ダングルバトル・猪田克也
ダングルバトルとは……科学の発達により生み出された、全長五メートルから十メートルほどの人型ロボットを戦わせるものだ。
このロボット、最初は工事現場や山林や海底といった危険な場所での作業に用いられていた。重機の進化形という位置付けだったのである。もちろん、兵器としても活用されているタイプもあった。
時が経つにつれ、そのロボット同士を闘わせる競技が考案される。観客の前で、二体のロボットが格闘戦を行うのだ。最初は、ロボレスなどと呼ばれていた。
この新しい娯楽は、あっという間に人々の間に浸透していった。ロボレスが広まるにつれ、パイルバンカー(杭打ち機)やドリルやチェーンソーといった白兵戦用の武器、そして実弾入りの銃火器やミサイルといった飛び道具も搭載した機体での試合が行われるようになっていった。
さらに、もうひとつ重大な変化があった。
最初のうちは、AIによる自動操縦で戦っていた。なにせ、実弾入りの銃火器や鉄板をも貫く杭打ち機などを武器として使用しているのだ。パイロットを乗せた場合、負けた方は実に死亡する。
また、勝った方も無事ではすまない。そのため、パイロットとしてタングルバトルに参加する者などいなかった。
そんな中、とある国で恐ろしいアイデアが生まれた。パイロットに死刑囚を使うことにしたのだ。
死刑囚なら、試合中に死んでしまっても構わない。しかも、刑務所や拘置所の職員に死刑を執行させる手間も省けるのだ。さらに、一般人たちのガス抜き効果も期待できる。死刑囚の公開処刑は、いつの時代でも人々の興味と関心をそそる。
このアイデアは、あっという間に世界中に広まっていった。やがて、競技の名称もロボレスからダングルバトルへと変わる。
そもそもダングルとは「ぶら下がる者」という意味である。同時に、絞首刑という意味を持つスラングでもあった。
さらに「首の皮一枚でかろうじて生きている者」という意味も含んでいる。ここに出場するパイロットたちは、ほとんどが死刑囚だ。地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸を昇り、どうにか地上へと出ようとする亡者たちなのである。
本日、そのダングルバトルが開催されることとなった。
バトルに参加するのは、猪田克也である。彼はチューンナップされたロボットに乗り、海外のマシンと戦うのだ。その映像は、世界各地にて放映される。
バトルのルールは、非常に簡単だ。二体の人型ロボットが、バトルリングと呼ばれる闘技場にて戦う。
ロボットが使う武器は、大まかに分けて二種類だ。まずは、強固な岩盤ですら貫くドリルやパイルバンカー、特殊合金をも切り裂くヒートソード、力ずくで叩き潰すハンマーなどの接近した状態で使用する白兵戦用武器である。
もうひとつは、大口径のマシンガンやミサイルのような飛び道具だ。強力ではあるが、こちらは弾数に制限がある。また、積み込んだ弾薬に直撃をくらえば誘爆する可能性もある。
これらの武器を駆使し、五分という制限時間の中で相手を戦闘不能の状態に追い込めば勝利となる。負けた方は、当然ながら破壊されている。
もし決着がつかない場合は一度だけ延長戦が行わるが、それでも決着がつかない時は双方ともに破壊されることとなる。
このロボットを操縦する者は、体の神経と脳を直接メカの操縦系統と繋ぐことになる。この方法により、ロボットは人間と同じ動きが可能となるのだ。複雑な操縦方法を覚える手間がなく、また手足を使い操縦する必要もない。
したがって、搭乗の時点でパイロットの四肢は切断される。もちろん、これは強制的である。パイロットに拒否権はない。さらに言うと、この事実を知っているのは運営側の人間たけだ。一般人にほ知らされていない。
バトルに負ければ、操縦している死刑囚は死ぬ。少なくとも、敗北したマシンに乗っていた死刑囚が生きていたというケースは、今のところ報告されていない。
たとえ勝利しても、廃人となってしまう可能性もある。バトルの精神的負担は、尋常なものではないのだ。実弾使用の銃火器や特殊合金すら切り裂くヒートソードといった武器を用いての戦いは、パイロットの心に多大なるダメージを与える。
また、マシンの複雑な操縦は、脳や神経に多大な負担をかける。結果、人体の方が耐えきれずオーバーヒートしてしまうことも珍しくない。
そんな恐ろしいダングルバトルだが、今や世界百カ国以上に中継されている人気イベントとなっているのだ。この試合も、世界のあちこちで中継されていた。
(クズが殺し合うぜ)
(おら負けんじゃねえぞ)
(俺らのために命を役立てろ)
SNSでは、中継を観ている者たちが多数のコメントを寄せている。ほとんどが罵詈雑言だが、中には応援のようなコメントもある。
それも当然だった。このダングルバトルには、公営ギャンブルという一面もある。どちらのマシンが勝つかに金を賭けるのだ。
その勝ち方にも、様々なパターンが用意されている。勝つまでのタイム、勝ち方、勝者のパイロットが正気を保っているかどうか、などなど……それら全てを完璧に的中させた場合、払い戻し金とは別に運営から特別ボーナスがもらえるのだ。
今や、ダングルバトルは世界的規模のギャンブルイベントとなっていた。
「レディース、アーンド、ジェントルメン! 今回の組み合わせは、ネオアメリカVSネオジャパンだ!」
画面で叫んでいるのは、赤いワイシャツに白いベストを着たリングアナウンサーだ。彼の喋る言葉は、瞬時に同時通訳され全世界の視聴者へと届けられるシステムとなっている。
「まずは、ネオジャパンのファイターを紹介するぜ! パイロットは、ヤクザのカツヤ・イノダだ! 幼い頃から悪の限りを尽くし、ヤクザになってからは三人の人間を殺した極悪人! そのイノダが乗り込むは、サムライダングルだ!」
言いながら、リングアナが指さしたのは巨大な人型ロボットであった。全長は十メートルほど、頭にはチョンマゲを模したようなキャノン砲、手には日本刀のような武侠を持っている。
「その対戦相手は、さらに上をいく十人殺しのチャーリー・ザッパ! 人種差別の思想から、有色人種の集まりに車で突進し銃を乱射! 十人の罪もない人を殺害! そんな男が乗り込むのは、テキサスダングル!」
男の指し示す方向には、これまた人型の巨大ロボットが立っていた。カウボーイハットのごときデザインの頭で、両手には拳銃のような形のビームガンを持っている。
「それでは、ダングルバトル! レディ、ゴー!」
掛け声の直後、地面から壁がせり上がってくる。この壁は、視界を遮るだけでなく銃弾も防げる。さらに、バトルリングを迷路へと変える効果もあるのだ。
と同時にゴングが鳴らされる。生き残りを賭けた戦いが、今始まったのだ。
「クソ! 冗談じゃねえぞ! 死んでたまるかよ!」
機体の中で、猪田は叫んだ。直後、がむしゃらに突っ込んでいく。
こんなところで死にたくない。絶対に生き延びてやる。
生き延びるんだ──
猪田の搭乗機は、ヒートソードを振り上げ白兵戦を挑む。
彼の機には、キャノン砲という飛び道具も付いている。弾丸数に制限があるとはいえ、遠距離からそれらの武器を使うという戦い方もあった。無論、猪田はそれらの使い方もわかっている。乗る前に、きっちり教わっていた。
しかし、猪田はそうした戦法を取らなかった。真正面から、ヒートソードを振り上げ突っ込んでいったのだ──
・・・
若い頃の猪田は、手のつけられない不良少年であった。
小学生の頃には、既に教師たちから問題児としてマークされていた。もっとも、幼いうちは他愛ないイタズラやケンカ程度のものであった。
しかし、中学生になるとタバコを吸うようになる。さらに、万引きや恐喝といった犯罪にも手を染めていく。
不良少年たちの中でも、猪田のたちの悪さほ群を抜いていた。他人への共感性が欠片ほどもないため、暴力を振るうことにためらいがない。やがて、猪田の名前は付近の少年たちに知られるようになっていった。
もっとも、猪田は恐れられはしたが尊敬はされなかった。何せ、用いるのは汚い手ばかりである。喧嘩では、不意打ちや凶器を使用するなどして勝ってきた。
金にも汚く、高校生になると小学生を脅して空き巣をさせたり、付近の中学校を徘徊して「みかじめ料」を徴収していたくらいだ。
当然ながら、そんな暴挙を黙って見逃すほど、世の中は甘くない。猪田は逮捕され、少年院へと送られる。
少年院は、猪田を更生させてくれなかった。それどころか、彼をさらに悪くしていった。やがて、少年院で知り合った仲間からヤクザを紹介され、猪田はそちらの道に足を踏み入れる。
ヤクザの世界で、猪田は出世していった。もともと彼らが標榜する任侠とは、弱きを助け強きを挫く男の精神を指す言葉と言われている。
ところが、現実のヤクザは真逆だ。弱い者を助けて恩を売り、後で搾り取れるだけ搾り取る。金に汚く、こすっからい者ほど出世する。
猪田もまた、策を弄し弱者を食い物にして出世していった。
・・・
猪田は怖かった。
ヤクザではあるが、この男にはまともな喧嘩の経験すらない。暴力を振るうのは、常に自分よりも弱いとわかっている相手だけだ。
これは、喧嘩に限った話ではない。彼の生き方そのものであった。多くの人間を丸め込み、騙し、利用価値がなくなると裏切る。自分で何かを成し遂げるよりも、他人の築き上げたものを奪う。結果、自分では何ひとつ成し遂げてこなかった。
そのツケを、ダングルバトルで支払うことになってしまった。この戦いでは、口先で相手を丸め込むことなど出来ない。殺るか殺られるか。己の力のみで闘うしかないのだ。
このダングルバトルにおいて、重要な要素のひとつがパイロットの精神力である。生きるか死ぬかの戦いにおいて、諦めない心は必要不可欠なのだ。
また、自らの恐怖心をコントロールすることも大切だ。心は熱くなっても、頭は冷静でなくてはならない。
しかし猪田には、そのどちらもない。だかからこそ、真正面から突進していくしかなかったのだ。
そんな猪田は、相手にとって格好の的でしかなかった。
闇雲に突進し、手持ちの武器をブンブン振り回す……これは、少年同士の喧嘩においては有効な手段だったのかもしれない。しかし、ダングルバトルにおいては、あまりにも愚かな戦い方である。
カウボーイ・ダングルは、後ろに下がりつつ飛び道具で攻撃していく。リボルバー型の携帯火器は、人間用の機関砲よりも大きい。当然ながら、発射される銃弾もまた巨大なものだ。戦車の装甲すら貫ける。いくらダングルでも、直撃をくらえばただでは済まない。
もちろん、弾数には限りがある。したがって、無駄撃ちは出来ない。しかし、遠い距離からただただ真っ直ぐ突っ込んでくる相手には、外すことなどないのだ。
リボルバーから放たれた弾丸は、サムライ・ダングルに全て命中していた。容赦なく装甲を抉り、機体にダメージを与えていく。その度に、SNSではまたしても罵詈雑言が書き込まれる。
(何やってんだよ)
(あいつバカじゃねえのか)
(どうしようもねえよ)
(せっかく俺がカスタマイズしてやったのに これじゃ機体の性能を活かせねえじゃねえか)
やがて、サムライ・ダングルは倒れた。コックピットはまだ無事だが、機体には壊滅的なダメージを負っている。もはや、闘うことなど不可能である。
「ざけんじゃねえぞ! 俺は、こんな所で終わる男じゃねえ!」
涙と鼻水を垂れ流しながら、猪田は叫んだ。しかし、彼の機体は動くことすら出来ない。
そんな猪田の機体に、カウボーイ・ダングルがズンズン近づいてくる。この機体は飛び道具に特化しており、白兵戦用の武器はない。そのため、本来なら自ら接近することはない。
やがて、ダングルは立ち止まった。巨大な鋼の足が、ゆっくりと上げられる。
一瞬の間を置き、上がった足は勢いよく降ろされた。その先にあるのは、サムライ・ダングルのコックピットである──
「やめろおぉ! 嫌だぁ! 死にたくねえ! 死にたくねえよおぉ!」
猪田は、声の限り喚き散らしていた。だが次の瞬間、鋼の足がコックピットを踏み砕く。
決着はついた。
サムライ・ダングルは、カウボーイ・ダングルに完膚なきまでに破壊された。
当然ながら、コックピット内にいる猪田の体は、ミンチのような状態になっていた。もっとも、こちらの映像が見られるのは選ばれし特別な会員のみである。こんな残酷な映像を、わざわざ金を払って観たがる物好きもいるのだ。
SNS上では、さらなる罵詈雑言が飛び交っている。
(なんだこいつ本当に使えねえ奴だったな)
(ったくよ三人を殺したヤクザだっていうから期待してのに)
(生きていてもゴミ死んでもゴミ)
(存在自体が廃棄物)