王国歴1669年10月21日⑫:ヒイロさん、泊めてください
深夜にも迫ろうとする時刻、私達は灯の落された宿屋のロビーで頭を悩ませていた。
「えっと……ヒイロさん、泊めてください」
「……それは…お、お断りします……」
「当施設としても、男女同伴での一人部屋利用はお断りしております」
「困りましたね…私は早くレディ・ビビィと深く話し合いたいのですが…」
「フロントの兄ちゃん、固い事いうなぁ~!ヒイロぉ、男を見せろぉ~!…まぁ、どうせ何も起こらんがのぅ……」
「グララブさん、助け舟はしっかりと出してくださいよ!」
何に困っているかというと、私が泊まる部屋についてである。楽しく食事を終えた私達が夜分遅くに宿屋に戻ると、私だけフロントに呼び止められたのだ。その理由は『泊まる部屋が無い』為である。
昨晩は私の惨状によって緊急的にヒイロの部屋に泊まる事になったのだが、今晩は私の意識がはっきりしているとの事で男女同伴での一人部屋利用が断られたのだ。
宿屋の主張も分からなくはない。
一人部屋で3人も5人も泊まられたとあっては設備も痛むし、宿代も貰えないので大損害である。カリーナから貰っている小金貨があるので部屋を借りようとしたのだが、空いている部屋は備品の準備やベッドメイクが済んでいないので利用できないと断られた。
キースの部屋は空いているのだが、キースの私物が置いてあるので私が遠慮した。あとシーナルとビビィだが、シーナルが利用していた部屋がもともと男女同伴可能な二人部屋であり、特に問題はないらしい。
こうなると私は別の宿を探しに行かないといけないのだが、深夜という事もあり他の宿屋が開いているかすら疑問だった。こんな時間に利用できるのは連れ込み宿ぐらいしかないので、うら若き乙女の私では一人で泊まれないのだ。
それに気付いたヒイロが連れ込み宿に行こうとしたが、それは私が止めた。いくら無神経な私でも、人を追い出してまで泊まる気は無いのである。
残った選択肢はゲッスーナ邸に戻る事なのだが、すでに付け待ちの馬車は無く、夜道を私一人で帰るのは危険すぎる。ヒイロが送迎するとしても距離があるので、ヒイロが宿屋に戻る頃には空が白み始めているだろう。とても現実的な選択肢ではない。
「…仕方がないのぅ……それじゃヒイロ、儂の部屋と交換せぇ」
「え?」
「もともと儂の部屋もシーナルと同じ、何があっても良いように男女同伴可能な二人部屋なんじゃ。それならフロントの兄ちゃんも問題あるまい?」
「そうですね、それでしたら何の問題もありません」
「そ、それだったら俺がグララブさんの部屋にお邪魔します!」
「阿呆ぅ、二人部屋と言ってもベッドは一つじゃ!男と寝る趣味は無いわい!」
「それじゃソファ!そ、それで駄目なら床でもいいです!お願いします!」
「まったく、必死じゃのぅ……そうじゃ嬢ちゃん…何だったら儂と一緒に寝るか?」
「ふぇッ!?」
グララブの不意の提案に、私は訳が分からずに変な声を上げた。見ればグララブが両指をワキワキしながらニヤニヤと笑い出す。
「最近は女体に触っておらんから、技術が錆び付いていないか確認したいんじゃ。最期までせんからどうじゃ?もっとも、嬢ちゃんが望めば最後までするがの?」
「ひ、ひぇ~~~~ッ!!」
「グララブさん!!」
ヒイロが真剣な表情で私の前に割り入る。グララブは途端に破顔してヒイロの尻を叩いた。
「まったく、やっと男の顔になりおった!これで助けに入らなんだら殴っていたところじゃぞ?自分の女ぐらい、ちゃんと守らんかい!」
「そ、あ、うぅぅ…じ、自分の女って…コマイさんは…その……」
オタオタするヒイロの姿に私の高鳴っていた鼓動が鎮まっていく。グララブの言う通り今晩は何も起こりそうにないと思え、私は安心と少しの落胆を感じた。
問題が解決したので全員が2階へと上がる。
シーナルとビビィは手を繋ぎながら部屋へと入り、残った私達はヒイロの部屋へと向かった。部屋に戻ると私はカリーナから借りた服、ヒイロは荷物を纏めてグララブの部屋を目指す。
グララブの部屋はキースの部屋と同じで天蓋付きのベッドが置かれていた。テーブルの上には軽食などが2人分用意され、部屋の隅には水桶とタオルが数枚置かれている。暖炉にはすでに火が入れられており、チロチロとした炎が部屋を照らしていた。
グララブは手早く荷物を纏めると、私達を見てニカリと笑う。
「それじゃ儂は向こうの部屋へ行くぞぃ。秋の夜は長いようで短い、存分に楽しめ!」
「ぐ、グララブさん!俺は、その、何もしませんから…」
「…ったく、このヘタレが……それじゃ嬢ちゃん、ちょっと耳を貸せ」
「何ですか?」
グララブは私の耳に近寄ると、ヒイロに聞こえないような小声で囁いた。
「寝る時は天蓋を閉じるんじゃぞ?それで幾分か声を消す事ができるからの?」
「え?声?………ちょ、グララブさん、ヤダッ!!」
私はグララブが言わんとした事を察し、自分の顔が赤くなるのを感じた。それを見たグララブが笑い、ヒイロは不思議そうな顔をする。
「まぁ、ヒイロからは何もせんと思うから嬢ちゃんに課題を出しておこうかのぅ…最初は隣に座って手を握ってみぃ、まずはそこからじゃ!それじゃの!」
グララブはそう言うと部屋を出て、静かに扉を閉めた。
私がヒイロを見ると、同じようにヒイロも私を見た。そして同時に視線を逸らす。何も起こらないと判っているのだが緊張が消える訳ではないのだ。
「……お、オホン……お、俺はソファで寝るから…コマイさんはベッドで寝てください…」
「ひ、ヒイロさん……グララブさんに言われたからではないですが…手を握りませんか?」
「て、手を握るなんて……そんな大それた事…俺には自信が無いよ……」
ヒイロの赤面と怯え方に、私の気持ちが逆に固まってしまう。
「ヒイロさん、さっきは”また私に会いたい”って言ってくれましたよね?」
「そ、そうだけど…」
「会ったら話すだけですか?食事するだけですか?」
「そ、それは…」
「私はもっとヒイロさんの事を知りたいです!」
「!!……こ、コマイさん……」
私の言葉に驚いたヒイロは、今度は真っ直ぐに私を見てきた。その視線に私の脈拍が急激に高鳴る。
「あ、いえ!ひ、ヒイロさん限定ではなく、みんなの事も知りたいって事で!…け、けど、一番に知りたいのはヒイロさんの事であって、あっと、えっと、わ、私、何言ってるんだろう……よ、酔っちゃいましたかね?は、ははは!」
私は告白にも似た発言を無かった事にする為に、混乱しながら意味不明な事を口走った。ヒイロはそんな私の慌てぶりに小さく頷き、赤面のまま唾を飲んだ。
「…俺もコマイさんの事を、もっと知りたい…正直に言えば……て、手も…握ってみたい……けど……」
「……けど?」
「じょ、女性の手を握った事がなくて…て、手汗とか凄いかもしれないから…」
ヒイロの心配に私は笑ってしまった。そういう心配は普通、女性である私がするべきなのだ。
「それを言ったら私も父か弟ぐらいしか手を握った事ないですよ。手汗は…気になったら拭くという事で…」
「う、うん、そうしようか……」
ヒイロは部屋の隅へ行くとタオルを手に取った。そして私に近付こうとし、その距離感に戸惑う。
「あ、あの……立ったままで手を握る?」
「ぐ、グララブさんが”隣に座って”って言ってたから…そ、ソファに座りましょう!」
「…ど、どっちに座る?」
ヒイロの視線を追うと、ソファに座るにはテーブルを左右どちらかに迂回する必要がある。どっちから行くか決めなければオタオタしてしまうだろう。
私は自分の立ち位置から近い、テーブルの左側を指差す。
「え、えっと…それじゃ、左側で……」
「それじゃ、俺は右側で……」
私達はテーブルを迂回してソファへ座る。2人の間には膝2つ程の隙間が空いていた。




