王国歴1669年10月21日⑨:飲んで下さいッ!!
宿屋に戻るとグララブの勧めで汚れを落とす事になり、湯桶を貰うとヒイロの部屋を借りて身体を拭いた。清掃が入ったのかベッドは綺麗になっており、ソファには私が昨日着ていた服が畳んで置かれていた。私はそれに着替えようかと思ったが、この綺麗なままカリーナに返すのもアリだと考え、今日着ていた服を着直す事にする。
ロビーに出るとみんなはすでに出発の準備を終えていた。
『天井知らず』の面々は昨日のと似た落ち着いた服装で纏めており、ビビィはシーナルが選んだのか体型の分かりやすい紺のマーメイドドレスを着ていた。所々に銀糸や金糸で星が表現されて夜空のように美しく、ビビィの白い肌を際立たせている。ピッタリとしたドレスは一見きつそうだが、触らせてもらうと生地に伸縮性があるので苦しくなさそうだった。
馬車で『ガストロミ』に行くと、すぐに昨日と同じ部屋に通された。
テーブルにはすでに4人分がセッティングされており、すぐに給仕が1人分を追加する。『天井知らず』は昨日と似た配置に座り、私はヒイロの右隣に、ビビィはシーナルの左隣に座る。丸テーブルに私とビビィ、対面に『天井知らず』の3人が座る形になった。
ヒイロは昨日と同じように椅子を引いてくれたが、その顔は不思議と赤かった。
「え~それでは、本日はビビィ嬢を迎えた事を祝して…乾ぱ~~いっ!」
グララブの音頭に合わせ、みんなが杯を上げる。食事会は和やかに始まり、シーナルはビビィの料理解説を笑顔で聞いていた。
そんな中、グララブは私に近付くと茶色の瓶を渡してくる。
「嬢ちゃん、冒険者ギルドで売ってる酒精を渡しておくぞ。これで酒の飲み方の練習をしておけ」
受け取った瓶には透明な液体が満たされていた。良く見ても変わった所はなく、ただの水に見える。グララブは同じ物を取り出すと、中の液体をグラスに少しだけ注いで差し出してきた。
「ほれ、ちと舐めてみぃ」
「は、はい……………ぅぇ……なんだか苦いですね」
「それが酒精の味じゃ、飲み物に混ぜると知らぬ間に相手を酔わす事が出来る。さらに純度が高いから、投げつけて火を付ければ炎が上がるぞ?」
「あ、危ないじゃないですか!これ、飲んで大丈夫なんですか?」
「原料は蒸留酒、飲み過ぎん限りは害はない。気分が良くなり、会話が弾み、身体を温め、寝付きも良くなる。さらには傷の消毒も出来るし、武器にもなるんじゃ。冒険者の必需品じゃよ?」
私はグララブの言葉に頷きながら、果実水に少しだけ混ぜて飲んでみる。すると昨日呑んだ果実水の、あの仄かな苦みを感じる事が出来た。
「自分の加減で混ぜて、自分の限界を探ってみぃ。酒を制する者は人生を楽しめるぞ!」
「は、はい!頑張ってみます!」
私の言葉にグララブは満足そうに席に戻る。
私が恐る恐る果実水を飲んでいると、隣のヒイロが心配そうに覗き込んでくる。
「こ、コマイさん…あまり無理に飲まなくてもいいんだよ?」
「いや~、同じ失敗をしない為の練習ですから!もし危なかったらヒイロさんが止めてくださいね?」
「き、昨日のような助け方はできないから…あまり期待しないでほしいな……」
そう呟いたヒイロは顔を赤くして私から視線を逸らした。私はその仕草に違和感を覚える。
「どうしたんですか、ヒイロさん?何だか変ですよ?」
「そ、そんな事ないよ…こ、コマイさん、気にしないで……」
「……………ん?………”コマイさん”??」
私は一旦椅子から降りると、椅子を引き摺ってヒイロに近付いた。そして肩が触れる程の位置で座り直すと、ヒイロの顔を見上げながら聞いてみる。
「なんか、呼び方が違うんですけど?」
「そ、そんな事はないよ?コマイちゃ…コマイさん」
「何で”さん付け”なんですか!」
私とヒイロの顔が近付く。その距離は昨日の黒歴史化粧を拭いてくれた距離と同じだった。しかし今回はヒイロが顔を赤くしてそっぽを向くという、まったく逆の立場になる。
私は上の立場になったような気がして、まるで弟をイジるように口が動いた。
「ヒイロさ~ん、な~んか顔が赤いんですけどぉ~?」
「こ、コマイさん?もう酔ってるの?」
「まだ酔ってませんよ!そんな事よりなんで”コマイちゃん”って呼ばないんですかぁ?」
「うぅぅぅぅ………」
ヒイロは両の手の平で防御するが、そんな防壁では私の口撃を防げる訳もない。遂に観念したのか真っ赤な顔でヒイロが口を開いた。
「じゅ、15歳はもう立派な女性じゃないか…”さん付け”するのが当然だよ…」
「え?え?わたし、立派な女性ですか!?嬉しーーーーーいッ!」
私は生まれて初めて女性扱いされた事が嬉しくて、両手を握って幸せを嚙み締めた。ヒイロはそんな私の仕草を楽しそうに見たが、瞬時に顔を赤くしてそっぽを向く。
「………?……”さん付け”は分かったんですけど……なんで顔が赤いんですか?」
「な、何でもない!何でもないです!!」
「正直に話してください!どうしたんですか!?」
ヒイロは顔を背けたまま、私にしか聞こえないような小さな声で答えた。
「き、昨日…汚れた服を脱がした時…裸を見ちゃったから…思い出しちゃうんだ……」
「……………………………ひゥッ!」
その言葉を理解した私は瞬間的に頭に血が上ってしまった。顔だけじゃなく耳まで熱くなっているのが自分でも分かる。
「あの時は子供だと思ってたから平気だったけど……大人の女性だと思うと………頭から離れなくなっちゃって……ごめん…ごめんなさい……」
「あ、あ、あ、謝らないでください……粗相をしたのは私ですから……」
私は頭を冷やそうと果実水を一気飲みしたが、それは逆効果だった。頭どころか空腹の胃の中まで熱くなり、脈がどんどん速くなっていくのが分かる。空になったグラスにピッチャーの果実水を注ぎつつ、茶色の瓶を掴んで私は閃いた。
「…ヒイロさん、お酒を飲みましょう…」
「……え?」
「お酒を飲んで忘れるんです…私、昨晩の事は覚えてません…ヒイロさんも忘れてください」
「いや、けど、今日飲んでも忘れないんじゃ…」
「飲んで下さいッ!!」
「は、はいッ!!」
私はヒイロのワインに酒精を注ぎ、同じ量の酒精を果実水にも混ぜる。そしてグラスを合わせようとした瞬間、2つのグラスはグララブに取り上げられてしまった。
「こんな阿呆な飲み方をしたら身体を壊してしまうぞ?まったく、どうしたんじゃ2人とも?」
「聞いてくださいグララブさん!ヒイロさんが私の裸を思い出すんです!」
「や…やめて、コマイさん!それ以上言わないでッ!!」
ヒイロは両手で顔を隠すと、頭を左右に振ってイヤイヤした。普通ならその仕草は私がするべきものだと思い、なんだか理不尽に腹が立ってくる。
「グララブさん、何なんですか!ヒイロさんは最初からこんなに初心なんですか!?何だか私の方が擦れてる感じがするんですけど!?」
「まぁまぁ嬢ちゃん、ヒイロは最初からこんなんじゃよ?それどころか最初の頃は女性を直視できず、ずっと下ばっかり見ておったわ」
「そうなんですか!?」
私は未だに顔を隠す大人のヒイロと、懐かしそうに昔を語る子供のグララブを見て、何だか不均衡な感覚に陥る。それと同時に彼らの出会いについても興味が湧いてきた。
「皆さんは、どうしてパーティを組んでるんですか?たまたま?それとも共通の目的があるんですか?」
「…面白い事を聞くのぅ…良かろう、それでは少しだけ昔話をするかのう…」
グララブは2つのグラスを持ったまま席に戻ると、料理を切りつつ口を開いた。




