発注
「ジェネリック薬品をご存じですか?」
片田舎の或る薬局。薬剤師兼店長として勤務する俺こと菅森晴喜二十九歳は、今日も今日とてお年寄り達にそう呼び掛けていた。
「……何だそれは」
初診の高齢男性。血圧の薬である『ノルバスク錠』が処方されている。
薬品の中には、先発品と後発品の二種類存在するものがある。
前者は、製薬会社により新薬として発売されている、特許所得済みのもの。
そして後者は、その新薬発売から数十年が経った末、特許が切れたものだ。
始めは特許によって決まった製薬会社でしか販売されず、開発までに掛かったコストが薬価として現れる。しかし、特許が切れれば他の企業も販売可能。開発期間が短縮される分、薬価も安くなる。医療費削減に必死な政府は、有効成分が同じで費用が安いこのジェネリック医薬品を積極的に勧めるよう、全薬剤師に通告しているのだ。
「……と、いう訳で。別の会社から出てるので薬の名前も『アムロジピン錠』に変わってますが……有効成分は全く一緒な上に薬価も安いんです。よろしければこちらの方で調剤させていただいても……」
「処方箋には”ノルバスク”って書いてあったぞ」
男性は眉を顰めて、明らかに苛立ちながら言う。
「先発品で記載されていても、先生から”変更不可”の指示が出ていなければ薬局側で変更出来るんです。病院側も、在庫があるならジェネリックで良いという事でしょうから……」
「ふざけるな!!医者がそう書いてるんならその薬を出せ!!勝手に変な薬に変えたら許さんぞ!!」
「……あー………はい。では、先発で揃えさせていただきます……」
こうなる事も多々である。
先発と後発では名前がガラリと変わる事が多く、販売元も違えば露骨に嫌がる患者もいる(先発と同じ会社がジェネリックを販売する例もある)。
彼の様に機嫌を損ねれば、副作用の発現の有無や服用上の問題点なども聞けずに去ってしまう事もある。顔色を伺いながら、適切なタイミングで駆け引きを行わなければならない。
薬を袋に詰め、適当な説明で渡すだけの仕事だと思われがちだが……薬剤師とは意外にも、バチバチの肉弾戦なのだ。
◇◆◇
「はぁ~~~~~っ……」
午後六時。戸締りを終え、薬局の営業を終了させた俺。
こんな田舎では一日の患者も三~四十人程度だが、薬の在庫管理は勿論、年齢層が高いが故に処方内容も一包化(薬をシートから出し、用法ごとに一つの袋に纏める)や介護施設へのお届けが多く、それらを全て一人で行わなければならない。当然微細なミスも許されず、一日中ド緊張で閉業を迎えるのだ。
「えーっと……今日出た薬は……」
照明を落とした調剤室のデスクに座り、パソコンとにらみ合う。
本日の在庫移動を把握し、翌日足りなくなることが無いよう、卸売企業が用意している発注システムで該当の薬をチェックをしているのだ。
「ノルバスク、ムコダイン、ボンビバ、アレロック………」
周囲には内科も耳鼻科も整形外科もある。その分処方される薬も多種多様。しかも運悪くと言っちゃアレだが、ウチに来る患者は先発希望が多い。今挙げた薬も全て先発品だ。
『そんなの患者の勝手だろう』と言われるかもしれないが、薬局にはジェネリック医薬品使用率にノルマが課せられており……説明が冗長になるので仔細は省くが、端的に言って、基準を下回れば赤字になってしまうのだ。
ただでさえ零細チェーンの薬局、このまま経営の足を引っ張れば、上からまた小言を言われかねない。
「つっても、しょうがねぇもんはしょうがねぇもんなぁ…………。次は外用剤っと……」
溜息交じりの愚痴を吐きながら、チェックを続ける。
内服から外用剤を終え、いよいよ”発注”ボタンに行こうとした時だった。
「………ん?」
表示されているリストにはまだ続きがある。名前は五つ。
『フローガ錠50mg』
『パゴス錠50mg』
『フォーラ錠2mg』
『ディアスタ錠5mg』
『ディアファニス軟膏』
「なっ……何だこれ!?そんな薬あるかよ!?」
曲がりなりにも薬剤師歴五年弱。最初の二年は病院にも勤めていたし、大抵の薬はパッと見ただけで効能効果と副作用くらいは言える。
だが、羅列する薬品名には見覚えも、リストに追加した覚えも全くない。仮に新薬だとしてもDI誌(新薬や出荷停止品、全国の医療現場でのインシデント事例などが記載されている雑誌)や企業から通達がある筈。アップデートを怠るほどのルーティンワークをしてるつもりはない。
「もう遅いし、問い合わせても電話出ねぇだろうな……。取り敢えずこれは全部チェック外して、明日にでも卸に聞くか」
五つの謎薬品にカーソルを合わせようとした、その時だった。
「うおぉっ!!?む、虫!?」
俺と液晶の間を、小さい羽虫が滑空してきた。
都会育ちで耐性が無い俺は必要以上に驚き、身を仰け反らせてしまう。
……その拍子に、発注ボタンの上にカーソルが置かれたまま、マウスをクリックしてしまった。
「………あっ」
血の気が引く。このシステム上、後から発注をキャンセルするには電話で直接最寄りの卸に問い合わせなければならない。しかし、もう遅い。送ったリストは昨日分の発注品目として処理され、明日になれば該当の薬が届いてしまう。
「ちっくしょぉ……返品作業めんどくせぇ~~~……!!!」
明日もきっと朝から忙しい。余計な仕事が一つ確定してしまった俺は、暗い調剤室の中で一人頭を抱えるのだった。