王国歴1669年10月21日⑪:永遠の12歳じゃーーーーッ!
「えっと…シーナルさんは…邪神を崇拝しているんですか?」
私が恐る恐る問い掛けると、シーナルは手を振ってそれを否定した。
「いえ、私は少数派になっていた正道派です。知識を重んじ研究を続ける者でしたよ」
シーナルの返答に私は安堵する。ビビィも安心した表情になった。
「私は魔石の体積と異界の門の効果範囲、及び占星術視点からの月と太陽と異界の門の関係を研究していました。過去の事例から同じ大きさの魔石を破壊しても、門の大きさに雲泥の差が生じていたからです」
シーナルが右人差し指を動かすと光の線が現れ、複雑な図形と数式が空中に浮かび上がる。描かれた半球には星が蠢き、2つの太陽と月がその中を流れていく。それらがある場所に差し掛かった時、半球の断面の中心点が大きく輝いた。
「理論上ですが天体位置により魔石の魔力が増減します。その中でも数十年に一度だけ最大の増幅が起きる時があるのです。その時なら…例えばこの指輪の魔石でも人一人が通れるぐらいの門が開きます。しかし残念な事に、この理論を知った邪道派が暴走を始めました…」
シーナルは図形を消すと、一息吐くようにワインに手を伸ばす。
「邪道派はこの世界の女神すら異界の門で呼び込まれた存在だと定義し、それに代わる存在を呼び込む事も可能だと主張しました。これが邪神と呼ばれる存在です。それは巨大な魔石があれば理論上可能だと分かりました。私はそれを否定しようと別視点から計算しましたが、残念ながら可能であろうと結論が出ました。もっともそれは机上の空論で、そんな魔石は歴史上発見されていません……グララブが魔石を掘り出すまでは…」
「儂が悪いと言うのか!」
「よしましょう…その議論はし尽くされました。全ては天命、もしくは確率のいたずらだったのです」
グララブはシーナルを睨みつけるが、相手にされないと判るやヒイロのワインを一気飲みした。そしてシーナルの言葉を汲み取る。
「噂を聞いた奴等が里を襲撃し、魔石を奪いおった…幸いにも怪我人は出なかったが、後から来た王都の調査団から”詐欺師”呼ばわりされたんじゃ……」
グララブが空のグラスにワインを注ぎ、それをテーブルの上でゆっくりと遊ばせる。揺蕩う光がグララブの瞳に反射した。
「里の名誉は大きく傷付いた…儂は村長の娘との婚約を解消され、魔石奪還の命を受けた…言ってしまえば追放じゃ…それからシーナルに出会うまで、儂は失意のまま当ての無い旅を続けたんじゃ…」
「私は邪道派が巨大な魔石を手に入れたと知り、正道派を集めて抗議しました。しかし邪道派は武力を持って正道派を殺害し、私だけが生き延びたのです…それから王国に危険性を報告したのですが、正道派殺害の疑いで3年間拘留されました」
「そんな!!酷過ぎます!!」
私の叫びにシーナルが軽く微笑む。そしてグラスにワインを注ぐと口をつけた。
「エルフにとって3年は大した時間ではありません。静かな牢屋は知識を整理し発展させるには良い環境でしたよ?お陰で私は巨大な魔石を発見できるだろう現象を想定できました」
「え?魔石を発見できたんですか!」
「残念ながらそれはまだです。ただ、絶好の天体位置に近付くにつれて魔石の魔力が増幅し、その波動が空に届くと光の揺らめきが見えると想定できました。それは屋内外関係なく、地中に埋まっていても観測できるはずです。つまりその時になれば、自然と魔石の位置が分かるのです」
「そういえば…里でも数十年に数日だけ、夜空に光るカーテンが現れるなんて伝承があったのぅ……まぁ、そんな訳でじゃ!」
グララブがシーナルの言葉を遮るように大きな声を出す。その手には空のワインボトルが握られていた。
「こうして儂とシーナルは出会うべくして出会い、魔石を探す旅に出た。シーナルが教団の跡を追い、儂が情報を集める。ガセネタも多かったが、幾つかの事件を事前に防いだ事で王国やギルドの信用を得て、報奨金が得られるようになった。そこに売り出し中のキースが報奨金目当てで参加し、何の因果か行き倒れておったヒイロを拾ったのじゃ」
グララブの言葉にヒイロが微笑み、料理を頬張りながら頷いた。
「僕は13歳で村を飛び出して、目的も無かったから行き倒れて当然だったんだ…パーティに拾われてなかったら…今頃は死んでいただろうね」
私はヒイロの微笑みが、何だか空虚なように感じた。グララブとシーナルは魔石の探索、キースは報奨金目当てだ。しかしヒイロは魔石と縁はなく、報奨金で人生を楽しんでいるようにも見えない。まるで部外者のように思えた。
「ヒイロさん…ヒイロさんは魔石と関係ないですし、お金目的でもないですよね?」
「う~ん…お金があるから美味しい料理を楽しめるんだけどね…」
「けどそれは、何ていうか……目的じゃないじゃないですか?」
「目的か…それって、必要なのかな?」
「………え?」
ヒイロは空のグラスにワインを注ぎ、口を濡らす。
「自分を助けてくれた恩人が困っていて、自分はその恩人を手助けできる力がある。だったら手助けするのは当然だろう?それに南方領のような事が起こると知ったら、誰でも阻止しようとする………俺はただ、そう思って『天井知らず』に居るんだ」
「そ、それはそうですけど…」
私はヒイロの言葉に黙るしかなかった。それは正論なんだろうが、何だか納得がいかない。正直、私だったら知らない他人なんて放っておいて自分の命を優先するだろう。しかしそれを口にする事は流石に憚られた。
そんな私の不満を感じたのか、グララブがグラスでヒイロを指した。
「ほれ、嬢ちゃんだって違和感を感じとる!確かにお前の考えは正しいが、泥臭さが無いんじゃ!手伝ってくれるのは嬉しいが、お前自身が目標を持たんとコッチが不安になるわい!キースみたいに女を抱きたいとか、そんな欲望は無いんか!」
ヒイロは困ったような顔をしたが、私の視線に気付くと視線を逸らす。私は文句を言おうと思ったが、ヒイロが私を意識してるようなので控えておいた。
「…う~ん、大体の事情は分かりました…それで、魔石は見つかりそうなんですか?」
「…そうですね、実は」
「これが全く情報が無いんじゃ!地元の冒険者ギルドに依頼して情報を集めとるが、奴等の足取りが掴めん!この街での情報収集が終われば、すぐに次へと行かねばならん!」
何かを言いかけたシーナルの言葉を掻き消すように、グララブが盛大に吼えた。グララブはそのままの勢いで新しいワインボトルと開けると自分のグラスに注ぐ。ヒイロも小さく微笑んでワインを飲んだ。
何故かビビィは不安そうにシーナルの方を見る。シーナルはビビィに微笑み返した。
「なるほど、だからこの街に戻ってこないんですね……けど、みんなが私に惚れたら、そして魔石を取り戻したら、この街に戻ってきますよね?」
私の言葉にみんなが驚き、ビビィですら私を注視した。
「……そうですね、異界の法の企みを阻止し、魔石を奪還出来たら……私は必ずビビィの元に戻るでしょう……」
「そうじゃの、嬢ちゃんと飲む酒は楽しいし……それも良いかもしれんのぅ……」
「こ、コマイちゃん……そうなったら…いいだなぁ……」
私はみんなの返答に満足して頷く。そして無言のヒイロを見上げた。
「ヒイロさんはどうなんですか?」
「お、俺?……俺は……」
「私と居て楽しくないんですか?」
「た、楽しいよ?こんなに話せるのはコマイさんが初めてだし…」
「私の裸を見た責任、取らないつもりですか!?」
「責任って……拭かないと汚れたままだったし……」
「戻ってこないんですか?もう会いたくないんですか!?」
私の剣幕にヒイロが椅子からずり落ちそうになる。しかしその寸前で踏みとどまり、テーブルに突っ伏すると耳まで真っ赤にして答えた。
「ま、またコマイさんに会いたい…戻ってきたい……です……」
私はその消え入りそうな返答に喜び、思わずヒイロの頭を撫でてしまった。
「ほほほ!あのヒイロがまるで子供じゃ!嬢ちゃんは大したもんじゃの!」
「そうですね…これでまた、ヒイロは大人の階段を上ったのですね…」
「お、大人の階段!?私、まだ、身体まで許した覚えはありませんから!!!」
私の絶叫にグララブとシーナルが大きく笑う。
「そうではありませんよ、コマイさん」
「勘違いするでない、大人になるとは責任を背負う事じゃ!大義の為に生きる、命の覚悟を決める…それも大切なんじゃが、何があっても生きて帰るという気持ちが大事なんじゃ!ヒイロには帰る場所ができた…つまり自分の命に責任を持てたんじゃ…嬉しいのぅ…」
グララブはワインを飲み干すと、顔を歪ませて涙を零した。シーナルは席を立つとグララブの背中に手を置く。
「グララブよ、少し飲み過ぎたようだな…」
「酔っとらんわ!ただ里におったら、ヒイロぐらいの子供がいてもおかしくないからのぉ…どうも歳を取ると涙脆くてイカン……」
長く冒険を共にした仲だからか、グララブとシーナルの間に親友のような雰囲気が流れる。
「二人はずっと…20年以上、一緒に冒険をしてるんですよね?」
「そうですね、もう22年になると思います」
「それで正直、グララブさんは幾つなんですか?」
「儂は永遠の12歳じゃーーーーッ!」
「……ブフォッ!」
笑いのツボに入ったのか、それまで突っ伏していたヒイロが盛大に噴き出した。我慢できなくなったのかヒイロは顔を上げると、ナプキンで口元を隠しながら肩を揺らす。その仕草にみんなは自然と笑顔になり、食事会は和やかな雰囲気に戻っていった。




