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尾形高志のこと

「先生、俺の死刑執行はいつになるのですか?」


 尾形(オガタ)高志(タカシ)は、席に着くと同時に聞いてきた。


「さあ、それは私にはわかりません」


 そう答えるしかなかった。実際の話、本当に知らないのだから、わかりませんとしか言いようがない。


「本当ですか? 本当に知らないのですか?」


「もちろんです。私に、そんな権限はありませんから」


 答えた私を、尾形はじっと見つめる。本当に知らないのか、どうにかして見極めようとしているのか。

 ややあって、尾形は再び口を開く。 


「先生……俺は、ダングルバトルに選ばれないですかね?」


「どうでしょうかね。それもまた、私が決めることではありません」


「ダングルバトルは、今の俺にとって唯一の希望ですよ。いや、全死刑囚の希望です。まさに、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸ですよ」


 尾形は、熱い表情で語った。

 全死刑囚というのは言い過ぎだろうが、少なくとも大半の死刑囚の希望であるのは間違いないだろう。


「卒直に言いますが、あまり期待しない方がいいと思います」


「でも、可能性はゼロではないですよね?」


「まあ、可能性はあります」


 実のところ、尾形は既にパイロットに選ばれていた。

 このまま何事も無ければ、彼が次回のダングルバトルに出場することに決まっている。しかし、今この男にそれを告げることは出来ない。上から、堅く禁止されているのだ。

 そんな私の気持ちも知らず、尾形はなおも語りかけてきた。


「先生、昔ダングルバトルで十連勝した死刑囚がいましたよね。確か、佐々木亮平とかいう名前の男です」


「ええ、いました。詳しいですね」


 そう、確かに佐々木という男がいた。

 ダングルバトルのルール……バトルで十連勝すれば、死刑囚には恩赦が与えられ自由の身になれる。かつて日本で、それを達成したのが佐々木亮平だ。

 彼が十連勝を達成した日、ネットでは存否のコメントが飛び交ったという。さらに国会前では「佐々木亮平の恩赦を許すな!」というデモが行われたとも聞いた。

 しかし、国はそんな諸々の意見を無視し、佐々木に恩赦を与えた。その後、佐々木がどうなったかは……ほとんどの者は知らない。知っているのは、ごく一部の人間だけだ。

 佐々木もまた、大半の死刑囚にとって希望の星なのかもしれない。もっとも本人は、そんなものクソくらえと思っているはずだ。


「先生は、佐々木と会ったことがあるのですか?」


「いいえ、ありません。私がこの仕事を始めた時、彼は十連勝を達成して、ここを去っていましたから」


 そう、私がこの仕事を始めた時……彼は既に死刑囚ではなくなっていた。それは間違いない。

 もし、今の私が死刑囚だった頃の佐々木と会っていたら、どんな会話をしていたのだろうか。正直、興味はある。


「自由の身かあ……いやあ、羨ましいですね」


 うっとりした目で語る尾形だったが、私はあえて話題を変えることにした。


「あなたは、御自身の犯した罪についてどうお考えですか?」


「はい?」


 怪訝な表情で聞き返す尾形に、私は少しばかり突っ込んだ質問をすることにした。


「あなたのしたことのため、罪のない人間がふたり亡くなりました。そのことを、あなたはどう思っていますか?」


「申し訳ない、とは思っています」


 尾形は、そう答えた。

 彼はプロのゲーマーであり、とある格闘ゲームの世界チャンピオンでもある……らしい。海外の有名プレイヤーほどではないが、ゲーム業界では名前を知られた存在だ。もっとも、私はそちらの世界の情報には(うと)い。尾形など、ここに来るまで知らなかった。


 ・・・


 一見すると好青年風の尾形だが、やったことは極悪非道である。

 当時、尾形は十六歳の高校生と付き合っていた。既に肉体関係も持っており、彼女の自宅に出入りする仲でもあった。もっとも、少女の両親は尾形の存在を知らなかった。

 さらに言うと、尾形は他の女性とも関係を持っていた。


 ある日、尾形は少女の自宅を訪れる。両親は旅行に行っており、翌日まで帰って来ないことになっていたのだ。その日の尾形は、少女の自宅をホテル代わりに使うつもりであったらしい。

 しかし、そこでとんでもない話を聞かされる。少女が妊娠したと言ってきたのだ。もちろん、尾形の子供である。

 もっとも、尾形に父親になる気などない。彼は堕ろさせようとしたが、少女は産むと言い出した。ふたりは言い合い、苛立った尾形は少女を突き飛ばした。少女は頭を打ち、動かなくなる。

 初めのうち、少女が心配して欲しくて演技をしているのだろうと思った。だが、演技にしては長すぎる。揺さぶってみたが、動かないままだ。調べてみると、息をしていないし鼓動の音も聞こえない。ここで尾形は、ようやく自分が人を殺してしまったことに気づいた。

 

 この時点で自首していれば、傷害致死罪を適用され有期刑になっていただろう。しかし、尾形は自首しなかった。それどころか、さらなる愚かな行動に出た。

 こともあろうに、尾形は自身の犯行を隠蔽しようと考えた。以前に見た探偵もののアニメのトリックをそのまま拝借し、蝋燭を使い時間差で家に火がつくような細工を施したのだ。

 しかも、家には灯油を撒いた。これで、確実に全焼するだろう。少女の死体もまた、綺麗さっぱり燃やしてくれる。

 家で留守番をしていた女子高生の過失による火災。焼け跡からは、哀れなる少女の焼死体が発見……これで、事件は終わると尾形は思っていた。

 事態は、彼の計算通りに進んでいく。尾形は、何食わぬ顔で少女の家を出て行った。それから三時間後に発火し、撒かれてあった灯油の燃焼効果もプラスされ勢いよく燃え上がる。


 ここまでは、尾形の計算通りであった。しかし、この先は想定外の事態となる。家が燃えていた時、両親が帰宅してしまったのだ。本当なら、翌日まで帰らないはずだった。

 しかし、予定が変わり両親は帰って来てしまった。しかも、我が家が燃えている現場に出くわしてしまったのである。

 ここで父親は、とんでもない行動に出た。止める母親を振り切り、燃えさかる家の中に飛び込んでいったのである。

 父親が何のために、火事の中に飛び込んで行ったのか……今となっては不明だ。ひょっとしたら、何か大切なものがあったのか。あるいは、親の勘から娘の遺体があることがわかったのか

 はっきりしていることはひとつ。父親は、家の中で娘の遺体と共に焼死してしまった。


 警察は、現場を詳しく調べた。この燃え方は、どう見てもおかしかったからだ。単なる火の不始末ではない。

 まず検死をしてみた結果、娘は火災の前に脳挫傷を起こし亡くなっていたことが判明する。

 さらに周囲の防犯カメラをチェックした結果、浮かび上がったのが尾形だ。警察は、彼を取り調べる。

 尾形はしらを切るが、警察の厳しい取り調べには耐えられなかった。やがて、犯行を自供する。

 その後、裁判となり……放火殺人で死刑が言い渡される。殺人を隠蔽しようとしたことと、裁判でも終始言い訳ばかりしていたことが、彼の印象を悪くしたのだ。

 諦められない尾形は最高裁まで争ったが、死刑判決は覆らなかった。


 ・・・


「でもね、あれは俺だけが悪いのですか?」


 尾形は、そんなことを言ってきたのだ。


「はい? 何を言っているのですか?」


「だって、俺は瑠美(ルミ)に堕ろしてくれって頼んだんですよ。土下座までしました。なのに、あいつは産むと言い張ったんです」


 瑠美とは、死んだ少女の名前だ。私はしばらく黙り、彼の話に耳を傾けることにした。


「あいつは、まだ十六歳ですよ。十代の時間は、一度きりの大事なものです。その貴重な時間を、子育てで費やして欲しくない……だから、俺は堕ろすように言ったんです。でも、あいつはそれを聞いてくれなかった」


 尾形は、同じことを裁判でも言っていたらしい。自分は彼女のためを思い、堕ろすように言ったのだ。しかし、彼女は聞かなかった……果たして、それが真実かどうかはわからない。

 私にわかっているのは、最終的に尾形が暴力を振るい、そのために十六歳の少女が死んだという事実だけだ。


「しかも、掴みかかってきたのは瑠美の方からなんですよ。だから、振り払ったんです。そしたら、あいつは勝手に倒れて頭を打った……これで、死刑ですよ」


 これまた、裁判で主張していたことだ。百歩譲って、ここまでの話は全て真実なのかもしれない。だとしたら、同情の余地もないこともない。

 しかし、その後にやったことが尾形の全てをぶち壊した。


「だとしたら、すぐに救急車を呼ぶべきだったのではないですか?」


 黙って話を聞いていよう、と思っていた。だが、無理だった。気がつくと、言葉が出ていた。


「いや、それは……あの時は、気が動転してしまったんてすよ!」


「気が動転していた割には、随分と手の込んだ工作をしましたね」


 皮肉めいた口調で言ったところ、尾形は下を向き黙り込んでしまった。機嫌を損ねてしまったのか。これでは、次から会ってもらえないかも知れない。

 と思った時、尾形は顔を上げる。


「まあ、どう思われても仕方ありません。死刑が確定した以上、残された希望はダングルバトルの出場だけです。今の俺は、そこに賭けるしかありません」


 図太いというか、ポジティブというか……逆に、こういう性格でないとプロゲーマーになどなれないのかも知れない。

 私は呆れていたが、同時に欠片ほどの敬意を抱いてもいた。ここまでポジティブな死刑囚を見たのは初めてだ。 


「はっきり言いますが、ダングルバトルにおいて日本人は非常に不利です。十連勝した者は、今のところひとりしかいません。九十九パーセントの日本人は、一勝もすることなく敗れています」


 これは事実である。念のため、これまでのデータを調べてみた。

 ダングルバトルのファンなら、みな知っていることらしいが……バトルにおいて、日本人の勝利そのものが珍しい。圧倒的に強いのは、アフガンやロシアといった治安の悪い国で生まれ育ってきた者たちだ。やはり、生きるか死ぬかの修羅場を潜った経験だろうか。

 しかし、尾形は不敵な表情で言葉を返してくる。


「俺は、他の連中とは違いますよ。プロゲーマーであり、ゲームのチャンピオンてすからね」


「ダングルバトルは、あなたのしてきたゲームとはまるで違いますよ。たとえば、あなただって実際の格闘技チャンピオンと試合をして勝てるとは思わないですよね? それと同じです」


 私が言った時、終了を告げるブザーが鳴る。同時に、控えていた職員が立ち上がる。


「時間です」


 そう言うと、尾形を立ち上がらせて手錠をかけ、腰縄を巻き付ける。

 私も立ち上がり、彼に背を向け歩き出した。が、尾形の声が聞こえてきた。


「先生! 俺をダングルバトルに推薦しといてください! 必ず勝ってみせるからって!」


 私は、その言葉に答えることなく部屋を出て行った。 



 

 それからから、二週間が経ったある日。

 私の前に、再び尾形高志が現れた。ふたりの職員に引っ立てられて、こちらへと引きずられるようにして歩いて来たのだ。

 あまりにも惨めな姿であった。駄々をこねる子供が、両親に無理やり連れて行かれるような格好である。

 そんな尾形に向かい、彼の待ちに待っていた言葉を切り出した。


「あなたは、ダングルバトルへの出場が決まりました」


「へっ?」


「もう一度いいます。今回、あなたはダングルバトルへの出場が決まりました。勝てば、あなたはしばらく生き延びることが出来ます」


 尾形は、私の言葉を呆けたような表情で聞いていた。

 次の表情、顔つきが一変する。


「よっしゃー! 上等だよ! やってやろうじゃねえか! 格ゲーチャンピオンの力を見せてやんよ!」


 ドスドスと床を踏み鳴らし、続いて天井に向かい喚く。


「うおぉぉりゃー!」


 直後、今度は私に向かい吠える。


「十連勝すりゃ、晴れて自由の身になれるんですよね! ね! そうっスよね!?」


「そう決められています。では、頑張ってください。勝利することが出来たら、また会いましょう」






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