ダングルバトル・尾形高志(1)
「レディース、アーンド、ジェントルメン! 今回の組み合わせは、ネオロシアVSネオジャパンだぜ!」
いつもと同じく、ピンク色のワイシャツを着たリングアナウンサーの声が響き渡る。
「まずは、ネオジャパンのファイターからだ! パイロットは、タカシ・オガタ! 元プロゲーマーであり、格ゲーチャンピオンでありながら、親子ふたりを焼き殺したとんでもねえ野郎だ! そんなオガタが乗るのは、ゼニガタ・ダングルだ!」
コールの直後、尾形の機体を指さす。
ミドルタイプの人型で、両手に短めのヒートナイフを握っている。おそらく、時代劇に登場する十手をモチーフにしたものだろう。足裏には車輪が内蔵されており、ローラーダッシュが可能だ。二本の足で走るより、ずっと速く移動できる。
他の武器はというと、小型の爆弾が内蔵されていた。これは特殊なもので、発射されれば自動的に相手にくっつく。それから数秒後に爆発するのだ。即効性はない上に威力も低いが、外れる心配はない。これは、RPGに登場するスキル「ナゲゼニ」をイメージしたものだろうか。
特殊爆弾は全部で二十発ほどある。この武器の使い方が、勝敗の鍵を握るのは間違いない。
「続いて、ネオロシアのファイターを紹介するぜ! こっちは、幼児四人をレイプした後に殺したクソ野郎、ドドメコフ・ニコンスキーだ! そんなニコンスキーが乗るのは、ネチャーエフ・ダングルだ!」
続いて、リングアナは相手の機体を指さした。
こちらは、ヘビータイプの機体だ。両足はなく、キャタピラで移動する構造になっている。全体的に丸い形であり、両腕は長い。背中には、巨大なタンクを背負っている。
右手には斧型の武器・ヒートホークを持っており、左手にはリボルバー型の銃器だ。見える武装はそれだけだが、隠し武器があるのは間違いないだろう。
「それでは、ダングルバトル! レディ、ゴー!」
声の直後、地面から壁がせり上がってくる。同時に、ゴングが鳴らされた。
生き残りを賭けたバトルが始まったのだ。
「クソ! ざけんじゃねえ!」
コックピット内で、尾形は吠えた。
今まで体験したことのない恐怖と絶望に押し潰されそうになりながら、彼はどうにかマシンを動かす。
まずは、全速力で相手から離れた。探索機能の警告音が消えるまでマシンを走らせ、どうにか己を落ち着かせるため深呼吸をする。
直後、またしても吠える──
「俺は死なねえぞ! チャンピオンなんだからよ!」
そう、自分はチャンピオンなのだ。格ゲーもダングルバトルも同じはず。要は、相手の得意な戦法に入らせず、こちらの得意な戦法で戦えばいい。何も焦る必要はない。勝負に集中すればいいのだ。
そして十連勝し、自由になる──
途端に、警告音が鳴り始めた。相手が近づいて来ているのだ。尾形は、思わず顔をしかめる。
次の瞬間、走り出した──
地面をローラーダッシュで駆け、まずは間合いを離していく。いきなり戦闘に突入するなどら愚か者のすることだ。
逃げながら、尾形は必死で考えていた。相手はヘビータイプだ。装甲は分厚く、一発や二発当たったところで致命傷にはなり得なない。正面から殴り合ったら、負けるのはこちらである。
では、白兵戦で勝負するか? いや、それもまた難しい。となれば、ヒットアンドアウェイだ。まずは、相手のペースを乱す……それしかない。
プロになるため、ひたすらゲームの腕を磨いてきた。こういう戦いは、ゲームで何千回も経験している。今回も、その経験に従った戦い方をすればいいだけだ。
尾形は、自身の思考を全て戦闘に集中させようとしていた。両手両足がなくなったことのショックから、意識を逸らそうとしていたのだ。
尾形の機体は、いったん立ち止まる。相手は追って来ているが、スピードは遅い。確実に近づいて来ているが、引き離そうと思えば簡単だ。
キャタピラというものは、いかにも鈍重なイメージだが……実のところ、見た目よりも速いスピードを出せる。ヘビータイプのキャタピラなら、時速百キロ以上はいくはずだ。
しかし、機体の重さはどうしようもない。また、相手の操縦テクニックにも左右される。パイロットがキャタピラ車の操縦に長けていれば話は別だが、そうでなければ操縦には手間取るだろう。
この両者、スピードだけなら尾形の機体が上だ。しかし、防御面では向こうの方が上である。
しかも、尾形の機体は武器にクセがある。一方、相手の機体は何を持っているかわからない。
となると、どう戦う?
作戦を考えていた尾形だったが、あることに気づいた。今、走ってきたルートをモニターで確認する。
このマシンには、オートマッピング機能も搭載されているのだ。自分の通ってきた道を自動的に記録し、地図を作成する。その地図を基に、尾形は作戦を組み立てていく。相手が、動きの遅いヘビータイプだからこそ可能なやり方だ。速い機体なら、作戦を考える前に戦闘に突入してしまう。
そして今、尾形は完璧な戦術を思いついた。
これなら勝てるぞ!
敵のマシンは、ノロノロと動きながら進んでいく。相手もまた、近くに尾形が潜んでいることはわかっているのだ。だからこそ、慎重に接近せざるを得ない。
彼のいる通路はT字路になっており、まっすぐ進むと行き止まりだ。左右どちらかに方向転換しなくてはならなかった。
相手の機体ネチャーエフ・ダングルは、T字路の真ん中で停止した。どちらの道も、しばらく行くと同じ方角に曲がっている。右の道を進めば、二十メートルほど先で左折する。左の道を進めば、これまた二十メートルほど先で右折することになるのだ。
左右どちらに行くにせよ、ここで機体の向きを変えなくてはならない。ネチャーエフ・ダングルは、向きを変えようとした。
その時だった。突然、右側の通路に尾形の機体が現れる──
尾形の機体は、姿を見せると同時に特殊爆弾を発射した。
爆弾は、ネチャーエフ・ダングルめがけ飛んでいく。自動追尾装置により、いちいち狙う必要もない。
一秒もしない間に、敵の機体へと取り付いた。相手は、何が起きたかわからぬまま、反射的に銃を乱射する。
だが、そこには影も形もない。尾形が相手の前に出たのは、ほんの一瞬であった。すぐさま、元いた場所へと逃げ帰る。
尾形は、壁の向こうへと辿り着いた。同時に、爆弾が爆発する。僅かとはいえ、相手の機体にダメージを与えたのだ。
しかし、これだけで攻撃を終わらせる気はない。尾形は、さっと走り出す。ローラーダッシュで、今度は反対側を移動する。
予想通り、相手は背中を向けていた。尾形の後を追おうとしていたのだ。
しかし、尾形の機体は反対側の通路から現れたのである。相手は完全に意表を突かれ、すぐさま方向転換しようとした。だが、相手の機体はキャタピラで移動するタイプだ。すぐには向きを変えられない。
尾形からすれば、いい的である。またしても爆弾を発射させた。
爆弾は飛んでいき、相手の背中にくっつく。その時、ようやく敵は向きを変えた。
だが、その時には尾形は消えていた。すぐさま移動し、反対側へと向かう──
両者は、壁一枚を隔てている状態だ。通路を含めると、長方形のような形になっている。
今、尾形は長方形の上の辺にいる形だ。一方、相手は下辺の真ん中にいる。尾形は、まず右辺を通り下辺に行き、特殊爆弾を発射した。
爆弾は、自動的に敵へと向かって飛んでいく。と同時に、尾形はすかさず上辺へと戻っていく。
相手は、バカ正直に尾形を追い右辺へと向かう。しかし、尾形はローラーダッシュを駆使して左辺へと移動していた。そこから、背後に回り攻撃する。
この繰り返しで、相手の分厚い装甲を少しずつ削っていくのだ。上手くいけば、この繰り返しで勝てるかもしれない。