ダングルバトル・永井豊次(1)
「レディース、アーンド、ジェントルメン! 今回の組み合わせは、ネオフィリピンVSネオジャパンだぜ!」
ダングルバトル開始の日、リングアナは今日もマイク片手に吠えていた。
「まずは、ネオジャパンのファイターからだ! パイロットは、トヨツグ・ナガイ! ネットのアイドルだった女の子の家に侵入し、レイプした挙げ句に殺して金目のものを奪ったカス野郎だ! そんなナガイが操縦するのは、ヤブサメ・ダングルだ!」
叫んだ直後、リングアナが指さしたのは、奇妙な形の機体だった。
種類はヘビータイプであるが、足が四本ついていた。もっとも、ダングルバトルにおいて足の多さなど意味はない。むしろ、ついていない方が速く動けるケースが多い。
足の利点はといえば、多少の高低差を乗り越えられることと、接近戦で蹴りが出来ることくらいだ。しかし、このバトルリング上はコンクリートの床である。足があることに意味はないのだ
上体もまた奇妙なものであった。両手にボウガンのようなものを持っているのだ。他に、武器はなさそうに見える。
さしずめ、ギリシャ神話に登場するケンタウロスだが、これを流鏑馬に例えるのは少々無理がある気もする。
「続いて、ネオフィリピンのファイターを紹介するぜ! パイロットは、レエモン・セレスト! 大学でイジメられていたオタクが、ある日突然ブチ切れてキャンパスで十二人を射殺しやがった! そんなセレストの乗る機体は、カリ・ダングルだ!」
続いてリングアナが、相手の機体を指さした。そちらは人型のミドルタイプで、棒らしきものを両手に一本ずつ持っている。ミドルタイプにしては、やや小さめだ。
それ以外、はっきり武器とわかるものは持っていない。だが、体内に何らかの武器を仕込んでいるのは間違いないだろう。
「それでは、ダングルバトル! レディ、ゴー!」
リングアナの声とともに、壁がせり上がってきた。
いよいよ、バトルの始まりだ──
・・・
あいつが悪い──
永井は、これまでの人生において自分から謝ったことがなかった。
謝るということは、すなわち負けを認めるということだ。悪いのは全て相手である。
今回の事件にしてもそうだ。悪いのは、自分ではない。結婚をほのめかし金を借りていった、あの女の方ではないか。
しかも、金を返してくれと頼んだらブロックされたのだ。こちらは、寛大にも話し合いで済ませようとしてあげた。金を全額返し、一言「嘘をついてごめんなさい」といってくれるだけで良かった。
人の寛大さにつけこみ、多額の金を借りた挙げ句、こちらからの提案を無視するとは何事だ。人間として、やってはいけない行為である。
つまり、相手は人間ではない。鬼畜だ。鬼畜ならば、殺しても構わないはずだ。
だから、殺してやった。
ベランダから入り込んだら、あいつはギャーギャー騒ぎ出した。だから、とりあえず五、六発ぶん殴ったら静かになった。女など、しょせんこんなものだ。殴れば、おとなしくなる。
その後は、当然のことをしただけだ。やることをやって、いただくものをいただいた。なのに、帰ろうとした時、またギャーギャー騒ぎやがった。
黙っていれば、死なずにすんだ。なのに、騒ぎやがったから殺してやった。
俺は悪くない。
・・・
永井は、心の中で叫んでいた。
こんなとこで死んでたまるか。絶対に生き延びてやる。
勝つんだ。勝ち続けて、自由の身になってやる。
そして、あいつを殺してやる──
そう、永井が次に狙っていたのは……渡辺の彼氏だったイケメンである。十連勝して自由の身になり、あいつを殺しにいく。
今度は、完全犯罪を成し遂げる。逮捕されるようなヘマは、絶対にしない。そのために、ここで大勢の犯罪者たちから話を聞き、犯罪知識を蓄えてきたのだ。
絶対に、あいつを殺す。そのためには、ここで勝たねばならない、
永井の機体は、遠距離からの攻撃に特化した機体であった。手にしているボウガンのようなものは、実のところロケットランチャーに近いものである。弾数は十発しかないが、威力は大きい。上手くコックピット付近に命中させられれば、一発で終わるだろう。
仮にコックピット以外の部分に当たったとしても、被弾した機体はただでは済まない。腕の一本くらいは、簡単に吹っ飛ばせる。腕が一本なくなれば、かなりの戦力減だ。足に当てられれば、相手のスピードは大幅に低下すはずだ。
このボウガン型銃を、どうやって命中させるか……そこに勝負の鍵がある。
だからこそ、永井は相手から離れる必要があった。慣れない四つ足を操作し、どうにか敵マシンから離れようと足掻き、死にものぐるいで走った。
しかし、相手の動きは速かった。
敵はミドルタイプの機体だが、足に付いているローラーを上手く使い、正面から突っ込んで来たのだ。四つ足で走るよりも、遥かに速く移動できる
永井は、慌てて銃を構え狙いをつける。だが、相手はジグザグに動き接近してきたのだ。狙いが全く定まらない。
「クソ! 来るんじゃねえ!」
喚きながら、一発撃つ。だが、弾丸は文字通り的外れな方向へと飛んでいった。その間にも、相手は接近してくる。
ついに、手を伸ばせば届く間合いにまで接近を許してしまった──
「うわあぁ! 来るなぁ!」
喚きながら、闇雲にボウガンを振り回した。
その時、接近戦でも使えそうな武器を思い出す。腰のあたりには、小型の機関砲が付いていた。
これなら、狙いをつけずとも当たるのではないか。
だが、機関砲に気づくのが遅かった。その間にも相手は動いている。また、局面も変化していた。
敵の機体は、姿勢を低くしてこちらの攻撃を躱す。直後に一撃を加えたかと思うと、すぐさま移動する。永井の機体の真横を通り抜け、一気に走り去ってしまったのだ。
「な、なんだと……」
永井は、顔をしかめ呟いた。
こちらの機体は、大きなダメージは受けていない。しかし、足の関節部が僅かながら損傷した。一方、相手の機体は完全に無傷である。つまり、今の攻防は奴の勝ちということだ。
もっとも、今の攻防でわかったこともある。相手は接近戦を得意とするタイプだ。となると、いずれは姿を現すはず。
その時、飛び道具で仕留める。
永井は、自身のいる地形を見てみた。オートマッピング機能により、自身が動いた範囲の地図は出来ている。
自身が今いるのは、長い一本道の通路だ。しかも幅が広く、ジグザグに動かれると狙いをつけるのが難しい。
わかったことはひとつ。自分から下手に動くより、ここで敵を待ち受ける方がいい。接近戦を得意とするタイプなのだから、必ず仕掛けてくる。
相手が姿を現したら、このボウガン型ロケットランチャーで仕留める。
永井は、機体を通路の真ん中あたりに移動させた。いつ、どちらから来てもいいようにランチャーを構える。
と、相手が姿を現した。こちらから見て右側にいる。予想通り、こちらに突進してきた。
永井は、後退しつつ銃を構える。だが、照準が上手く定まらない。
「クソ! 何で照準がセット出来ないんだ!」
喚きながら、トリガーを引いた。苦し紛れの一発だ。
しかし、弾丸は外れた。その間にも、敵は接近してくる──
「ふ、ふざけるな!」
永井は機関砲をぶっ放す。しかし、相手の装甲を僅かに掠めただけだった。
一方、相手はさらに近づいてくる。足を止めずに、こちらの足に一撃を入れた。
直後、永井のコックピット内で警告音が鳴る。またしても足にダメージを受けたのだ。しかも、先ほどと全く同じ場所である。
相手は、完全に足を狙っているのだ。警告音が鳴ったのは、ダメージが溜まっているということである。
「クソ、つまらねえことを……」
呟きながらも、永井は必死で次の手を考える。どうすれば、こちらの攻撃を当てられるのだろつ。武器は、ロケットランチャーと機関砲だけだ。白兵戦用で使える物がない。
何と使えない機体なのだろう──
「なんで、こんなハズレ機体に乗せられなきゃならないんだよ!」
永井は喚いた。手があれば、モニターをぶん殴っているところだ。
その時、またしても敵が姿を現す。ジグザグに突き進んできた。
「クソ!」
永井は、またしてもロケットランチャーを撃った。照準など無視し、勘でトリガーを引いたのだ。
大口径の銃から放たれた弾丸は、真っ直ぐ前に飛んでいく。当たれば、その時点で勝負は決していただろう。
しかし、相手は予想外の行動に出る。突然、機体の胸の部分が開く。そこから、液状のものが放射されたのだ。
液体は、瞬時にロケット弾を包みこむ。直後、あっという間に硬質化したのだ。まるでゴムのような塊となり、ロケット弾はゴトリと落ちる。
「嘘だろ……そんなのありかよ……」
永井が呟いた時には、相手の機体はすぐそばに接近している。
次の瞬間、またしても棒の一撃が足を襲う──