ダングルバトル・山木康介(2)
現在、山木の機体は長い通路にいた。十メートルほど先に行くとT字路になっており、行き止まりである。
振り返ると、五メートルほど先は十字路になっている。山木は、とりあえず左右への通路を無視して直進してきたのだ。
今、山木が直進してきた通路は、ざっと五十メートルほどだ。そして、敵が迫って来ていることをアラームが知らせてくれている。しかし、山木のモニターに映ってない。
となると、おそらく十字路のどちらかから来るはずだ。ならば、そこを狙い撃つだけだ。
予想通りだった。相手の機体は、十字路の左側通路から姿を現した。待ってましたとばかり、山木は発砲する。
しかし、相手はお構いなしだ。被弾したにも構わず、一瞬のうちに目の前を通り過ぎていく。何もせず、右側通路へと走っていったのだ。
相手が通り過ぎた瞬間、床の上を何かが転がっていった。被弾したことにより、どこかの部品が落ちたのか。
そこで、山木は致命的なミスを犯してしまった。相手が何もせず、ただ目の前を通り過ぎていくはずがない。
にもかかわらず、山木は床に何が落ちたのか確かめるため立ち止まってしまったのだ。
その瞬間、強烈な光と音が襲う──
相手は、スタングレネードを落としていったのだ。使用すると、閃光と凄まじい大音量により目眩やショック状態を起こさせる武器である。
無論、機体へのダメージはない。しかし、パイロットへのダメージは強烈だ。山木は、強い光により目が見えなくなっていた。さらに、大きすぎる音により耳も聞こえなくなってしまったのだ。
突然、視覚と聴覚が使い物にならなくなってしまった。
にもかかわらず、山木はすぐさま現状を理解する。先ほどの光と音により、目と耳が使えなくなったらしい。だが、とりあえず機体の手足は動かせる。
ローラーダッシュは出来るだろうか。山木は、床をダッシュしてみた。モニターが見えていないが、体に伝わってくる感覚からしてダッシュできている。
ただ問題なのは、この状態がいつまで続くかだ……と思った瞬間、凄まじい衝撃が機体を襲う。相手が、攻撃を仕掛けてきたのだ──
並の人間が、視覚と聴覚を失った状態でこのような攻撃を受けたなら、パニック状態に陥っていただろう。かつての小林義弘のように、なりふり構わず逃げ惑っていたかもしれない。
だが、山木は冷静だった。すかさず、こちらも撃ち返す。と同時に、微かな感覚と記憶を頼りにして相手から遠ざかっていく。手足を切断し、神経系統を直接マシンに接続しているダングルでなければ出来ない芸当だ。
これはまいったぞ。
一時的なものにしろ、視覚と聴覚を奪われたのはキツい。
心の中で呟きながら、山木は機体を後退させていく。と、背中が壁にぶつかった。
瞬時に思い出す。おそらく、今いるのはT字路の突き当りだ。先に何が待っているかわからないが、とにかく右手の方向に動いてみた。
しかし、またしても機体に攻撃を受ける。目も耳も使えないが、マシンと繋がった全身の神経が教えてくれる。
視界の利かない状態では、動く速さにも限界がある。しかも、こちらには向こうの機体が見えていない。そのため、どこに攻撃すればいいかもわからない。
一方、相手にはこちらの機体が見えている。正確無比な攻撃を仕掛けているのが、はっきりとわかる。マシンが強烈なダメージを受けているという事実を、山木の脳に伝えているのだ。
もはや、どう足掻いても逆転の目はない。目が見えず耳も聞こえない上、敵の集中砲火を受けている──
おいおい……。
これで、終わりなのか?
俺の人生、ここでジ・エンドなのかい?
クソつまらない人生だったな。
そう思った時だった。山木の中で、不思議なことが起きる。
突然、頭の中で何かが弾けたのだ。その弾けたものから、白い光が広がっていく。光は、山木の全てを覆っていく……そんな、奇妙な感覚に襲われた。
同時に、胸の中から力がみなぎっていった。先ほどまでの絶望感は、すっかり消え失せている。
さらに山木は、ある事実に気づく。
見えるぞ。
奴の動きが、完璧に追える!
今の山木は、異様な感覚に支配されていた。目が見えていないのに、銃を撃ちながら襲い来る敵マシンの動きが、手に取るようにわかるのだ。しかも、スローモーション映像のように遅い。
そう、今の山木は目も見えないし耳も聞こえていない。しかし、脳内には全ての映像がはっきりと映し出されていた。その上、敵の動きはとてつもなく遅い。発射される弾丸の軌道すら、目で……いや、脳内で映像化されているのだ。
山木の機体は、瞬時に体勢を立て直した。相手の機体めがけ、全ての銃火器を撃ち続ける。同時に、ローラーダッシュで後退し間合いを離していった。
今の山木には、周囲の様子が手に取るようにわかる。先ほどは、T字路で敵と交戦した。山木は撃ち返しつつ、T字路を左に進み曲がり角を曲がった。
相手はというと、突然の変化に戸惑っているらしい。混乱し、その場に立ち止まっている。その隙に、山木の機体は間合いを離し敵の視界から消えた。
今の山木は、スポーツでいう「ゾーンに突入した」と似た状態にあった。
死を強く意識した山木の脳は、秘められていた超感覚の力を解放したのだ。結果、これまで見聞きしてきた映像や神経系統が受けている感覚を基に、脳が映像を作り出している。
その映像は、目で見るものとはまるで違う。たとえるなら、神の視点だろうか。
自分の乗る機体。周囲の風景。さらには敵の機体まで……全てが、上空から見えていたのだ。たとえるなら、2Dゲーム画面を上から観ているような感覚である。
今も山木は、ローラーダッシュを駆使して間合いを離していく。
相手はというと、山木の後をついて来た。何の警戒もしていないらしい。
今の動きはまぐれだ。スタングレネードにより視覚と聴覚を奪われた状態は、まだ続いているはず。先ほどは、文字通り盲滅法の動きで窮地を脱しただけ。しかし、まぐれは何度も続かない。
直ちに攻撃し、一気に勝負を決めてやる……そう考えているのだろう。
ならば、待ち伏せるまでだ。銃を構え、静かに待つ。
読み通り、相手の機体は曲がり角より現れた。警戒する様子もない。
その瞬間、山木はトリガーを引く。銃弾は、外れることなく狙った場所に炸裂した。
途端に、異様な音が響き渡る。相手の二丁拳銃を破壊したのだ。機体にダメージはないが、武器を破壊できたのは大きい、
山木の攻撃は止まらない。なおも追撃していく。相手はというと、明らかに混乱していた。視覚も聴覚も利かないはずの山木が、正確な攻撃をしてきた。
しかも、自身の飛び道具を破壊されてしまったのだ。この事実を前に、慌てふためいている。反撃も出来ず、すぐさま戻っていった。
となれば、今度は山木が追う番である。
山木は、後を追っていった。と、相手の機体から何かが落ちる。
爆発物か?
山木の機体は、すぐに反応した。反転し、パッと離れる。
次の瞬間、またしても強烈な光と音を感知した。どうやら、スタングレネードらしい。
山木は、思わず笑ってしまった。視覚と聴覚は、未だ回復していないのだ。この状態で、さらにスタングレネードの直撃を受けたところで、何の意味もない。
どんどん距離を詰めていく山木。と、向こうの機体は立ち止まった。振り返ると、ヒートホークを抜く。斧型の白兵戦用武器だ。
山木は、笑みを浮かべた。相手の飛び道具は、尽きてしまったのだ。あとは白兵戦をするしかないのだろう。
前半は、向こうにいいようにやられてきた。スタングレネードにより視覚と聴覚を奪われ、銃撃により相当のダメージを負った。相手も、勝利を確信していたことだろう。
しかし、今は逆である。相手は弾丸切れを起こした上、頼みの綱のスタングレネードも効果がない。後は白兵戦しかないのだ。
一方、山木の機体にはまだ飛び道具が残っている。圧倒的に、こちらが有利だ。
そして今、相手は万策突きた状態である。そうなると、次はヤケになり突進してくるのではないか。
いや、奴は間いつ違いなく正面から突っ込んで来る。もう、それしか出来ることがないのだから……。
山木の読み通りだった。
相手の機体は、ヒートホークを振りかざし真正面から突っ込んで来た。窮鼠猫を噛むという言葉があるが、相手はまさにその状態にあった。打つ手がなくなり、ヤケになって突撃してきたのである。
時には、追い詰められた鼠が猫を負かすこともある。だが、それはごく稀にしか起こらない事例だ。ほとんどの場合、猫を噛んだ鼠は命を奪われる。
ましてや、山木はただの猫ではないのだ。例えるなら、高い知能を持った獰猛な山猫であろう。
相手のめちゃくちゃな動きを完璧に見切り、冷静な攻撃を返していく。その呼吸は平常通りで、思考にも乱れはない。
相手の振り回すヒートホークを後退して躱しつつ、銃撃を浴びせていく──
こうなると、もはや哀れですらあった。大人が、子供をからかっているような展開なのだ。
それから一分も経たぬうちに、相手の機体はコックピットを破壊され機能を停止した。
(こんなの初めて見た)
(山木とんでもねえな)
(スタングレネードくらっても関係ないんか)
(こいつ十連勝しちまうんじゃねえか)
(俺らは伝説の目撃者になるかもな)
ネットで様々なコメントが飛び交っていたが……当の山木は、笑みを浮かべていた。生き残った安堵感もあるが、この戦いの厳しさと難しさとを改めて感じ、苦笑していた部分もある。
と同時に、勝利の喜びを噛み締めてもいた。生まれて初めて感じる、勝って嬉しいという感覚──
よくもまあ、こんな戦いを十回も続けてきたもんだ。
しかも、全てに勝ち抜いて来たんだろ?
佐々木亮平……一体、どんな奴なんだ?
ますます、佐々木亮平への興味が湧いてきた。
これまで、他人に興味などなかった山木。しかし今は、その佐々木なる人物に会いたかった。会いたくて仕方ない。
佐々木のことを考えただけで、全身がゾクゾクしてきた。今にも痙攣してしまいそうだ。
かつて感じたことのない熱い想いが、山木の五体を駆け巡っていた。