王国歴1669年10月21日⑭:乙女のような願い
「そ、それじゃ俺が、扉に近い方に寝るよ?」
「わ、私は窓側の方に寝ますね!」
私達は指を繋いだままベッドへと移動した。なぜ繋いだままかと言うと、離す機会が分からなかったからだ。私から離すとヒイロを拒絶するようで心苦しいのである。不思議な事にヒイロからも離そうとはしなかった。もしかしたら私と同じ事を考えているのかもしれない。
目の前のベッドは昨晩のより大きく、縦と横が同じ大きさのように見えた。これなら端と端に寝れば、寝返りをしてもぶつからないだろうと思える。
シーツは綺麗に整えられ、入りやすいように掛け布が捲られ、並べられた枕の側には2人分のローブが置かれていた。
指先に力を感じたのでヒイロを見ると、ヒイロは緊張した面持ちでベッドを眺めていた。その表情は私よりも余裕が無さそうに見える。
私は少しだけ冷静になり、笑顔を作って話しかけた。
「それじゃ、ベッドの向こうに回りますね……あ……」
「ど、どうしたの?」
「ははは…そういえば、服のままでしたね…」
私は自分がまだ食事した時の服装である事に今更ながらに気付いた。ヒイロも自分の服装を確認して苦笑いする。
「そうだね、このまま寝たらシーツを汚すし……着替えた方が良いよね…」
「そ、そうですね」
ヒイロは指を解くとローブを手に取り、一つを私に渡してきた。受け取った私は部屋を見回し困惑してしまう。
「どこで着替えましょうか…」
「お、俺は廊下で着替えるから、コマイさんは部屋の中で…」
「それは…誰かに目撃されたら従業員が駆け付ける事になるんじゃ…」
「そ、それもそうだね…」
話し合いの結果、ベッドの天蓋を降ろして目隠しにし、窓側で私が、扉側でヒイロが着替える事にした。私は脱いだ服を置く椅子と、身体を拭く濡タオルを持って移動する。
天蓋はレースとカーテンの2重になっており、その両方を降ろして目隠しをした。暖炉の灯りは届かないが、窓からの月明かりで着替えるのに問題はない。
天蓋の向こうでゴソゴソとした布擦れの音が聞こえ始めたので、私も同様に服を脱ぎ始める。
ふぅ…ちょっと食べ過ぎたからか、スカートが苦しいわ……
スカートは畳んで、シャツは背凭れに掛けて…
………はぁ……しかし、何度見ても…………平たいなぁ……
先輩達がしてたような胸袋なんて必要ないのよねぇ……
…いや、まだ希望を捨てちゃ駄目!きっとこれから成長するんだから!!
そういえば……揉んでもらうと大きくなるとか、先輩達が言ってたっけ……
ポッ
な、なんでここでヒイロさんの顔が浮かぶのよ!?
これじゃまるで期待してるみたいじゃない!!
……と、とりあえず……胸と……脇は、しっかり拭いておこうかな……
匂いは……うん、大丈夫…
あ、ついでにシャツも……うん、まだ大丈夫だ。
明日、ゲッスーナ邸に行ったら着替えも持ってこよう。
……ん?なんで私、明日もお泊りする気なんだろう?
そ、そうよ!これはハニトラなんだから、機会を逃しちゃ駄目なのよ!
はしたない女だと思われようが構わない!
ここは押しの一手!目指せ既成事実!!玉の輿!!!寿退社!!!!
け、けど…やっぱり…肌着とパンツは穿いておこう……
私はローブに袖を通すと、胸元を引き締めて呼吸を整える。そして脱いだ服が見苦しくないか確認して、天蓋の向こうのヒイロに声を掛けた。
「ヒイロさん、着替え終わりました」
「こっちも着替え、終わったよ」
ヒイロの返事を確認して天蓋に手を掛ける。グララブの言葉が思い出され一瞬だけ手が止まったが、下げたままだと期待しているように思われそうで、私は天蓋をタッセルで纏めた。
視界が開けるとヒイロはベッドに腰掛けていて、半身をずらして私を見る。
「そ、そ、それじゃ、コマイさん……そろそろ寝るとしましょうか」
「そ、そうですね。そろそろ寝ましょう」
改めて言われると緊張してしまうのだが、それを悟られないように自然を心掛けてベッドに滑り込む。ゲッスーナ邸で寝ているベッドよりクッションが柔らかく、少しだけ動きにくい。
掛け布を腰まで手繰り寄せると、ヒイロも同じように合わせてくれた。
「こ、コマイさん、おやすみなさい」
「ひ、ヒイロさんも、おやすみなさい」
2人同時に枕に頭を沈める。私は仰向けの姿勢を維持した。背中を向けるのは拒絶しているようだし、ヒイロの方を向くのは気恥ずかしいのだ。
天蓋の裏側に描かれた星と月を眺めていると、徐々に睡魔が近付いてくる。
「……コマイさん……」
「…どうしました?」
「……お願いがあるんだけど……指を繋いでいいかな……」
ヒイロの乙女のような願いを聞いて、私は自分の頬が緩むのを感じた。
「いいですよ、私も繋ぎたいです」
私が左手を伸ばすと、ヒイロも同じように右手を伸ばしてくれた。長さが違うからかヒイロの手首ぐらいで触れ合ったので、幾分か私寄りに調整して指を握り合う。
指先から染み込んでくる温もりが気持ちよく、自分の身体がベッドに沈み込んでいくように感じた。ヒイロの指先からも力が抜けていくので、同様に睡魔に襲われているようだ。
浅い呼吸の合間にヒイロが口を開いた。
「…コマイさん…先に……謝っておくね……」
「…何が…ですか……」
「……俺……いびきを掻くかも…しれないから……うるさかったら……ごめん…ね……」
私はその言葉で、意識が一気に覚醒した。




