ダングルバトル・永井豊次(2)
永井は、いいようにやられていった。相手の機体にほとんどダメージを与えられないまま、一方的に攻撃を受け続けていく。
悲しいことに、彼には根本的な戦闘のセンスがなかった。これは天性の部分もあるし運の部分も大きいが、実際の「戦い」を経験しているか否か……という点も無視できない。
これは、軍人なら無条件で強い……というわけではない。戦争経験者は、このような戦いでは確かに有利である。生きるか死ぬかの瀬戸際では、殺し合いの経験の有無は、大きな差となる。
だが戦場と違い、一対一でマシンを操り五分の間に敵を仕留めるダングルバトルには、様々な能力が問われる。サッカーやラグビーのようなコンタクト要素のある球技、あるいは格闘技でも構わない。一対一の攻防という局面があり、かつコンタクト要素のあるスポーツならば、ダングルバトルにおいて必要な要素を鍛えることが出来たはすだった。もっとも、そうしたスポーツで得たものを上手く応用する能力も必要ではある。
ダングルバトルは、戦いが始まると同時に、瞬時に対戦相手が乗るマシンの特徴を見抜き、どう戦うか作戦を立てなくてはならないのだ。また、相手の動きに応じて臨機応変に作戦を変えていく柔軟さも必要である。
永井には、そういった能力が全くなかった。
相手は、永井の機体に確実な打撃を与えていく。それに伴い、機体のダメージも蓄積してゆく。
一方、永井は敵の機体に何も出来なかった。ただ、一方的に攻撃を受けていく……そんな状況を打開できぬまま、時間だけが過ぎてゆく。
そんな中、コックピット内にけたたましい音が鳴る──
「今、五分が経過しました。本戦終了です。これより、延長戦へと突入します。もし、延長戦の五分で決着がつかない場合、双方のマシンを破壊します。一刻も早く、決着をつけてください」
アラームの直後、声が聞こえてきた。同時に、モニターにも同じ内容の文章が表示される。
もっとも、永井の耳には入っていなかった。今は、相手が接近する前に飛び道具を当てることだけに集中していた。どうにか、この不利な流れを止めなければ……。
しかし、相手の勢いは止まらない。ボウガン型のロケットランチャーは、永井にとって撃つのが難しいものだった。照準を定めている間に、ジグザグに動き接近され、白兵戦に持ち込まれる。すれ違いざまに攻撃を受け、反撃する暇を与えず逃げていく。
このあたりは、年齢もあるだろう。やはり、若さゆえの適応力と反射神経……この部分は、ダングルバトルにおいて大きな差となって現れる。
さらに、永井は重大なミスを犯していた。彼の機体は、白兵戦が出来ないと思い込んでいたことだ。己の機体の特性は……装甲の分厚いヘビータイプであり、腕が二本に足が四本ついている。
相手が接近してきた場合、この四本の足と二本の腕を上手く用いれば、武器に頼らないド突き合いに持ち込むことも可能だった。そうなれば、装甲の厚さによる打たれ強さと、文字通りの手数の多さを活かし、肉を切らせて骨を断つという戦い方も出来たはずなのだ。
ところが、永井にはそれが思いつかなかった。遠距離攻撃用のボウガン型ランチャーばかりに目がいき、距離を空け飛び道具で戦うという作戦しか思いつかなかった。白兵戦用の武器がないため、接近戦になったら離れるという誤った考えに取り憑かれてもいた。
この作戦だと、自機の装甲の厚さやパワーを全く活かしきれない。逆に、自機の重さやスピードの無さが仇となる。
結果、相手の機体に、いいようにやられていった。
しかも、相手は自分のなすべきことをはっきりと理解していた。永井が接近戦を嫌っていることに早いうちから気づき、ならばと速さを活かしたヒットアンドアウェイに徹したのである。
その上、攻撃も同じ箇所に集中していた。四本の足である。
その中でも、彼が目をつけたのは……ある一本の足だ。その足を潰すことに、全力を投入していた。
やがて、永井の機体はグラリと揺れる。右の前足をやられたのだ。膝関節に当たる部分を集中攻撃され、ついに切断されてしまった。
どうにか、残る三本足でバランスを取りつつ、永井は必死で考えを巡らせる。だが、こういった状況ではアイデアも浮かばない。
その間にも、敵は攻撃を仕掛けてくる──
「てめえ卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」
永井は喚き散らした。
いつもこうだ。自分の人生は、こういう卑怯者に足をすくわれていく。
自分が、どんなに真面目に努力しても、評価されるのは結局、要領のいい奴なのだ。
俺のような人間は、いつも損してばかり──
そうなのだ。渡辺愛菜のような極悪人が、虚業で大金を稼いでいる。一方、真面目に生きていた自分がつましい生活をしなければならない。
挙げ句に渡辺は、嘘八百を並べ立て金を騙し取った。返金のための話し合いをしようとしたらブロックされた。
悪いのは、あいつだ──
その時、相手の機体が接近してきた。永井はやけになったのか、ロケットランチャーを狂ったように撃ちまくる。いや、正確には撃ちまくろうとした。だが、弾丸は一発発射されたきりだ。連発が出来ない仕様なのか、あるいは操作を間違えたのか。
「ざけんな! 何で弾丸が出ねえんだよ! 汚えぞ! これ仕組まれてるだろ!」
永井は喚いたが、もちろん仕組まれてなどいない。それ以前に、今は渡辺のことなど考えずゲームに集中し、次の手を考えるべきだった。そうすれば、また違った展開があったたかもしれない。
一方、相手の機体は冷静そのものだ。永井が喚いた一瞬の間に、フルスピードで接近した。
直後、棒を振り上げる。次の狙いは、左の前足だ。
強烈な一撃を受け、アラームが鳴る。永井は怒りのあまり、がむしゃらに腕を振り回した。だが、機体は既に消え去っている。
このままでは、確実に殺られる……やけになった永井は、壁に向かいロケットランチャーをぶっ放した。こうなったら、移動に邪魔な壁をぶっ壊してやる。
ロケット弾は、壁に炸裂し派手な爆発音を立てた。その爆風と粉塵により、視界が一瞬ではあるが閉ざされる。
その間に、相手はまたしても接近してきた。棒の強烈な一撃が来るかと思いきや、ただ通り過ぎていっただけだった。
だが、直後に足が爆発する。左前足は、吹っ飛んでいった──
相手は、すれ違いざまに爆発物を左前足に付けていったのだ。ここまで、爆発物を温存し格闘戦に徹していたのである。
それを、今になって使ったのだ。
二本の前足足をやられ、倒れてしまった。こうなると、動くことは困難である。いや、起き上がることすら難しい。
しかも、相手は起き上がるのを待ってくれるほど甘くない。現に今、ゆっくりとした動きで姿を現したのだ。
「クソ! ざけんな! 卑怯者がぁ!」
喚きながら、残された武器の機関砲を撃ちまくる。
今の永井は、完全に我を失い恐怖に支配されていた。それしか取れる手段がなかった。
しかし、相手は近づいて来ない。もはや、勝利を確信しているのだ。こうなれば、焦る必要はない。永井の弾丸切れを待つだけだ。
やがて、永井は弾丸を撃ち尽くした。後に残った攻撃手段といえば、ぶん殴ることくらいだ。しかし、この機体は前足が二本やられている。後ろ足だけでは、機体の形からしてバランスを取るのが難しい。一度倒れてしまうと、ほとんど起き上がれないのだ。
相手もまた、そのことは理解している。姿は見せたが、手の届くところまでは近づかない。立ち止まり、無駄な足掻きを続けている永井をじっと見ている。
やがて、相手の機体は飛び上がった。上から、マシンの全重量をかけた踏みつけが炸裂する。
死ぬまでの数秒間に、永井が発した最期の言葉は──
「こんなのおかしいだろ!」
おかしくも何ともない。なるべくしてなった結果である。相手は、永井のいるコックピットを踏み潰した──
コックピットを破壊され、勝敗は決した。永井は、マシンの中で潰れた肉片と化している。
(永井やっぱ使えねえな)
(俺は相手に賭けてたから儲かったぜ 配当が低いからゴミみたいな額だけどな)
(まあ永井に賭けるバカはいねえよな)
(しょせん中年オタクだもんな)