ、ちょ、ふつか、よいが、うぅウ…」
「コマイ様!失礼いたします!」
私の二日酔いが大惨事になる直前、男性の声が聞こえたかと思ったら揺さぶりが止まった。見ればさっきの従業員が駆け付けたのか、ビビィの腕を掴んで制止してくれたようだ。
ビビィは自分のした事に蒼白になると、姿勢を正して頭を下げた。
「も、申し訳ございません、お客様ぁ!」
「申し訳ありません、給仕が大変な事をしまして。あとで厳しく指導いたしますので、何卒お許しください」
「い、いえ!せんぱ…彼女も私を想ってした事ですので、全然大丈夫です!」
ビビィと一緒に頭を下げる従業員に、私は必死で弁明した。従業員は少し困ったような顔をしたが、頭を上げてビビィを一瞥する。
「わかりました、今回についてはコマイ様のご厚意により不問に致します。…それでは早急に仕事に戻るように…」
「わ、わかりましたぁ!」
低い声で指示を受けたビビィは、落としたトレイを回収すると急いで厨房へ戻っていった。その様子をみた従業員も元の位置に戻っていく。
私は静かになった食堂で、厨房の遠い音を聞きながら椅子に背を預けた。知り合いに会えたお陰か、肩に張り付いていた緊張が少しだけ軽くなったような気がする。
その為か厨房から漂ってくる甘い香りに少しだけ涎が出てきた。目を閉じるとまだ少しだけ世界が揺れるが、それでも空腹を感じるという事は二日酔いもかなり収まってきたようだ。
その時、入口の従業員が扉を開けた。目を向けるとシーナルが食堂に入ってくるのが見える。シーナルは私を確認すると不愉快そうに眉を吊り上げ、足早にこちらに近付いてきた。
やっば!シーナルさんだ!
記憶にないけど、確か耳を引っ張ったんだよね…
謝った方がいいかな?いいよね?
どうせ謝るんだったらシーナルさんがグゥの音も出ない謝罪をしよう!
そうすればきっと許してくれるはずだ!
私はシーナルが到着する前に椅子から立ち上がると、駆け寄りながらスライディング土下座をした。なんか最近は土下座ばかりしているような気がする。
「シーナルさん、本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁァァァッ!!!」
「良い心掛けです、コマイさん」
シーナルは不意打ち土下座に驚かなかったのか、平然と私の謝罪を褒めてくれた。
「とりあえず顔を上げてください。私は相手の目を見て叱責したい性分なのです」
シーナルの静かな声に顔を上げると、まるで真冬の月のような冷たい眼が私を見下ろしていた。これは相当に怒っているようだ。
「…し、シーナルさん…この度はとんだごめいわくを」
「勝手な謝罪は受け付けません。それは貴女が気持ちよくなる為の身勝手な行動です。もし謝罪されるのであれば貴女が行った7種類の不適切な行動を列挙し、それぞれの問題点をあげ、今後に向けての改善案を述べ、それを守れなかった時の罰則を決めてください」
ちょっと待て、私は7種類も不適切な行動をしてるの!?
土下座は通用しない、言い訳しようにも問題点が判らない…
これはもう、酒のせいにして逃げるしかないかな…
「あ、あの…実は酔っていて…覚えていないんです…」
「酒に酔って暴挙に出たのはグララブにも責任があります。しかし酒で理性が弱まったとしても、その行動は貴女の本質に起因するのです。まずは自分の日頃の行いを反省するのが先ではないでしょうか?」
「お、おっしゃるとおりでございます…」
「伏し目にならず、謝罪するなら私の目を見るべきでしょう」
アカン、この説教は長時間確定だぁ…
グララブさんが来てくれたら助けてくれるかなぁ…
この際誰でも良いから、私を助けてぇ!
私は急激に痛み出した胃を心配しながら、何とかシーナルの目を見ようとした。しかしシーナルは何かに心を奪われたように、私の背後を凝視して固まっている。首だけ振り向くと、ビビィが食器類を私の席に置いている所だった。
「ふ…貴女の謝罪には脱帽しました、ミス・コマイ…」
「ふぇ!?」
視線を戻すとシーナルの表情が激変しており、その瞳には太陽のような慈愛が溢れていた。シーナルは跪くと私の手を取り、半ば強引に引き立たせてくる。さらには私のスカートの埃まで払ってくれた。
「しかし淑女が安易に膝をつけてはいけません…もし御御足に傷が付いたらどうするのです?もっと自分を大切にしてください。さぁ、まずは席に着きましょうか。すみません、私にも水を下さい!」
シーナルは私を席に着かせると、ビビィに笑顔を投げ掛けて水を注文した。
状況が複雑すぎて理解できないのかビビィはポカンとした表情をしたが、取り合えずの営業スマイルをすると頭を下げて厨房に戻っていく。
トストスと遠ざかるビビィの豊満な背中を、シーナルはウットリとした表情で見送る。私は2人を交互に見ると、頬を赤くするシーナルに声を掛けた。
「…先輩の事、好きなんですか?」
「彼女の事を知っているのですか!?」
私はシーナルの期待に満ちた瞳を見て、長時間の説教を回避できた事を確信した。




