7話 甘美なる砕氷⑤
「え、どうしたのその顔」
「……まあな」
てっきりリロちゃんは『整然とした道徳』を使う前提でボコボコにしていると思い、傍観していたので、動かなくなったトウロさんを置いて宿に帰ろうとした時は驚きました。
トウロさん遭難事件からちょうど1週間経った今日までリロちゃんはトウロさんから何を言われても無視するようになっていました。まあ私とトウロさんが抱き合ってしまっている時やトウロさんがゲッカさんの元カレだと判明した時や2人を追い詰めている時の表情を見れば何が原因かは私でさえ分かりますが……。
トウロさんに一度相談されました。なぜリロちゃんは口を聞いてくれないのか、と。トウロさんが自分なりに考えた結果は心配かけてしまったから、ということで全くリロちゃんの気持ちを分かっていないようだったので、少し手助けをしようと思いましたが、第三者の介入は野暮だと思い直し、トウロさんには鈍感のままでいてもらうことにしました。
「ゲッカさんも来たことですし、早速街の外の草原に向かいましょう」
「そうそう、ヒューガが言ってたあんまぁーいシロップだけどね。とりあえずウチのジャムパンのイチゴとキウイとレモンでなんとなく作ってみたよ」
ゲッカさんは腰に背負っている革の水筒をきゅぽん、と開けてその匂いを嗅がせてきた。
「いいと思いますよ!」
この世界のイチゴやらキウイやらレモンがあっちの世界のモノと全く同じとは思いませんが、同じ名前である以上似たモノではあると思うのでこの際詮索はしないことにします。
「さて、ここに氷塊をお願いします」
「任せて!『荘厳な氷河』!!」
私と同じくらいの高さの氷が生み出される。
「それでさ、そのかきごおりってヤツを作るにはどうするんだい?」
ふふふ、ここでこの前買ったアレが役に立つわけですよ。
「てってれーん!」
「それは……」
「おろし金ですか?」
金物屋にあったモノを買ってきたのでした。これでガシンガシンすればかき氷ができます。
「キエンくん!器を出してください」
「はいよ!」
4人の視線が痛い。この調子じゃいつまで掛かるのだろうか。腕が疲れてきました……。
結構思いっきりガシンガシンやっているつもりが、まだ器の4分の1も埋まっていない。もっと早くする方法は……。
あ、私の隠しスキル!しかしまだその時に来ていませんし、来たとしてもいつか収まってしまう。もっと継続的な──
「少々お待ちください」
私は氷塊を少し割って取り、器を持って木陰に隠れた。
「まさかこんなところで使うことになるとは思いませんでしたよ」
『振動する右腕』私の忌まわしき固有スキルである。今まで派手すぎる隠しスキルの陰に隠れていましたが、とうとう日の目を浴びる日が来ました。
これを使えば……。
「『振動する右腕』!!」
固有スキルはその名前を唱えないと発動しないので小声で言う。
「おー!!すごいです!!」
氷が手動では考えられなかった速度でガシャガシャと削られていく。
「よし。こんなもんでしょうか」
まるで綺麗に整えられた山のような綺麗な三角錐、まさにかき氷と呼ぶに相応しいモノが器に盛られている。
氷の結晶たちが日の光に照らされ、輝いています。
良いモノができたと思います!私はらんらん気分で4人に見せにいきました。
「どうです!これ!」
4人とも目を輝かせた。
「これがかきごおりか……綺麗だ」
「シロップかけて食べようぜー!」
「こんなに細かく砕けた氷は見たことがありません!」
「さすが私の氷だわな!」
とりあえずイチゴのシロップをかけてみる。
「私この調子で作ってきますので!溶ける前に食べちゃってください!」
器を4つ持ってまた木陰に隠れる。
「かーっ!頭がいてぇ!」
私が戻ってくると、キエンくんはアイスクリーム頭痛で悶えていた。
「皆さんもどうぞ!」
さすがに4つ同時に持っていくのは手がキンキンになってしまうので『振動する右腕』で削った後、ゲッカさんに手伝ってもらいました。
キエンくん、ゲッカさんがイチゴ、トウロさんはキウイ、私とリロちゃんがレモンをそれぞれ選んだ。
「初めての食感です!冷たくてしゃりしゃりで!」
「おー、身体が冷えてく気がする」
「夏にぴったりだねぇ」
4人が感激している中で私はというと──
えーっと。かき氷ではあるのかもしれませんが……ただの甘い氷です。いやまあ確かにしゃりしゃりとして食感は楽しいですが、期待外れというか……。溶けたらただの甘い水ですしかありませんし……。
これを食べるために今までのてんやわんやは必要だったのでしょうか……。
私が熱烈に提案した手前、4人は微妙な反応ができないとか──
「こんなにいいモノを教えてくれてありがとうございます!」
……そんなことないかもしれません。
「リロ、それ何味?」
「さっぱり弾けるレモンですよ……食べてみますか?」
「食べる」
リロちゃんは自分が使ってたスプーンを使ってトウロさんの口に運んだ。
ひゅーっ!と指笛でも吹きたい気分です。
ただリロちゃんもトウロさんも普段通りの表情で何やら普通に会話している。間接キスですよ?あーん、ですよ?私が騒ぎすぎですか?!
そんな私の顔を見るとリロちゃんはとことことやってきて背伸びをして私の耳元に近づき、
「いつからの仲だと思ってるんですか。これくらいは普通ですよ」
私も小さい頃から付き合っている人がいればこんな関係になれたのだろうか。
少し彼らが羨ましい。