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前島陽美のこと

「こんにちは」


 私が挨拶すると、彼女は微笑みながら会釈した。


「こんにちは。先生、お名前はなんと仰るのですか?」


 言いながら、首を傾げたのは前島陽美(マエジマ ハルミ)という名の女だ。上目遣いで、じっと私の目を見つめる。

 独房の中に長くいると、大抵の者は身だしなみに気を遣わなくなる。だが、この女は別だった。自分に出来る範囲で、見た目を整えている。


「私の名前ですか? 住末詩音(スミスエ シオン)です」


 途端に、前島の表情が変わった。口を尖らせ、私を睨みつける。いや、睨むというよりは拗ねると言った方が正確か。


「ちょっとぉ、それヒドくないですか? そんなキラキラネームでごまかすなんて……名前も教えてくれないんですかぁ?」


「いいえ、本名です」


 そう、私の名前は住末詩音だ。キラキラネーム、と言われても仕方ない、とは自分でも思う。


「ほ、本当ですかぁ!? す、すみません!」


「いえいえ、いいんですよ。私の地味な顔には、似合っていないですよね」


「そんなことないですよ!」


 彼女は、ブルブルと首を横に振って否定した。直後、恐る恐るという様子で聞いてくる。


「あ、あのう、詩音さんて呼んでもいいですか?」


「別に構いませんよ」


「ねえ、詩音さんて独身? 彼女いる?」


 不意に砕けた口調になった。声色も変わっている。後ろにいる女性職員は、呆れた様子で前島を見た。

 私は、にこやかな表情を作り答える。


「いえ、いません」


「ええっ!? モテそうなのに、信じられない! それ、嘘でしょ?」


 目を丸くし、驚きの表情を浮かべ聞いてきた。私は、苦笑しつつ答える。


「いえいえ、私はモテたことなどありません」


「それ、気づいてないだけだから。詩音さん、絶対にモテるよ」


 そんなことを言いながら、前島はウンウンと頷いた。その仕草のひとつひとつが、何とも言えない可愛らしさを醸し出している。数々の男を手玉に取ってきたのも、わかる気がした。

 実際、彼女は魅力的だった。現在二十九歳だが、十代といっても通るだろう。顔立ちは整っており、肌にも艶があった。大きく形の良い瞳は、こちらを真っ直ぐ見つめている。


「どうでしょうね。私の周りに、そんな気配はなかった気がします」


「いやいや、気づいてないだけ。詩音さん、本当に鈍感そうだからな。本当にもったいない」


 言いながら、前島はかぶりを振る。このままだと、私の役目を果たせない。話題を変えることにした。


「私のことより、あなたのことを聞かせてください。調子ほどうですか?」


「どうしよっかな……あたしのこと、知りたい?」


「はい、知りたいです」


「何が知りたい?」


 からかうような口調だ。同時に、顔を近づけてきた。後ろにいる職員の表情が、さらに険しくなる。この前島、同性には確実に好かれないタイプであろう。

 もっとも、異性には好かれていた。いや、好かれていたなどという言葉では到底語り尽くせないであろう。


 前島陽美は、わかっているだけでも三人の人間を殺害している。うちひとりは首を吊った状態で発見された。さらに、ふたりは睡眠薬の過剰摂取である。

 三人とも、前島と付き合っていた。結婚の約束までしていた者もいたらしい。それだけでも、彼女に対する疑念を抱かせるには充分であろう。

 しかも、前島は三人に生命保険金をかけ、その受取人となっていた。これでは、疑うなという方が無理がある。彼女は三件の保健金殺人事件の容疑者として逮捕されたが、いずれの件にも無罪を主張していた。

 裁判は長引いたものの、結局は有罪の判決が降る。三件とも自殺を偽装した殺人事件であり、犯人は前島陽美というのが司法の降した判断だ。

 三件の保険金殺人ともなれば、当然ながら死刑である。納得のいかない彼女は控訴したが、高裁にて却下された。それでも前島は諦めない。あくまで無罪を主張し上告する。だが、最高裁でも訴えは却下された。

 今は死刑囚として、刑の執行を待つ身である。同時に、次回ダングルバトルのパイロット候補にもなっている。もっとも、その事実を本人は知らない。

 このままいけば、前島はパイロットとなってダングルに出場することとなる。その場合、どのようにして戦うのたろう。ダングルバトルでは、女の武器はいっさい使えないのだ。


「あなたは、ここでどのように過ごされていますか?」


「それがさ、やることが多くて困っちゃうんだよね。何せ、毎日ファンレターが多くて……一応さ、全部に目を通してるんだけど、そしたら日が暮れちゃう。便箋の手紙なんか、ここに来て初めて見たよ」


 そう言って、前島はクスリと笑った。

 ファンレターなどと言っているが、実のところは取材の申し込みがほとんどだろう。こんな時代になっても、拘置所では手紙によるやり取りが主流なのである。

 そして、前島のようなタイプの犯罪者はマスコミが放っておかない。


「そうですね。私も、手紙を受け取る機会はめっきり減りました」


「中にはさ、取材させて欲しいなんて奴までいるんだよ。あなたの犯した罪について、正直なところを聞かせてください……みたいなことが書いてあった。でもね、やってもいないことをどうやって喋ればいいんだろうね」


 そう言うと、前島は下を向いた。悲しげな表情で、机の上をじっと見つめた。

 少しの間を置き、顔を上げ口を開く。


「あたしは、やってないんだよ。というより、やった記憶がないんだよね」


「そうですか」


「あたしって、もしかしたら多重人格者なのかもしれない。あたしの別の人格が、人殺しをしたんじゃないかって思うんだよね」


 彼女の表情は、真剣そのものだった。縋るような目で私を見つめ、語り続ける。


「あたし、自分が悪いことをしたのなら、罰は受けるよ。でも、自分がしたかどうかもわからないことのために裁かれるなんて嫌だ。詩音さんは、どう思う? あたしが、そんな悪い女に見える?」


「わからないです」


 答えた時、ブザーが鳴る。同時に、控えていた職員が立ち上がった。


「時間です」


 そう言うと、前島を立ち上がらせた。手錠をかけ、腰縄を巻いて連れていった。




 前島と再び会ったのは、それから一月後であった。

 会うなり、彼女は冷めた表情で口を開く。


「あたしね、移送されることになったの」


 そう、前島は明日には移送されることとなった。もちろん、無罪となったわけではなく再逮捕されたのだ。どうやら、他の不審死についても証拠が固まったらしい。

 死刑が確定した人間を再逮捕する、これは稀なケースだ。この女の場合は、一件や二件では済まないだろう。

 雑誌やネット記事によれば、前島の周辺での不審死は相当数あるという。保険金の絡んだ不審死以外にも、彼女に金を貸していた人間が何人も姿を消しているのだ。額も、数十万から数千万までまちまちである。

 警察は、それらが前島の犯行であると判断したらしい。もっとも、彼女は無罪を主張するだろう。取調は長引きそうだ。


 その裁判が終わるまでは、刑の執行は行われない。判決が降るまで、何年もかかることだろう。その間、彼女は生き続ける。

 そう、殺した人数が多ければ、その分だけ裁判も長引く。長引けば、死刑になるまでの時間も稼げる。皮肉なことに、人を大勢殺した死刑囚の方が長生きできるということだ。

 この前島陽美、日本の犯罪史上でも稀に見る悪女として名を残すのは間違いない。


「そのようですね」


 私が答えると、前島は挑むような表情になった。


「あんたさ、あたしがやったって思ってるんでしょ? 正直に言ってよ」


 突然、前島はそんなことを言ってきたのだ。声色も、今までとはガラリと変わっている。これまでの媚びるようなものから、鋭いものになっていた。


「それは、私の判断することではありません。司法が判断することです」


「いや、シホウとかどうでもいいから。あんたの正直な気持ちを聞かせてよ。あたしがやったと思ってるのかいないのか、どっちなの?」


 なおも聞いてくる前島に、私は正直な気持ちを述べた。


「あなたがやった、と思っています」


 途端に、前島は下を向いた。その口から、押し殺したような声が漏れる。


「ざけんじゃねえよ」


「はい?」


「ざけんじゃねえ、って言ったんだよ! このキモ男が!」


 前島は、親の仇でも見るかのごとき顔つきで怒鳴った。ようやく、この女が本性を表したのか。


「調子くれてんじゃねえ! あたしは何もやってねえんだよ! 誰も殺してない!」


 さらに吠え、立ち上がった。が、後ろに控えていた職員に取り押さえられる。


「前島! おとなしくしろ!」


 職員は怒鳴ったが、前島はそれでも止まらなかった。


「ざけんじゃねえよ! あたしは誰も殺してねえ! あいつらが勝手にあたしに寄ってきて、あたしとヤリたがって、勝手に死んでったんだよ! あたしは無実だ! お前だって、あたしとヤリたかったんだろうが!」


 口から唾を飛ばしながら、なおも喚き続けた。まるで、憎むべき仇のような目で私を見ている。職員がいなかったら、私に飛びかかっていただろう。

 その時、扉が開く。室内に入ってきたのは女性の職員たちだ。皆、屈強な体格の持ち主である。彼女たちは数人がかりで前島を取り押さえ、強引に引きずっていった。

 それでも、前島は叫び続けている。


「あたしはやってねえ! 無実だ! ざけんなよ! 殺されてたまるか! お前らみんなグルなんだろ! あたしが羨ましいんだろ! どいつもこいつも、ブッサイクな面しやがって!」


 凄まじい形相だった。その声は、廊下に出た後も聞こえていた。それは、前島がエレベーターに乗せられるまで続いた。




 あれが、前島の本性なのだろうか。いや、それもまた違うのかもしれない。

 前島は、本気で自分の無実を信じているような気がした。ひとりも殺していない、と信じているのではないか。

 全ての犯罪者は嘘つきである。程度の差はあるが、みな嘘をつく。息を吐くように、嘘を吐き出す者もいたくらいだ。

 そうやって嘘を吐いていると、嘘に嘘を塗り固めていくこととなる。結果、自分の嘘を真実だと思いこんでしまうケースもあるらしい。これも、一種の病気なのかもしれない。

 そこまではいかないにせよ、女性の中には自身の記憶を都合よく改ざん出来るタイプの人間が少なからず存在する……という話を聞いたことがある。自分の嘘を信じるタイプとは若干異なるが、これもまた病気なのだろう。

 あるいは、本当に多重人格者なのかもしれない。もっとも精神鑑定をした医師は、彼女に責任能力ほあると診断した。その診断が正しいかどうか、私にはわからない。


 いずれにせよ……再逮捕により、前島はしばらくの間、警察署にて取り調べを受ける。その後は裁判だ。前島は、そこでも無罪を主張するのは間違いない。最高裁まで争うことになるのだろう。

 結果がどうなるにせよ、前島は当分の間ダングルバトルには出場できなくなった。もう一度、死刑が確定した時……そこでまたパイロットに選ばれるかどうかは、私にはわからない。


 

 













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