王国歴1669年10月21日⑧:根性無しぃーーーッ!
私の号泣にビビィが駆け寄り、シーナルも合流した事により話は一段落する。事情を知ったシーナルはグララブとヒイロと一緒にキースの様子を見に行くことになった。残された私とビビィはケーキの残るテーブルに座る。
私は少しだけビビィに甘えてみた。
「先輩、聞いてくださいよぉ…ヒイロさん、私の事を10歳だと勘違いしてたんですよぉ?」
「そうかぁ、コマイちゃんはめんこいから間違いられたんだべぇ…老けて見えるより良い事だよぉ?」
「けど私だってレディですよ!女扱いされても良いと思うんです!」
「う、うん…確かにぃ……」
私が軽い冗談を口にすると、ビビィは頬を赤くしながら暗い顔をする。私はその表情にピンときて、自分の頬が緩むのを感じた。
「あれ~、もしかしてビビィ先輩…シーナルさんに口説かれたんですかぁ?」
「…………う、うん……」
ビビィはさらに顔を赤くし、可愛い指をモジモジさせながら俯いた。その姿が何とも言えずに可愛らしい。
「…おらぁ…男の人に好きだって言われたの初めてでぇ…よく分かんねぇんだ…」
「嬉しくないんですか?」
「う、嬉しいよ?…嬉しい……だどもぉ……死ぬかもしんねぇなんて言われたら…なんて答えたらいいか、分かんねぇんだぁ……」
確かに私もそれは思っていた。死ぬかもしれないと言われれば、そんな相手は恋愛対象から外して当然だ。そんな相手に自分の人生を任せる事なんて出来ない。
しかし今は恋愛以前の問題なのだ。
「私は好きとか嫌いとか、そんな先の事は全然分かりません。けどみんなは真剣に生きてるし、私はそれを憶えていたいし、だからもっと知りたいんです!シーナルさんは全部話してくれたんですよね?」
私の問いに、ビビィは涙を溜めながら頷いた。
「私、シーナルさんに”ビビィ先輩には嘘をつかないで欲しい”ってお願いしました。そのお願いを聞いてくれたんだったら、シーナルさんは良い人です!だからビビィ先輩、まずはシーナルさんと話しましょうよ!好き嫌いはその後でいいじゃないですか!」
「………コマイちゃんは、強いんだなぁ………」
私はビビィの言葉にニンマリと笑った。ビビィもつられて笑顔になる。
「…そだな、シーナルさんの事を何も知らねぇで答えが出る訳がねぇ!オラ、もっとシーナルさんと話してみるだ!子供の事はそれからだぁ!」
「こ、子供!?ビビィ先輩、話が飛び過ぎですよ!!」
「そ、そだった…シーナルさんが欲しがってたから、つい先走っちまったぁ!」
私はビビィの赤面に安堵したが、同時にキースの事を思い出して気が重くなった。
「けどキースさんが”帰れ”って言ったんだよなぁ…私、今夜の食事会に出れるのかなぁ…」
「…何かあっただか?コマイちゃん…」
事情を知らないビビィに、私はキースの部屋での事を話した。
「…それは、キースさんが怒っても仕方なかんべ…」
「…やっぱり、自分で言いたかったのかなぁ…」
「そうでなくて、キースさんはカリーナさんにちゃんとした別れの挨拶ができなかった事が悲しいんでないの?」
「…あ……」
ビビィに指摘されて気付いたが、確かにキースとカリーナはちゃんとしたお別れをしていなかった。もし私が9日なんて話をしなければ、2人はもっと話し合えたはずなのだ。
私は押し寄せる後悔が気持ち悪く、どうしようもなく席を立った。
「……私、ちゃんと謝ってくる!」
「オラも行くだ!…けど、その前にコマイさん?」
「何ですか?」
「食べ物を残してはいけません。ちゃんと食べてから行きましょう」
「は、はい…」
私は静かな闘志を燃やすビビィに指摘され、素直に席に座る。そして目の前のケーキと紅茶を綺麗に頂くまで、席を離れる事が出来なかった。
私は膨れたお腹を摩りながらロビーに戻ると、キースを先頭に階段を下りてくる『天井知らず』一行を見た。背後の3人が話しかけるが、キースの歩みは少しも止まらない。
「キースさん!」
「……おぉ、嬢ちゃんか」
キースは私を一瞥し、何故か表情を緩めた。
「さっきは悪かったな、もう怒ってねぇから安心しろ」
「そ、そうじゃなくて!」
「…カリーナの事は、あれで良かったんだ」
私の想いを察したのか、キースは私の頭を撫でてくれた。
「いや、キース!女への別れの挨拶ぐらい、ちゃんとしたらどうじゃ!?」
「ちゃんとしようがグズグズだろうが別れは別れだ。あれぐらいの方が後腐れがねぇよ」
「キース…今晩は私の大切な人を招待するんです。君が居ないと」
「俺に構わず、食事を楽しんでくれよ」
「キースさん、何処に行くんですか?」
「娼館だよ、娼館。俺は女が居ねぇと寝れねぇんだよ」
仲間の問いに答えたキースは、そのまま付け待ちの馬車に向かう。その逞しい背中には、これまで感じていた気概が不思議と感じられなかった。私は思わず一歩踏み出し、小さく見える背中に叫んでしまう。
「キースさん、カリーナさんと話したくないんですか!!」
私の叫びにキースの足が止まる。
「私、カリーナさんを呼んできます!だから」
「余計なマネすんじゃねぇッ!!!」
キースは振り向くと肩を怒らせて叱りつけてきた。
「カリーナとは終わったんだ!縁が無かったんだよ!」
「それでも呼びます!ここに居てください!」
「俺は娼館に行くんだ!今夜は帰らねぇ!」
「それじゃ明日!明日の…食事会に連れてきます!」
「知るか馬鹿!勝手にしやがれ!!」
キースは顔を真っ赤にしながら馬車に乗り込み、こちらを見る事もなく出発する。私は外に飛び出し、石を拾うと馬車に投げつけた。しかし残念ながら私の細腕では届かない。
「バカーッ!アホーッ!根性無しぃーーーッ!」
「…この嬢ちゃん、頭に血が上ると何するか分からんのぅ…」
「エルフにはない激情…少し好感が持てますね」
「じょ、女性がそんな言葉を使っちゃ駄目だよ…」
私を心配したのか、他の3人とビビィも外に出てきた。
「けど良かっただなぁ…キースさん、カリーナさんと会ってくれるでねぇか」
「「「「え!?」」」」
ビビィの言葉に、私を含めた4人が驚く。
「え?どこにそんな話がありました!?」
「だってキースさんさぁ、怒ってたでねぇか」
「そうです!もんのすごい怒ってましたよ!」
「コマイちゃんさぁ、興味のねぇ事に本気で怒れるだか?あんだけ怒るってことはぁ、まだカリーナさんの事を想ってるって事でねぇか?」
「………あッ!」
私はビビィの指摘に納得した。確かに興味を失っているなら、カリーナの話をしても怒らないはずである。
「なんじゃ…キースの奴、未練タラタラじゃったんかぁ…」
「ふふ、流石は私の女神…その深慮に感服しました」
「…そ、そうなんだ…俺、全然分からなかった…」
「あの様子ならぁ、明日の晩には顔を出すんでねぇの?それよりコマイさ…」
「何です?」
「あんな安請負していいだか?これでカリーナさんさ呼べなきゃ、キースさん泣いてしまうど?」
「………あぁぁぁぁ………そうですねぇぇぇぇ………」
私は勢いで言った自分の言葉に後悔した。思い返せばこの問題で一番怒っているのはカリーナだ。そんな彼女を私が説得して、明日の食事会に同席させなければならないのだ。
「と、とりあえずゲッスーナ邸に行って様子を見てきます……」
「き、気を付けるだよぉ?」
私は馬車を使わずにゲッスーナ邸を目指した。お金を節約したいのもあるが、ゆっくり歩いている間にカリーナを説得する算段を立てようと思ったのだ。
しかし邸宅に着くまでに良い考えは浮かばず、カリーナには面会を断られ、コーモノ様からは「使いを出す手間が省けた」と20Gを受け取り、仕方なく私は再び徒歩で宿屋に向かった。
宿屋に戻る頃、空には夕闇が迫っていた。




