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ダングルバトル・山木康介(1)

「レディース、アーンド、ジェントルメン! 今回の組み合わせは、ネオロシアVSネオジャパンだぜ!」


「まずは、ネオジャパンのファイターを紹介するぜ! パイロットは、生まれながらの殺し屋コウスケ・ヤマキだ! 殺した人数は、なんと二十人! しかも、殺しに飽きて自首したっていうとんでもねえクレイジー野郎だ! そんなヤマキが乗るのは、レッドソルジャー・ダングルだ!」


 リングアナは、山木の乗る機体を指さした。

 形は、ごく普通のミドルタイプである。右手には小型の銃を所持していたが、左手は特殊な形状になっている。指が三本しかなく、獣の鉤爪のような形なのだ。しかも、指の付き方も妙である。手の甲の側に二本、その下側に一本付いている。掴むことのみに特化した形状だ。

 もっとも、左手に付いているのは鉤爪だけではない。手のひらの部分には、小型の機関砲が内蔵されている。小口径であるが、鉤爪でしっかりと掴み機関砲での零距離射撃をすれば、多大なダメージを与えられるであろう。

 レッドソルジャーなどと仰々しい名前が付いているが、赤く塗られているのは右肩だけであり、あとは緑色である。なぜ、この機体がレッドソルジャーなのだろうか。名付け親は、よほどのバカなのか……などと、山木は呑気に考えていた。


「対するは、ネオロシアのファイターだ! パイロットは、アルゴ・ブシンスキー! こいつは何と五十人殺し! まさに生まれながらの殺人鬼! そんなアルゴが操縦するは、ババヤガ・ダングルだ!」


 叫びながら、リングアナは相手の機体を指さす。

 見たところ、こちらもごく普通のミドルタイプだった。全身を黒く塗装されており、両手に小型の銃を握っている。さしずめ、二丁拳銃の殺し屋をイメージしているのか。

 ババ・ヤガはスラブ地方の昔話に登場する老婆の妖怪のはずだが、全くイメージに合っていない。どちらの名付け親も、センスが今いちだ……などと、山木は思っていた。

 この男は、昨日と全く変わらぬ精神状態である。己の手足がなくなったことも、これから命を賭けた戦いに挑むことに対しても、ネガティブな感情を抱いてはいなかった。

 代わりに、不思議な感覚に捉われていた。胸がゾクゾクするような、奇妙な気分だ。子供の頃、四階の窓から飛び降りた時と似た感覚である。


「それでは、ダングルバトル! レディ、ゴー!」




 さて、どう戦うかな……。


 山木は、じっとモニターを見つめる。

 こんな戦いは初めてだ。これまで、ダングルバトルの放送を観たことはない。そもそも、興味もなかった。名前だけは聞いたことがある、という程度の知識しかなかった。

 そんなゲームをプレイし、勝利する……普通に考えれば、まず無理だろう。

 しかし、山木の裡には闘志がみなぎっていた。両手両足を切断された挙げ句、こんなマシンに押し込められてしまったという事実すら、彼の心にさしたる障害とはなっていなかった。


 悪いけどね、今回は久しぶりに勝ちたいんだ。

 全力でいかせてもらうよ。


 ・・・


 山木は、今まで勝負に勝ちたいと思ったことがなかった。

 何をやらせても、周りの人間より上手い。それゆえ勝つ。だが、勝ったところで何も変わらないし、何も得られない。ただただ、つまらない時間を過ごしたという徒労感だけが残った。

 これは勝負事に限らない。幼い頃から、山木の目に映るもの……それらは、砂の城のように見えた。いくら努力して作ったところで、壊れるのは一瞬である。ならば、手間隙かける意味がない。


 山木は、いろんな場でいろんなことにチャレンジしてみた。

 孤児であるがゆえに、大金が必要なものにトライは出来なかったが……ボクシングのジムに通ってみたり、学校の囲碁クラブに入ってみたり、さらには障害者ボランティアをしたりもした。

 だが、心の底から「面白い」「楽しい」と思えるものには出会えなかった。彼の「これをしたい」という欲求は弱い。ただ「ちょっとやってみようか」程度の気持ちが湧き上がり、始めてはみる。だが、すぐに飽きてしまうのだ。

 昔、ボクシングをやった時トレーナーは褒めてくれた。君には才能がある、とも言ってくれた。

 だが、それだけである。山木本人は、面白いとは思えなかった。スパーリングもしてみたが、相手の動きは簡単に「見えて」しまうのだ。相手がどう動き、どんなパンチを打つか……向き合うと、それがわかってしまう。

 やがて、山木はボクシングをやめた。飽きてしまったのだ。トレーナーは「君ならチャンピオンになれたかもしれないのに」と、しきりに残念がっていた。

 だが山木にとって、ボクシングのチャンピオンなど何の意味もなかった。




 万事、この調子であった。

 山木は、何物にも夢中になれなかった。ましてや、何かにのめりこんだ挙げ句に、身を持ち崩す……そんな人間の心境が、全く理解できなかった。

 もっとも、心の底ではそうした人間を羨ましいと思っていた。自分も、何かにのめり込みたい。何かに狂ってみたい。そんなことを、ずっと思っていた。


 やがて、山木は二十歳を迎えた。だが、未だに自身の求めるものが何であるかわからなかった。食、酒、異性、ギャンブル、その他もろもろ……何ひとつ、彼の心を動かさなかった。

 あまりにも退屈だった。山木の人生は、まだまだ多くの時間が残されている。だが、その時間を何もせずに過ごす……これは、もはや拷問でしかない。


 もし、山木が凡庸な能力の人間だったなら、また違った人生を歩んでいたのかもしれない。酒や薬物や風俗などで自分をごまかし、退屈な時間が過ぎていくに任せられたのかもしれなかった。

 しかし、山木は凡人ではなかった。並外れた能力の持ち主であり、何をやらせても人より上手く出来る。しかし、面白くはない。やがて面倒くさくなり、途中で放り出してしまうのだ。

 その上、たまに意味不明な強い衝動を感じることがあった。裡に潜む何かが、山木を急き立てるのだ。


 お前は何をしている?

 こんな場所で、こんなことをしていていいのか?


 そんな声が、何かの拍子に聞こえてくる。しかも、その声から耳を塞ぐことなど出来ない。

 かといって、その声は具体的な道を指し示してはくれない。ただ、無責任に山木を煽り立てるだけだった。




 だからこそ、煽られるまま人を殺してみた。

 最初のうちは、確かに面白かった。まず綿密な計画を立て、さらに現場を何度も下見し、最後は運否天賦に全てをかける……こうして、山木は二十人もの人間を殺してきた。しかも、どの事件でも彼は捜査線上に上がっていない。これは、もはや完全犯罪といって良かっただろう。

 だが、その刺激も長くは続かない。山木にとって、この二十件の殺人事件は、ただただ疲れただけだった。


 ・・・


 しかし、今は違う。求めるものが、はっきりとわかっている。


 あの男から、話を聞きたかった。佐々木亮平のことももちろんだが、あの男自身にも興味があった。


 あいつ、普通でない何かを感じる。

 いったい何者なんだろう?


 そんなことを頭の片隅で考えながら、山木は動き続けていた。ローラーダッシュで走りつつ、次の手を思案する。

 相手は、だいぶ離れた位置にいるらしい。さらに、前はT字路になっている。これ以上、真っ直ぐは進めない。

 山木は、いったん機体の動きを止めた。これまで動いてきた道のりを、モニターで確かめる。

 地形は、特に入り組んだものではない。今のところ、ただ真っ直ぐ走ってきた。左右へ進む通路ほあったが、無視して進んできたのだ。


 さて、相手はどう動くかな……と思った時だった。突然、アラームが鳴る。敵が接近してきたのだ。

 向こうから来てくれるとは好都合である。山木の機体は、銃を構えた。が、ここで予想外の出来事が起きる──





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