王国歴1669年10月21日⑬:そんな深くまでは駄目です!
ソファに座った私は、左に座るヒイロを横目で見る。ヒイロも同じように私を横目で見ていて、その様子に思わず笑ってしまった。
「ふふ……それじゃ、手を握りましょうか」
「う、うん……よろしくお願いします」
そう言うとヒイロは2人の隙間に、ガッチガチに硬い右拳を置いた。これでは手を”握る”ではなく”撫でる”事しか出来ないのだが、この不慣れさがヒイロらしいと思えば納得できる。それに最初の接触なら、私としても撫でるぐらいの方が良いかもしれないと思えた。
私は覚悟を決めてヒイロの拳にそっと左手を乗せてみる。
わぁ…凄く硬い……ゴツゴツしてるし、片手じゃ包めないぐらいに大きい…
手触りは…ちょっと荒れてるかな……
なんだか父ちゃんの手みたいだけど、ちょっと小さいかも?
……握り拳じゃ、これ以上は分からないな……
「ヒイロさん、手を広げてください」
「わ、分かった……」
返事をしたヒイロは手を広げてくれる。しかしそれはピンピンに伸ばした状態で、手刀といった方が正しいぐらいだった。
「もう…力を抜いてくださいよ」
「は、はい!」
私のお願いでヒイロの手が柔らかくなる。
こうすると父ちゃんより指が長くて、大きく見えるなぁ…
拳の尖った所だけ、皮膚が硬くなってる。
…そこら中に古い傷が付いてる…これが冒険者の手なのね…
その傷の中でも、人差し指に付いた一番大きな傷に触れてみる。するとヒイロの手がビクリと動いたので、私はすぐに手を放した。
「ごめんさない!痛かったですか?」
「う、ううん……その、温かくて……触り方が優しいから、気持ちいい…かな……」
ヒイロの顔を見ると頬が赤く緩み、私の指に集中するように瞳を閉じていた。その表情に私も安心し、今度は両手でヒイロの手を触ってみる。
やっぱり、ヒイロさんの手って大きいなぁ…
厚さもあるし、手の平や指に硬いタコがたくさんある…
指も太いなぁ…あ、小指だけタコが柔らかいや…
…ふふ、ちょっと震えてる…緊張してるのかな……
私は嬉しくなって、さらにヒイロの手を撫で回した。それこそ爪の形や指の間の柔らかい部分まで丹念に、頭の中に再現できるぐらいに確認する。
「……こ、コマイさん…ちょっと……」
「どうかしました?」
「触り方が…その、激し過ぎるよ……もうちょっと優しく……」
「ご、ごめんなさい!」
ヒイロの言葉に驚き、私は急いで手を離した。どうやら夢中になり過ぎて力が入ったようだ。手の平に残るヒイロの温もりが冷めていくのを感じ、今度は私からお願いしてみる。
「そ、それじゃ…今度はヒイロさんが触ってください…」
「わ、わかった…」
私は左手を差し出し、両眼を閉じてヒイロを待った。
すると感覚が研ぎ澄まされるのか、私の手の上で躊躇うヒイロの温もりを感じる事が出来た。温もりが右往左往し、そして動きが止まったかと思うと少しだけ指先で触れてくる。その瞬間にピリリとした感覚が肘まで走り、思わずピクリと反応してしまった。
!!!
こ、これは…なんかピリピリする……
緊張して物凄く敏感になってるのかな…
ちょっと触られただけだけど、ビックリしちゃった……
そんな私の驚きに気付かなかったのか、ヒイロの手が私の手の甲に被せられる。それは本当に優しく、まるで赤ん坊を撫でるような優しさだった。しかしそれは羽根で撫でられるようであり、染み込んでくる温もりと相まって、私の背中から首筋まで震えとなって走り抜ける。
わ、わ、わ!
くすぐったいような、何か変な感じがする!
勝手に身体が震える!これじゃヒイロさんの事を笑えないよぉ!
私が抵抗しない事に安心したのか、ヒイロの手が重さを掛けてくる。それまでのくすぐったいような感覚はなくなったのだが、その代わりに自分の手を包み込む大きさを感じ、ヒイロが男性である事を思い知らされた。
私の手が、すっぽりと入っちゃった…やっぱりヒイロさんの手は大きいなぁ…
…凄く温かい…あ、人差し指のタコ…私の薬指に当たってる…
「コマイさんの………凄く柔らかい…」
「ヒイロさんのは…硬くて、凄く大きいですね…」
「ご、ゴメン!痛くない!?」
「ううん……大丈夫です……ヒイロさんが男性だって、凄く感じます…」
「そんな…俺もコマイさんの事……女性だって感じてるよ……」
戸惑い気味なヒイロの言葉に、私の中から未知の感覚が溢れ出した。それは胸を締め付けるような、息が苦しくなるような、くすぐったいような、それでいて頭の中が溶けるような、そんな不思議な感覚だった。
私がその感覚に震えていると、ヒイロが小声でお願いしてきた。
「コマイさん…両手で触るよ…」
「…は、はい……」
ヒイロは私の返事を確認すると、私の手の下にそっと左手を差し込んでくる。そして優しく持ち上げると、両手で私の手を触ってきた。手の甲と手の平の両方からヒイロの温もりが染み込み、私の鼓動はさらに早くなる。
温かい…それに凄く優しい…まるで毛布に包まれてるみたい…
タコが硬いけど…傷つけないように触ってくれてる…
…え?
ヒイロさん、親指の腹で…私の親指の先を、爪を撫でてる?確かめてる!?
最後に整えたのいつだっけ?爪垢とか入ってないよね!?
え、え?そんな…指先を摘まんでどうするの?
…なんかフニフニされてる……
ま、まさか爪の血色の変化まで確かめてる!?
細かすぎるよヒイロさん!私も確認しておけば良かった!!!
わ、わ、わ、今度は人差し指に移ってきた!
そんな、全部の指を確認するの!?さかむけとか出来てなかったかな!?
私もヒイロさんの指をじっくり確認したけど、こんなに緊張するんだ……
……や、やっと小指まで終わった……
流石にもう終わりよね……もう、確認される場所って無かったよね……
まだドキドキしてる……これ以上は耐えられないよ…
……え、うそ、まさか……次は指の間なの!?
なんかすごく恥ずかしいよ!
ヒイロさんが”激し過ぎる”って言うのも当然かもしれない……
人差し指と中指の間に、ヒイロさんの人差し指が……ゆっくり入ってくる…
なんか……背中がゾクゾクするぅ……
「ひ、ヒイロさん…これ以上はもう…」
「…コマイさん……ごめん、もう少しだけ……」
「そ、そんな深くまでは駄目です!」
「なんじゃい…艶っぽい声がするから覗いてみたが、本当に手を握っとるだけか…」
「「ヒャッ!!!」」
背凭れから覗き込むグララブに、私とヒイロはソファから飛び上がらんばかりに驚いた。
「ぐ、グララブさん!?」
「おう、忘れ物を取りに来たんだが、邪魔しちゃ悪いと思って忍び込んだ。そしたら嬢ちゃんの艶めかしい声が聞こえたんで覗いたんじゃが……」
グララブはニヤリと笑うと、私達の繋いだままの手を観察した。視線を感じた私達は急いで手を放す。
「成程のぉ……ヒイロ、お主は才能があるぞ?女子の肌は羽根を扱う様に優しく焦らずゆっくり触るんじゃ。しかし囁きと指の間か…今度、儂も試してみるかの!」
グララブの言葉に私達は赤面して動けなくなった。グララブは一通り笑うと、両手を前に出して手本を見せてくれる。
「これが指先だけで繋ぐ”指先繋ぎ”、手を重ねて握る”手のひら繋ぎ”、そしてより親密に繋がる”恋人繋ぎ”じゃ。ほれ、試しに指先を繋いでみぃ」
グララブが催促してきたので、私達はおずおずと指先を繋ぐ。するとさっき迄の強烈な感覚ではないものの、ヒイロの温もりと男性らしさが感じられた。緊張感は程良く薄く、どちらかと言うと安心感を得る事が出来る。
「最初はそれぐらいが丁度良い…ちなみにお主らがやっておったのは”愛撫”というものじゃ。あのままじゃ交合一直線じゃったから気を付けろよ?」
「は、はい…」
私はグララブの言った”愛撫”は理解できなかったが、男性と肌を重ねるのが刺激的である事は理解できた。手を繋いだだけで震えてしまうのだから、交合ではどうなってしまうか想像も付かない。少なくとも今の私では心も身体も準備が出来ていないのは確かだった。
「さて、夜も頃合いじゃ。儂も部屋に戻るが、お主らも早く寝ろよ?明日もギルドの情報を待っとるだけだから、街に出てデートでもするがえぇ」
「で、デートって…そんな、俺……何処に行ったらいいか分からないですよ……」
「…あ!、ヒイロさん、明日付き合ってください!」
「は、はい!」
私のお願いにヒイロが背筋を伸ばす。
「私一人ではカリーナさんを説得できるか不安なんです!良ければグララブさんもお願いします!」
「……そ、そうだね…………二人きりじゃ…ないんだ……」
「ふむ…人の恋路に首を突っ込むのは感心せんが、キースが任務に集中できるよう手伝うのはアリじゃな。仕方ない、付き合ってやるわ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ朝食後、皆で出掛けるかの!夜更かしするでないぞ?」
「はい!」
私はキースとカリーナの問題が改善すると思い、元気よく返事をした。グララブは笑顔を浮かべると、そのまま部屋を後にする。
ヒイロは小さく息を漏らすと、笑顔で私を見つめてきた。
「……それじゃ、もう寝ようか」
「は、はい!」
ヒイロが先に立ち上がり、繋いだままの指を支えにしてくれた。私はその力を借り、ヒイロと視線を交わしながら腰を上げる。
その情景はまるで、恋愛戯曲で描かれる騎士とお姫様のように思えて嬉しかった。




