王国歴1669年10月20日⑥:初キッス!?
乾杯の後、食事会は賑やかに再開された。カリーナはキースの横で歓談し、場を盛り上げるようにシーナルにも話しかける。グララブは料理を取り分けて次々と私の前に給仕してくれた。
その料理は魚やら肉やら様々な材料が丁寧に調理されており、コーモノ様の日頃の食事よりも豪勢だった。口に含めば素材の味が素直に表れ、それを追いかけるように様々な香草やソースが仄かに香っていく。その調和が口の中を幸せにするが、果実水を含むと後味を綺麗に押し流した。そして次の一口が不思議と待ち遠しくなってしまう。
その味の奔流に逆らえず、私は次々と料理に手を伸ばす。皿が空けばグララブが給仕してくれ、果実水が無くなれば「こんな味の果実水もあるよ?」と次々と飲み物を用意してくれた。
「…美味しそうに食べるね」
私はその言葉に横を見る。するとヒイロが嬉しそうな笑顔で私を見ていた。
「う…う、ういあえン…」
私は口の中の料理を飲み込み切れず、モゴモゴとした返事をしてしまった。その様子にヒイロがさらに微笑みを深くする。
私は急いで果実水を流し込むが、恥ずかしさからか頬が熱くなってきた。
「す、すみません!あまりに料理が美味しくて、つい夢中になってしまいました…」
「ううん、いいよ。見てて楽しいからね。美味しかった?」
「は、はい!こんなに美味しい料理は初めてです!」
「そうかい?それじゃ俺のも食べるといいよ」
「あ、ありがとうございます!」
ヒイロが差し出した皿を、私は満面の笑顔で受け取った。骨付きの大きな肉だったがフォークで解れる程に柔らかく、口に入れた途端に溶けてなくなってしまう。それでいて口の中に脂と肉の旨味が充満するのだ。
私は肉と果実水を交互に飲み、その旨味と甘さを存分に楽しんだ。
気付けばお腹いっぱいで、私はお腹を摩りながら一息つく。さすがに男性の前でスカートを緩める事はしなかった。
「ふぅ、美味しかったです…ありがとうございます、ヒイロ様」
「”ヒイロ様”はちょっと…そんな偉くないし…”ヒイロさん”でいいよ。ところで何て呼べばいいかな?」
「私ですか?コマイで大丈夫ですよ?」
「いや、呼び捨ては悪いから…”コマイちゃん”でいいかな?」
「あ、はい、大丈夫です」
私は果実水を飲みながら返事をする。ヒイロが優しいからか、不思議と話しやすかった。今までは胸で対応を変える男性に嫌悪感があったのだが、ヒイロからはそんな嫌悪感を感じない。自分がこんな風に異性と話せるなんて思いもしなかった。
私がヒイロの顔を見ていると、ヒイロも私の顔を見返してきた。そして何かに気が付いたのか、私の顔に手を近付けてくる。
「ちょっとごめんね」
ヒイロは左手を私の右頬に合わせ、少しだけ力を入れて顔を上に持ち上げてきた。そして顔を近付けて私の瞳を覗き込んでくる。私は驚いて固まってしまった。
わ、わ、わ!
何このシチュエーション!?
いくら私が美人だからって、初日にキスを求めてくるってどうなのさ!?
分からなくはないよ?こんな愛らしい私を目の前にして我慢できる訳ないし?
いや、だからってキスは早いって!
………と、とりあえず目は閉じておこうかな?
…待てよ?これってハニトラなんだよね?
って事は、ヒイロさんは私のハニトラに見事にハマったって事!?
チョロいぜ勇者!
玉の輿!寿退社!!バッチコイやぁ!
「そんなに力まなくて良いからね?」
そ、そんな…力を抜けだなんて…もしかして…し、舌を使うの!?
私、知ってるんだから…先輩が言ってたけど、キスって舌も使うのよね?
ど、ど、どうすれば良いの?…く、唇は開いた方が良いのかしら…
まさか前歯も開けておいた方が良いの!?
ま、ま、まだ心の準備が出来てないから、今日は唇まででお願いします!!
私は唇が攣りそうな程に力を入れて待っていると、冷たく濡れた感触が目元付近に触れてきた。
ゴシゴシ…ゴシゴシ…
……ん?ゴシゴシ?
これってキスだよね?なんでゴシゴシいうのよ?
それに目元だし、冷たいし、何だか布で擦られてるような感じがする。
男性の唇ってこんなにゴワゴワしてるものなの?
私は確認するために薄目を開けてみると、左目の視界を遮るように白い布地が小刻みに揺れていた。私の目元を濡らしたナプキンで擦っているようだった。
「うん、だいたい取れたかな?」
ヒイロが持っているナプキンに青黒い汚れが付いていた。どうやら私の黒歴史化粧が少し残っていたようで、ヒイロがそれを拭き取ってくれたようだ。
私は期待していた自分が恥ずかしくなり、思わずそっぽを向いてしまう。
「あ、ありがとうございます……」
一度意識してしまうと不思議なもので、ヒイロの顔が見れなくなってしまった。しかし興味が出てしまい、横目でヒイロの唇を盗み見てしまう。
キスって…あ、あの唇と…くっつくんだよね…
べ、別にハニトラだから?それぐらいは覚悟の上ですけど!!
……初キッスって…レモンの味がするって言ってたけど、本当なのかな?
喉が渇いてきたので果実水を一口含む。強い甘みと微かな苦さがあり、何だか胸の奥というかお腹が温かくなってきた。不思議と心が軽くなり口が動いていく。
「ヒイロさんて、お優しいですね」
「そ、そんな事ないよ…気が弱いだけだよ」
「え?ドラゴンも倒せるってグララブさんが言ってましたよ!」
「ドラゴンは言い過ぎだって!」
「でも大活躍らしいじゃないですか」
「たまたま運が良かっただけだよ…俺は剣しか振れないし、それが目立つだけで…グララブさんが事件を調べて、シーナルさんが考えて、キースさんが行動するんだ…俺はそれに付いていくだけだよ…」
ヒイロは困ったように笑ったが、少しだけ寂しそうだった。その話を聞いていたのか、シーナルが優しく諫めてくる。
「ヒイロ、君の強さは柔軟な発想と真面目さだ。剣に魔法を纏わせようなんて、歴史上誰も考えなかった。少なくとも私の300年近い人生の中で、最強の剣士だと断言してもいい。もっと自信を持つべきだ」
「そうだぜ、ヒイロ!俺の力任せの戦斧と違って、お前の剣には早さ、正確さ、威力がある!だから俺はタンクに転向したんだ、もっと胸を張れよ!」
「ヒイロはもっと自信を持つべきだよ!あとは女遊びでも覚えて、心の余裕を持つべきだと僕は思うね!」
「み、みんな…褒めすぎだって…」
「と言う訳でヒイロ!今日はコマイ姉ちゃんと楽しく話す事を練習しよう!お話しができないと女性を口説けないよ!」
グララブの言葉でヒイロが私を見る。
私は何だか助けを求められたと感じて、思わず微笑んでしまった。
「私で良ければ話し相手になります!何でしたら結婚しますし、玉の輿に乗せてください!」
「そ、それは考えさせてほしいな…」
ヒイロの遠慮がちな返答に、全員が盛大に笑った。




