王国歴1669年10月21日⑤:拳を握りしめて力説!
コックの手でスイーツがテーブルの上に移される。
大きな白いお皿の中心に、白黄茶色の3層のケーキらしき物が鎮座していた。頂上には小さなミントの葉が置かれ、周りには赤と黒のソースで円弧が描かれている。仄かに伝わってくる温度から、このケーキは温かい料理ようだ。側に用意された小さな陶器のポットには黄金色の蜂蜜が満たされ、その出番を待っていた。
一緒に運ばれてきた茶器セットからは上等な紅茶の香りが漂い、ケーキの甘い香りと渾然一体となって嗅覚を刺激する。
私はケーキを頬張りたい衝動を抑えると、戻ろうとするコックに声を掛けた。
「あの…ウェイトレスのビビィさんとは前職の同僚でして…出来れば彼女と一緒に楽しみたいのですが、良いでしょうか?」
コックは厨房を一瞥すると、軽く微笑んで提案をしてきた。
「わかりました、それでは同じ物をあと2つ御用意致しましょう」
「いや、私は紅茶だけを頂こう。ケーキを2人分、紅茶を3人分頼む」
「わかりました、すぐに御用意致します」
シーナルの言葉にコックは深く頭を下げ、厨房へと戻っていく。コックから伝えられたのか入れ替わるようにビビィが厨房から出てきた。ビビィは私に小さく手を振ったが、向かいの席のシーナルに気付くと表情を硬くする。
「ど、どぅも…失礼しますぅ…」
ビビィがおずおずとテーブルに近付くと、シーナルが椅子を引いて促した。ビビィは小さく何度も頭を下げると、その席にトスンと座る。
「ビビィ先輩、さっきは心配してくれてありがとうございます!」
「そ、そんなぁ…オラ…わ、わたしぃ、気が動転して、とんでもない事を…」
「いえ、全然大丈夫です!それより先輩が元気そうで良かったですよ!」
「た、ただ力が強いだけで…恥ずかしいだぁ……」
見知らぬ男性の前で緊張しているのか、ビビィは背筋を曲げて縮こまった。
ゴホンッ!
咳払いに視線を移すと、”早く紹介しろ!”と言わんばかりにシーナルがウインクを繰り返している。
「あ、えっと、こちら『天井知らず』のシーナルさん。と、とても…良い人……よ?」
「…なぜ疑問形にするのかはさておき…初めまして、私の名はシーナル。宜しく、レディ・ビビィ」
「ひっ!わ、わたしはぁ…ビビィって言います…よ、宜しくお願いしますぅ……」
微笑むシーナルにビビィの顔が赤くなっていく。少なくとも悪い印象は持ってないようだ。
「実はこのシーナルさんが、ビビィ先輩をガストロミに招待したいそうです」
「あ、あのガストロミに!?コマイちゃ、ほ、ホントだか!?」
「本当ですよ!私も昨日、食べさせてもらいました!」
ビビィはテーブルに乗り出して私に問い掛けてきた。その勢いで茶器が盛大な音を立てる。
ビビィが驚くのも無理はない。ガストロミは食事の一人単価5Gの高級料理店である。月の給金が25Gに届かないメイドとしては憧れの店なのだ。しかも食べる事が大好きなビビィなのだから喜ばない訳が無いのである。
ビビィはシーナルの方を見ると、モジモジとしながら口を開いた。
「な、なして……どうして、私を…呼んでくれるんですかぁ?…誘われる理由が分かりません…」
「ふ……何を言うかと思えば…レディ・ビビィ、貴女は私の女神です!!」
シーナルは静かに立ち上がると、まるで芝居のようにクルクル回りながら食堂の中央へ躍り出る。そして右手を突き上げて指を鳴らすと、シーナルの周りに光の粒が漂い始めた。
「あぁ~愛でずにはいられない~その豊満な姿ぁぁ~全てを包み育む大地のよう~できるならば~あぁ~私の全てを受け止めて欲しぃぃぃ~…」
シーナルの魔法だろうか、光の粒が身振りに合わせてクルクルと周囲を回り、最後には頭上でシーナルを強く照らした。ダンスや演出は素晴らしいのだが、残念ながら歌の才能は無かったようだ。
私が半笑いする隣で、ビビィは瞳を輝かせて拍手をしている。
「なんか凄いなぁ…まるで役者さんみたいだぁ…よく判んないけど、これがゲージツってやつだろうなぁ…」
シーナルの熱い想いは、残念ながら少しもビビィに届いていない様だった。
そんな事は露知らずシーナルは壁際の花瓶から一輪の花を抜き取ると、ビビィの前に跪いて花を捧げる。
「レディ・ビビィ…どうか私と、食事を共にしていただけませんか?」
「ぅわぁ…う、嬉しいだども……しかしお断りします!」
「え?」
それまでホワホワと優しそうだったビビィだったが、突然真剣な顔に変わり強い口調でシーナルの招待を断った。それはまるで別人のようで、私はその急変に驚いてしまう。
「あの、えと、ビビィ先輩?」
「コマイちゃ…いや、コマイさん!私はこの招待を受ける事が出来ません!」
「本当にどうしたんですか、ビビィ先輩!?」
ビビィは勇ましく席を立つと、その拳を握りしめて力説しだした。
「食とは努力です。日々節制し、想いを募らせ、そして美食へと至ります。つまり”苦労”という負と、”美味”という正との振り幅が最高の調味料となるのです!それを何の苦労もせずに招待されたからと口にすれば、折角の美食もその価値を半減させてしまいます!!」
そういえばビビィ先輩、食べ歩きでも手あたり次第に挑戦せず、
何度も往復して財布と相談しながら食べてたっけ…
それに一度食べた店は避けてたような気がする…
まさかここまでガチの美食家だとは思わなかったよ…
「私の決め台詞が効かないなんて……コマイさん!レディ・ビビィを説得してください!」
「あぁ~~………」
静かに闘志を燃やすビビィの背中を見ながら、私はどうしたものかと考えた。
「…そういえばビビィ先輩…メイドの宿舎ではよく、残った料理を食べてましたね?」
「えぇ…食べ物を残す事は食への冒涜ですから…たとえこの胃が裂けようとも、私はこの世から食品の損失を無くしたいのです!」
「そ、それは壮大な夢ですね……それだったら食事に来てくださいよ。食事って言っても6人…ビビィ先輩を入れて7人なんで会食みたいな雰囲気なんです」
「…ほう、それで?」
私の話に興味を持ったのか、瞳を光らせながらビビィが私を見た。
「昨日私も食べたんですが、食べられないぐらいの量が出てました…そうでしたよね、シーナルさん?」
「え、えぇ…キースは健啖ですが、ヒイロは普通、私とグララブは少食です。コースを頼むのですが料理店も気を遣って大目に作りますし、毎回かなりの料理が残ってしまいます!」
途中で意図に気付いたのか、シーナルは声を弾ませながら話を膨らませてきた。
「あのままだと料理が勿体ないなぁ…コースだし、途中で断るのも店に失礼だし!」
「そうそう!私も悪いと思いながら残してしまうのですよ!どなたか手伝っていただけると嬉しいのですが!」
「「どうでしょう!!」」
私とシーナルは打ち合わせしたかのように、全く同じタイミングでビビィを見る。
ビビィは私達の視線を受け止めると、噴き出していた闘志を消して席に戻った。そしてモジモジとしながらシーナルに小声で返答する。
「…そ、それだったら……私で良ければ…御呼ばれさせていただきますぅ……」
「ありがとう!レディ・ビビィ!」
「ひゃあぁッ!」
「おふぅッ!」
ビビィの快諾にシーナルが抱き着こうと飛び掛かるが、しかしビビィの張り手で簡単に吹き飛ばされてしまった。
私は目を回すシーナルを見ながら、とりあえずの作戦成功に安堵した。




