タングルバトル・尾形高志(2)
尾形は、相手に確実にダメージを与えていった。
ヒットアンドアウェイ……いや、ヒットアンドランと言った方が正確かもしれない。爆弾を一発ずつ発射しては走り、距離を空けて逃げ回る。こちらの爆弾は、発射すれば勝手に相手めがけて飛び、数秒後に爆発する。ダメージは低いが、それでも機体に傷はつく。
しかも、相手はヘビータイプであり動きは遅い。こちらを見つけても、即座に反応できないのだ。相手からすれば、腹が立って仕方ない戦い方だろう。
これも、ゲームの戦術のひとつなのだ。相手の嫌がることをチクチクと続けていき、相手を怒らせる。怒らせ冷静さを失わさせれば、相手は簡単な操作すら出来なくなるのだ。
ゲーマー時代の尾形は、相手を怒らせペースを乱すテクニックを多用していた。冷静さを失えば、必ず隙が生まれる。その隙をついて勝ってきたのだ。プロゲーマーならば、当たり前の戦法である。
特に尾形は、こういったテクニックに長けていた。おかげで、ゲーマー仲間からの評価は二分されていた。
だが、ここで計算外の事態が起こる。
尾形は、作戦通り相手の前に出た。その瞬間、異様な光景を目にする。向こうの上体が倒れているのだ。土下座のような姿勢である。
これはおかしい……と思った瞬間、背中から何かが発射された──
それを躱せたのは、勘の働きとしか言いようがない。尾形は、妙な気配を感じ爆弾を発射することなく戻ったのだ。
直後、背中から聞こえてきた爆発音。さらに爆風。尾形は、バランスを崩し倒れそうになるが、どうにか持ちこたえた。
相手は、ミサイルをぶっ放してきたのだ。尾形はすんでのところで躱したが、壁の破片が辺りに散らばっている。
これは、尾形の作戦が上手くいっていることの証明でもあった。
今のミサイルは、壁をぶち破るだけの威力がある。もし、近い間合いで撃たれていたら、躱しようがなかっただろう。
もちろん、近い間合いでミサイルのような武器を使えば、自身もダメージを受ける可能性がある。しかし、ヘビータイプは装甲が厚い。肉を切らせて骨を断つという戦法にうってつけなのだ。
しかし、その貴重なミサイルを外してしまったのだ。こちらの攻撃が当たらず、ヤケになったとしか思えない。
とはいえ、尾形が受けた心理的ダメージも小さくはない。これで、下手に前に出られなくなってしまった。相手が意図していたかは不明だが、全くの無駄撃ちにならなかったのも確かである。
「クソ、あんなの隠してやがったのか!」
罵りながらも、尾形は頭の中で計算した。あのミサイルは、撃ててもあと一発か二発のはず。ミサイルさえ打ち尽くせば、残るは斧のような武器・ヒートホークと、リボルバー型の銃器だけだろう。
次のミサイルを、いつ撃たせるか……勝負の鍵は、そこにある。一発のミサイルで、戦況は簡単にひっくり返せるのだ。
尾形の機体は、一度は遠く離れた。壁を挟んだ状況で、どうするか考える。ライトタイプほど動きが速ければ、爆弾を発射すると同時にすぐに離れられただろう。
だが、この機体はそこまで速くはない。爆弾を発射していたら、ミサイル攻撃と相打ちになる可能性が高い。さっきも、爆弾を発射していたら確実にミサイルの直撃を食らっていたはずだ。
さて、どう動くか……と思った時だった。相手は、全く予想外の手に出る。
突然、凄まじい音が聞こえてきた。銃器の発砲音だろうか? それも、立て続けに複数回聞こえた。
続いて、壁を叩く音……いや、これは体当たりだ。壁に、凄まじい勢いで体当たりをくらわしている。
尾形は愕然となった。いったい何を考えているのか。この壁をぶち破る気か? だが、それは無理だろう。ミサイルでもない限りは──
そう思った瞬間、壁が崩れた。向こうから、巨体のロボットが姿を現す。
と同時に、相手のリボルバーが火を吹いた。銃弾が尾形の機体を襲う──
確かに、ここの障壁は頑丈だ。ミサイルでもない限り、破壊することは出来ない。
しかし、向こうの機体には杭打ち機も装着されていたのだ。速さや燃費を犠牲にした代わりに、武装に全てのポイントを振った機体である。
もっとも、杭打ち機だけで壁を崩せるわけでは無い。ダングルバトルでの銃撃すら防ぐ頑丈な壁だ。杭打ち機で穴は空けられるが、崩すまでにはいかないはずだった。
しかし、相手は六つの穴を空けた。それも等間隔に、六角形になるよう穴を空けたのだ。これにより頑丈な壁にも亀裂が生じやすくなる。
さらに、ヘビータイプの重量を活かした体当たりを食らわしたのだ。繰り返し当たられては、さすがの障壁とてひとたまりもない。
結果、壁は崩れてしまった──
銃弾の直撃を浴び、尾形の機体は左腕が吹っ飛んだ。コックピット内では、警告音が鳴り響いている。
しかも、攻撃はそれだけでは終わらない。左手のリボルバー型銃を撃ちながら、こちらに迫る。振り上げたヒートホークで、トドメを刺す気だ──
「うわあぁぁ! 動け! 動けぇ!」
叫びながら、尾形は立ち上がろうとした。半ば無意識に、床の破片を拾い投げつける。
その破片は、相手に何のダメージも与えられなかった。分厚い装甲に当たり、跳ね返る。
尾形は、恐怖のあまりコックピット内で喚き散らした。ゲームとはまるで違うダングルバトルの恐怖を味わい、錯乱寸前にまで陥っていた。
格闘ゲームでは、いかにダメージを受けようが痛くも痒くもないし、死ぬこともない。精神的な動揺を抑え、正確な操作に徹すればいい。
ダングルバトルは違う。機体がダメージを受ければ、痛パイロットにも痛みとなって伝わって来るのだ。機体と、パイロットの脳そして神経とを繋いでいるためである。しかも、敗北した時に待っているのは確実な死だ。
今の尾形は、痛みと恐怖で気が狂いそうになっていた。それまでの戦術など綺麗さっぱり忘れ、しゃにむに襲いかかっていったのだ。
重装甲で重装備のヘビータイプに、ミドルタイプで真正面から戦いを挑む……これほど愚かな戦い方もないだろう。本来なら、ここで尾形は敗れていたはずだった。
しかし、ここで予想外の事態が襲う──
突然、相手の機体が動かなくなったのだ。ヒートホークを振り上げた体勢のまま、二メートルほどの距離を空け動きが停止している。
確かに、ヘビータイプは頑丈な機体だ。しかし、相手はあまりにも無理をさせすぎていた。尾形のチクチクとした攻撃を受け続け、腹立ち紛れにミサイルをぶっ放し多数の破片を浴びた。さらに、壁を体当たりで壊して穴を空け、強引に通っていったのだ。
小さなコンクリートの欠片でも、機体の隙間に入り込むこともある。複雑なメカニズムのマシン内部に異物が入り込めば、機能を狂わせられる。ただし、こんなことは万が一にもあり得ないことだった。奇跡といっていいだろう。
その奇跡が、ここで起きてしまった。相手のマシンは動かなくなってしまったのだ。
勝利を目前にしていながら、あまりにも運の悪い話ではある。
しかし、運ばかりとも言い切れない部分もある。相手が、もう少し慎重な戦い方をしていれば、破片が機体の隙間に入り込んだりはしなかっただろう。
さらに、ミサイルを温存したのも大きなミスだった。壁をぶち破ると同時にミサイルを撃っていれば、勝負はついていただろう。
尾形はといえば、このチャンスを逃すほどバカではない。相手が動かないと見るや、残された片腕でガンガン攻撃していく。白兵戦用のヒートナイフで、コックピットと思しき部分をひたすら刺していった。刺して刺して刺しまくる──
ヘビータイプの分厚い装甲を、尾形の機体のヒートナイフが貫き通した。
直後、尾形のコックピット内にファンファーレが鳴り響く──
「ただいま、ネチャーエフ・ダングルに搭乗していたパイロットの生命反応が消えたことを確認しました。あなたの勝利です。おめでとうございます」
ファンファーレと共に、女の声が聞こえてきた。モニターにも、同じ内容のメッセージが表示されている。
しかし、尾形はそんなものは見ていなかった。取り憑かれたような表情で、なおもマシンに攻撃を加えている……。
「オラァ! オラァ! さっさと死ねやぁ! チャンピオンの俺に勝てるとでも思ってんのかあぁ!」
そんなゼニガタ・ダングルの姿を見て、ネットでは冷ややかなコメントが飛び交っていた。
(尾形のヤツ狂っちまったんじゃねえか)
(間違いないね狂ったな)
(しょうもねえなあ)
(まあ狂っちまっても尾形の勝ちは変わらねえ 奴に賭けてたから儲かったぜ)
尾形は、確かに勝利した。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。リアルバトルの絶え間ない恐怖を味わい続け、そこからの勝利を確信した喜びを味わった瞬間……彼の神経は、その落差に耐えきれなかった。
ハッチを開けた時、尾形は泣きながら笑っていた。何を言われても、反応がない。コックピット内で様々な体液を垂れ流しながら、プツブツ呟いていた。
これでは、次のバトルには出場できない。尾形は、明日には処刑される。せっかくの勝利も、全く無意味なものとなってしまった。