王国歴1669年10月20日④:自己紹介!
「ま、最初の化粧なんてそんなものよ?元気出しなさいな」
私はカリーナの手を借りて立ち上がると、無口な男性が引いてくれた椅子に腰を下ろした。いつの間にか頼まれていた果実水が給仕の手によって運ばれてくる。給仕は私の泣きっ面に驚く事もなく、平静のまま果実水を私の前に置いた。
「化粧って自分の好きにするものじゃなくて、相手がどう思うかが大切なの。男性に見せる化粧なら、男性の反応が一番勉強になるわよ?」
「…そ、そんなものですか…」
「そうよ?ちなみに同性に意見を求めちゃ駄目よ?女の『可愛い』って誉め言葉は『良かった、私よりブサイクだわ』って意味だから」
「うっ……私にも心当たりがあるかも……」
「でしょ、それなら男性に聞いた方が早いのよ」
「今の嬢ちゃんなら化粧は必要ないだろ?」
「そうですね、化ける必要などないですね」
「うん、俺もそう思うよ?」
キースとエルフ、そして無口な男性がフォローしてくれる。しかしハーフリングの少年だけは憮然としてワインを口に運んでいた。カリーナは男達の言葉に安心すると、用意していたメイクボックスの蓋を閉じる。
「しかしいきなりの求婚とは驚いたぞ?根性あるじゃねぇか嬢ちゃん!俺の名前はキース、キース・ナオン。このパーティでタンクをしてるぜ!」
キースがジョッキを差し出してきた。
キースはタンクを担当しているだけあって、とても逞しい身体をしていた。身長もあるのだが、まず目に入るのは筋肉だ。肉体を誇示するように浅黄色の貫頭衣を着込み、露になっている腕は丸太の様に太い。顔は男らしい四角い顔で、赤髪を乱雑に伸ばしていた。そして中年に差し掛かろうとしているのか、少しだけおでこが広かった。家名があるという事は貴族出身なのかもしれない。しかし冒険者の中には箔を付ける為に家名を偽装する者もいると聞いた事があるので、あまり当てにはならないだろう。
「さ、先程は失礼しました」
私は果実水を手に取って、キースのジョッキに合わせた。すると今度はエルフがグラスを差し出してくる。
「挨拶が遅れました、私の名前はシーナル・キザーナ、魔術師をしています」
「こ、こんにちは」
シーナルと名乗ったエルフは、女性と見間違える程に美しい顔立ちをしていた。人間なら20代半ばだろうか。長い金髪を綺麗に流し、その隙間から長い耳が真横に伸びている。冒険者と思えないような細い身体は、まるで絵画から抜け出してきたように均等が取れていた。確かに一番人気だと言うのも頷ける。
「俺も自己紹介するよ。名前はヒイロ、剣士をしているよ」
「よ、宜しくお願いします」
無口だった男性はグラスを合わせると微笑んでくれた。ヒイロは20代前半のように見える。キースと比べると小柄に見えるが、それでも普通の男性より精悍な身体をしていた。薄茶色の髪は短く整えられ、シーナルには劣るものの整った顔立ちをしている。
「…ふん、儂はグララブ…覚えんでいいぞ…」
さっきまで子供のような声を出していたハーフリングは、つまらなそうにコップを突き出してきた。口調は年寄り臭いが、見た目は10歳ぐらいだろうか。幼い体躯に綺麗な金髪と美少年風なのだが、しかし顔は苦々しく歪んでいる。
「よろしくです…あの、私…何か失礼な事をしたでしょうか?」
「気にするなよ!グララブさんはいつもこんな感じだ!ある程度の年増でないと興味も示さんからな!」
「そうそう、28歳の私にも興味を示さないんだから不思議な女の趣味よね?」
「おや、カリーナ?お前は俺目当てじゃなかったのか?」
「だってキース、貴方は遊べる女が欲しいんでしょ?私も遊びだけならいいけど、将来を考えると一途な男が欲しくなるものよ?」
カリーナはキースの側に近寄ると、その頬にキスをした。キースは一瞬固まるが、ニヤリと笑うとカリーナの腰を抱き寄せる。
「言うじゃねぇか…だったら全力で俺に惚れさせてみせるぜ?」
「あら、嫌いとは言ってないわよ?ただ他にもハニトラしとかなきゃ、コーモノからお金が貰えないもの」
カリーナはキースの腕からスルリと抜け出した。そしてシーナルに近付くとその肩に手を置く。
「ねぇシーナル、やっぱり私に興味ないの?」
「なかなか魅力的ですがカリーナ…私はもう少し豊満な女性が好ましいのです」
「あらそ、残念だわ」
カリーナは少しも残念そうな顔をせずに離れると、今度はヒイロを背後から抱き締めた。
「それじゃヒイロ、私を好きにしていいのよ?」
「ははは、カリーナさんは、冗談が上手いですね」
ヒイロは少し芝居がかった口調で断った。顔は笑顔なのだが、どこか不自然な感じがする。
「ま、こんな感じよ。これで全員の趣味が判ったでしょ?私が関係しているのはキースだけ、しかも遊びなの。ハニトラが上手くいってないのは本当だし、増員しても効果が無いのよ」
「はぁ…って、本人達を目の前にハニトラって言っていいんですか?」
「嘘を吐くよりいいんじゃない?」
カリーナは肩をすくめて微笑んだ。その様子にキースが気持ちよく笑う。
「そうだな!いろんな街で誘惑されたが、ここまではっきり言われると気持ちが良いぞ!俺は気に入っている!」
「ふふ、疑わずに済むというのは気が楽ですね」
「…ふん、儂の眼鏡にかなわなければ意味が無いわい…」
「俺は…最初から言ってくれた方が裏切られなくていいかな…」
グララブ以外の反応は中々良好なようで、私は胸を撫で下ろした。撫でる程も無いけど。
「ところで嬢ちゃん、お前の狙いはなんだ?最初に言っておいた方が気が楽だぞ?」
「ふむ、今後の付き合い方も考えられるというものですね」
「…こんな小娘、どうでもいいわい…」
「う~ん、聞きたいような…聞きたくないような…」
全員の視線が私に集まる。
私は自分の願望を口に出すか悩んだが、どうせ演技などできないのだから素直に話した方が良いように思われた。
「わ、私は…いい男と結婚して、玉の輿に乗って、寿退社したいです!」
みんなの顔がキョトンとする。特にグララブはコップを落とし、私を凝視した。部屋の中を静寂が支配する。私は自分の馬鹿正直な発言に少しだけ後悔した。
「…く、くははははは!こいつぁイイ!面白いヤツだ!」
最初に口火を切ったのは驚いた事にグララブだった。
グララブは椅子から飛び降りると駆け寄り、私の背中をバンバン叩いた。こうして並ぶと私の身長より少し低い。何だか実家の弟を思い出させた。
「考えてる事がエゲつない!中々の腹黒!気に入ったぞ!」
「こ、こりゃ…珍しいな…」
「あのグララブが気に入るなんて…」
「お、俺も…あんなグララブさん、初めて見たよ…」
「…なんだかコマイちゃん、気に入られたみたいね?」
私はカリーナの言葉に驚く。グララブが私に好意を持ったという事は一番ハニトラしやすいと言う事であり、私が寿退社する最短ルートだという事なのだ。
改めてグララブを見てみる。天使の様に可愛らしいのだが、その顔は悪魔の様に歪んでいた。
いや、だって…グララブは…男に見えないのよね…
うちの弟と同じぐらいだし、口は悪いし…表情も怖いし…
…それでも金は持ってるのよね…グララブも金翼騎士爵になるのかしら…
それなら…ちょっと…狙い目かも……?
「安心せい、儂はお前を娶らん。お前を娶るぐらいなら族長の娘と家庭を持っておるわ!」
「まさか告白する前から切り捨てられた!?」
「そんな事より…ほれ、ちょっと耳を貸せ」
グララブはそう言うと、私の襟首を捕まえて部屋の隅に移動する。
そして私の耳元に近付くと、他に聞こえないような小声で聞いていた。
「おぬし、ヒイロの事をどう見ておる?」




