ダングルバトル・柳田彰
「レディース、アーンド、ジェントルメン! 今回の組み合わせは、ネオイングランドVSネオジャパンだ!」
今回もまた、赤いワイシャツに白いベストを着たリングアナウンサーが叫んでいる。
「まずは、ネオジャパンのファイターを紹介するぜ! パイロットは、アキラ・ヤナギダだ! 娘の復讐のため、三人を殺した男だぜ! そんなヤナギダが乗るのは、トセイニン・ダングルだ!」
言いながら、柳田の乗る機体を指差す。
ミドルタイプの人型であり、草鞋のような形の足にはローラーが装備されている。頭に三度笠のようなものが付いており、体にはマントののようなものを着ていた。腰にはヒートサーベルを装着しており、他にも様々な武器が隠されている。
「続いては、ネオイングランドのファイターだ! パイロットは、ジョン・ビシャス! ヤク中のチンピラで、ヤクをキメすぎて五人を刺殺したクズ中のクズ! 終身刑を食らったが、自らパイロットに志願してくれた。そんなビシャスが乗るのは、パンクス・ダングルだ!」
リングアナの指差す先には、奇妙な形の機体があった。
こちらもミドルタイプだが、頭は丸くボディはトゲだらけだ。チェーンのような武器を右手に持ち、左手には手の代わりに巨大な爪のようなものが装着されている。
「それでは、ダングルバトル! レディ、ゴー!」
リングアナが叫んだ直後、地面から壁がせり上がってくる。この壁は、視界を遮るだけでなく銃弾も防げる。さらに、バトルリングを迷路へと変える効果もあるのだ。
同時に、ゴングが鳴らされる。戦いの幕が上がったのだ。
「ふざけるんじゃない……」
柳田は、虚ろな表情でポツリと呟いた。この世の中に神なる者がいるのなら、そいつはとてつもなく不公平な奴だ。なんと、むごたらしいことをするのだろう。
平凡だが、幸せな日々を送っていた。だが、その幸せはすぐに打ち砕かれる。
まず、最愛の娘を奪われた。次いで、妻も亡くなった。自分ひとり、おめおめと生き延びている。
さらに今は、手足も奪われた。そんな状態で、マシンに乗り戦わなくてはならないのだ。
聞いた話では、相手も死刑囚だという。それも、五人の人間を殺害した凶悪犯だ。
許せない話だった。出来ることなら、そんな奴を勝たせたくはない。
だが、もっと許せないものがある。
・・・
柳田は、今もはっきり覚えている。
裁判の日、傍聴席は満員であった。来ている者たちは、好奇と憎悪の入り混じった目で自分を見ていた。
あいつらは全員、裁判をエンターテイメントとして楽しんでいるのだ。人の裁判すら、娯楽として消費されている……今は、そういう時代なのだ。
自分の苦しみも哀しみも、こいつらには理解できまい。
子供を誘拐し、無理やり犯して殺した。それが、どれだけ苦しくつらかったか……途中で、何度も挫けそうになった。
だが、柳田はやり遂げた。人間の気持ちを押し殺し、やると決めたことをやったのだ。頭の中にあったのは、死んだ娘と妻の顔だった。挫けそうになった時は、ふたりの顔を思い出して気持ちを奮いたたせたのだ。
それでも、終わった後は吐いた。目からは、とめどなく涙が流れる。自分のしでかしたことに対する様々な思いが、全身を駆け巡っていた。普通の人間なら、そこで止めて自首していただろう。
だが、柳田は既に普通でなくなっていた。
発見された時の、雅美の無残な姿……娘は、完全に壊れていた。医師も、元通りの生活を送れるようになるまでは、相当の時間がかかるだろうと言っていた。
あの時、柳田は決意したのだ。今後の人生全てを、娘のために捧げることを誓った。
にもかかわらず、その娘が死んでしまった。さらに、愛する妻までもが自ら命を断ってしまった。
もはや、柳田には何も残されていなかった。しかし、自殺することも出来なかった。
このまま自分まで何もせず死んでしまっては、あまりに娘が不憫ではないか。その上、娘を死に追い込んだ者たちは、罪の意識もなくのうのうと生き続けていくのだ。
ならば、自分の生きた証を万人に見せてやる。たとえそれが、どんな醜く非道なものであったとしても……。
こうなった以上、やることはひとつ。もう、自分は人間ではない。柳田彰という人間は、既に死んだ。今、ここにいるのは復讐のためだけに生きる化け物……自分にそう言い聞かせ、次の標的を狙った。
そして、残るふたりの人間を犯し殺したのだ。ひとえに、奴らにも同じ気持ちを味わってもらうためだ。
奴ら三人を殺そうという考えも、ないわけではなかった。だが、それは罰としては温い。温すぎる。ならば、自分と同じ気持ちを味わってもらおう。
計画をやり遂げるためには、ます人間をやめる。柳田は、ネットで残酷な画像や動画を漁った。そして、観た。
それらは、あまりにも酷く、悪趣味なものばかりであった。中には、観ただけで吐いてしまうようなものもあった。
それでも、柳田は観ることをやめなかった。己の人間性を消し去るため、観続けることを自分に強いた。
やがて、マニアたちが太鼓判を押すような残酷動画の数々を、柳田は全てクリアした。眉ひとつ動かず、人間の体が切断されたり内臓がはみ出たりするような動画を観られるようになっていた。
それでも、自分の手で人を殺す感覚は全く別物だった。胃の中のものを全て吐き出し、涙を流しながら、柳田は幼い子供を殺害したのだ。
傍聴席で見ている者たちには、そんな気持ちなど欠片ほども理解できないだろう。そもそも、わかってもらおうとも思わない。
しかも、あの連中が自分を見る目的は……単純に、悪趣味な好奇心からだ。それ以外には、何も無い。
だからこそ、裁判が終わった時には心底からホッとした。これ以上、あんな人間たちの顔を見たくなかったからだ。
・・・
裁判に耐え、自分はようやく死刑になれた。
復讐を遂げた以上、あとは死んで己の罪を償うだけ……そのつもりで、今まで生きてきた。
にもかかわらず、死刑は執行されなかった。それどころか、またしても見世物にされることとなった。ローマ時代の奴隷のごとく、市民の娯楽のために殺し合いをさせられるのだ。
なんと、ふざけた話なのだろうか。ならば、意地でもこいつらには従わない。
権力が、自分に見世物になれという。市民は、自分の戦いを観て楽しむ。
それならば、最高につまらない見世物にしてやろう。
やることは決まった。
柳田の機体は、ゆっくりと近づいていく。彼のマシンは、武器を持たず両腕を広げた状態だ。さっさと殺せ、とでも言わんばかりの姿である。
相手は近くにいる。だが、カメラアイの届く範囲内には出てこない。おそらく、壁の向こう側にいるのだろう。
何をやっているのだ……柳田は、相手の慎重さに苛立だった。来るなら、さっさと来て欲しい。
だが、その時にある考えが頭に浮かんだ。そうだ。わざわざ敵の攻撃を待つ必要もないのだ。
なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
柳田の機体は、背中に装着していたヒートサーベルを握る。
いきなり、床に突き刺した……かと思うと、逆手に持ち床から引き抜く。
次の瞬間、己のコックピットに突き刺した──
ヒートサーベルは、装甲に刺さった。だが、コックピットを貫くまでには至っていない。
勢いが足りないのか。あるいは、こうした行為には自動的にブレーキがかかるような仕組みになっているのかも知れない。
柳田は舌打ちすると、その状態のまま全速力で走り出した。足裏のローラーダッシュを使い、凄まじいスピードで走っていく。
直後、壁に激突した──
ヒートサーベルは、装甲を貫きコックピットまで到達した。刃の発する高熱により、柳田の肉体のほとんどが一瞬で消失していた。
僅かに残っていたのは、肉片のみである。コックピット内に飛び散った肉片だけが、そこに人間がいたことを物語っていた。
(おいおい切腹かよ)
(なんたそれ超つまんねえ)
(ミンチよりひでえことになってるだろうな)
(またひき肉か?)
(こりゃひき肉も残ってねえよ)