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6話 甘美なる砕氷④

「あっちが気になる!ちょっと見てくるからヒューガ先行ってて!」


 ゲッカさんはある場所を指差すと、そこへ向かって駆け出していってしまった。


「先ってどこですか?!」


 ただでさえ土地勘がないのに1人1人になってしまったら、トウロさんを探しに来たのに私たちが遭難してしまうというミイラ取りがミイラ的状況になってしまいます!

 そう言葉を放とうとしましたが、ゲッカさん持ち前の俊足により、一瞬にして後ろ姿は親指ほどのサイズになっていた。

 1人でどうしろってんですか……。



 こうして1人で歩いているとこの世界に来た初めの頃が自然と蘇る。

 もしあの時、トウロさんがパーティーに誘ってくれていなければ……今、私はどうなっていただろうか。のたれ死んでいたかもしれないし、モンスターに殺されているかも知れない。そもそも冒険者すらやっていないかもしれず、やさぐれていたかもしれない。

 なのでトウロさんは命の恩人です。なんとしても見つけ出さねば!

 とりあえず大声を出して、呼びかけてみましょうか。


「おーい!トウロさーん!」


 応答なし。一晩中、何者かに追われて疲れていて声が出せない可能性もありますか。

 では──


「もし私の声が聞こえていたら、固有スキルを使ってくださーい!」


 すると、ある場所からザザザ、と木の枝が触れ合って落ちていくような音が聞こえたのでそこへ向かってみることにしました。



 疲労困憊なのか腰の高さほどの低木の側の地面に仰向けで倒れ伏せているトウロさんを発見した。服もところどころ破れていて、身体にも傷がついている。

 モンスターに襲われたと見て間違いなさそうです。


「トウロさん!」


 見つけた喜びで私が大声を上げると、トウロさんは私の後ろに幽霊でもいたかのように慌てた顔をし、右手で私の手首を掴んで自分の方へ引き寄せた。そのため私は体制を崩してしまい、すぽんと、トウロさんの胸元へ収まり、肩を抱かれた。

 いきなり何をするんですか、と言おうとしましたが、そのまま彼の左手によって私の口は塞がれた。


「静かにしろ」


 添い寝のような密着状態になってしまっているため、トウロさんの荒い息がよく聞こえてくる。

 こんな誰もいないところで、しかも屋外で、全然嫌……ではないのですが……トウロさんはパーティーメンバーであって……こんなことリロちゃんが知ったらどうなるか……。

 恋愛というモノに全く触れてこなかった私にとって男の人とこんなに近づくというのは刺激的すぎます!

 というかまだ会ってから2ヶ月やそこらですが、もっとここに至るまでに経る過程があるのでは、トウロさん?!それは私の幻想なのでしょうか?!


「見ろ」


 トウロさんが耳元で囁き、指を差した先にいたのは──


「んー!んー!」


「気づかれるだろ!」


 トウロさんの私の口を塞ぐ力が強くなる。

 これが黙っていられますか!なんですか、アレ……。


「アレが聖霊だ」


 聖霊と言われているソレはカリフラワーのような白色であり、ここら辺の1番大きい木と同じほどの巨躯をしていた。

 その筋骨隆々な身体は聖霊というよりアルビノゴリラの妖精、もしくは悪魔のようにも思わせる。

 そしてその巨躯からは想像できないほどのスピードでこちらに向かってきていた。

 ソレは私たちのすぐ近くまで来て、周りをキョロキョロと見渡すと、耳を劈くような咆哮をして去っていった。

 その身長の高さ的に私たちは死角になっていて見えなかったのでしょうか。

 聖霊の後ろ姿を木の隙間から茫洋たる眼で眺めているいると、トウロさんは私から手を離し、


「いきなり手荒なマネをして悪かった」

 

 寝転がったままで首を傾いだ。


「アレは大きい音に敏感なんだ」


「そうなのですか……トウロさんが帰ってこなかったのはもしかしてアレに追われていたとか……?」


「ああ、一晩中追われてた」

 

「なぜ追われてたんです?」


「間伐の対象じゃない木を伐採してしまったんだ」


 曰くあの聖霊はこの森の全てを把握しているという。そのため病虫、鳥獣による被害からどの木を間伐するべきか、ということまでも分かるらしい。

 しかし聖霊1人(1柱?)ではこの森中の保全に手が回らないため、無作為に選ばれた人間にテレパシーを送る。そして森の聖霊に選ばれた人間は森を保全しなければならない、という衝動に駆られ、自分で間伐をしにいったり、それができない人はクエストとして依頼するらしい。

 トウロさんが受けたクエストもこの現象によるものです。

 ただトウロさんは誤って対象ではないモノを伐採してしまったらしく、そのせいでどこからともなく聖霊がやってきたため逃げ惑っていたという。普通の木が切られたことで、森を荒らす輩だと思われたのでしょう。

 いつも冷静で慎重なトウロさんが間伐する木を間違えるとは考えにくいので余程ゲッカさんのことを出されて動揺していたと見えます。2人に何があったのでしょうか……。


「なんか食べるモノ持ってないか?」


 あらゆるポケットを探ると…。


「あ、これなら……」


 無料であるモノは出来るだけ頂いておく、もらえるモノはもらっておくというあの頃の癖によって、居酒屋の個包装になっている薬味を持ってきていた。

 この見たことのある形は……私以外にもこの世界に来ている人はいるということだろう。

 それかそもそもこの世界のモノであったのがあっちの世界に持ち込まれたか……。


「薬味か……塩分補給にはなりそうだ」


 トウロさんは体を起こし、薬味を受け取ると、無造作に開封し、口の中へと流し込んだ。


「……酒が欲しくなるな」


「帰ったらみんなで飲みましょう」


「……キエンとリロは何か言ってたか?」


「キエンくんは昨日の夜からずっと心配していましたが、リロちゃんはトウロさんのことを信頼しているのかいつも通りの様子でしたよ」


「そうか……というかヒューガ、1人で俺を捜索しに来たのか?」


「いえ、リロちゃんとキエンくん、それと……」


 トウロさんはゲッカさんのことが得意ではないらしいので口に出すのが憚られますが……。


「ゲッカさんも……」


「ゲッカ……」


 トウロさんは眉を寄せ、嘆息をした。

 何があったんですか、と聞く勇気は私にはない。というかそういう気まずい話に耐えうるほどの親密度が築けていない気がする。

 と、その刹那──


「わ、わーっ!虫!虫!」


 木の上から角が2本生えたカブトムシらしき虫が落ちてた。


「バカ!声がでかいぞ!」


 虫は本当に無理なんです!あの足がいっぱいついている裏側は想像しただけで悪寒がします!

 小学生の頃、本当にお金がなく、天丼が食べたかった時にセミはエビの味がするらしいと聞き、公園で乱獲したことがありました。

 しかし……今考えれば泥抜きやら下拵えやらをしなかったのが原因だったのかと思いますが、セミを揚げた時に名状しがたい臭いに家全体が覆われました。しかし食べることはできるだろう、と幼い頭で考え、意を決して食べてみると、ソレはエビなんて大層なモノとは似ても似つかない、腐葉土のような臭いが鼻を抜け、気持ちの悪い汁が口の中で暴れ回るという、まさに生き地獄であって、私は床を悶え転がりました。

 苦虫を噛み潰した、という言葉の語源は今の私のような状況なのではないか、と錯覚してしまいそうでした。

 それからというもの、探すまでもなく、虫の嫌いなところが増えていきました。動物と違って何を考えているか分からないし……。

 ……ああ、あの咆哮が聞こえてくる。


「アイツが来るぞ!」


「ぐばぁぁぁぁぁぁぁ」


 聖霊は私たち(森を荒らした輩)を発見したことの喜びか、それとも森を荒らされたことの思い出し怒りのせいか胸をどかどかと叩き鳴らした。

 ただのゴリラじゃないですか?!


「くそっ!『段々と強くなる(クレッシェンド)斬撃(・スラッシュ)』!!」

 

 飛ぶ斬撃は聖霊の体を抉り削りますが、一瞬でその傷は元に戻ってしまった。


「アイツ、身体が魔力でできてるから、この森に溢れている魔力を吸収してすぐ傷を治すんだ!」


 つまり……どう倒せと?


「おい、ヒューガ!なんとかしてくれよ!!」


 トウロさんによって肩が揺すぶられる。私が招いてしまった事態なのでなんとかしたいところですが、為す術が……。

 そんなことを考えていると私たち2人を覆い被さるように大きな拳が襲いかかってきた──



「『整然とした道徳(タイディ・モラル)』!!」



 拳が身体に当たった感触はあるのですが、なんともない……。

 振り向くと、そこにはリロちゃんとキエンくんが立っていた。


「こちらから大きな音が聞こえたので来てみたら……そんなことをしている余裕があるなら大丈夫そうですね」


 リロちゃんが眉をピクピクさせて言う。

 私たちは……聖霊の攻撃に驚いて抱き合っていたのでした。


「いや、これは誤解だ、リロ!」


 私たちはすかさず、身体を押し合って離れた。


「言い訳なら後で聞きますからまずはアレをなんとかしましょう」


「『(ドラゴニック)(・バー)……』」


「キエン、やめろ!山火事になるだろうが!」


「あ、そっか」


 パーティーメンバーを助けようとするその心意義はいいと思いますよ、キエンくん!


「回復できないように一撃で仕留めるしかなさそうですね……」


「しかもヤツは物理攻撃しかしてこない」


「じゃあモッコモッコの時みたいに2人ともじゃんじゃん魔法使ってヒューガに魔力を溜めさせよう!」


「それしかないみたいだな」


 面白みがないのでもう2度と使いたくない禁断の手段でしたが、こればっかりは仕方ない。

 生きるか死ぬかの時に面白いか面白くないかなど考えていられません。 



 キエンくんが応援し、2人は次々と空に魔法を繰り出す。


「そろそろ魔力切れになりそうです……」


「俺もだ……」


 アレが来る──


「溜まりましたたたたた、皆さん離れてくださささささい!」


 2人が私の後ろへと回り込んだのを確認し、聖霊に痛いくらい振動をしている右手を翳し、魔力を放った。


「……やったか?」


 キエンくん!そ、それは特撮ではお決まりのフラグですよ!

 煙を掻き分け、見えてきたのは上半身が吹き飛んだ聖霊……ではなく五体満足の聖霊であった。

 実はモッコモッコの時にも感じていたのですが、最近私の隠しスキルの威力は紅瞳竜の時ほどの威力が出ていない気がするのです。

 あれほど固い外殻を持ち、魔力で身体を覆い、守っている紅瞳竜でさえも上半身を吹き飛ばしたというのだから、ぶにぶにのただの球体であるモッコモッコであれば跡形もなく消し飛んでも不思議ではないはずですが、風穴を開ける程度で収まってしまいました。とりあえず戦闘不能の状態できたのでよいだろうとあまり気にはいなかったのですが……。

 今回もしっかり魔力は溜まっていましたし……その証拠に腕はしっかり振動していました。紅瞳竜の時と何が違っているのでしょうか。


「ピンピンしてる……だと……」


「よく見えませんでしたが……避けられたのかもしれません。それか弾き飛ばされたか……」


 聖霊は反撃開始だ、と言うがごとく首をコキコキと鳴らし、蚊を大袈裟に潰すように手を大きく広げると、爆音を立てて閉じる──



「『荘厳な(オーサム)氷河(・グレイシア)』!!」



 その声と共に聖霊は私たちを挟む直前で氷漬けとなった。


「なんとなくこっちに来てよかったよ、危なかったねー。……あ、トウロいたんじゃん!おーい!」


 なぜか木の上に立って登場したゲッカさんは手を大きく振っている。

 私たちが助かった、という安堵の表情をしている一方、トウロさんはゲッカさんを睨みつけている。

 ここだけ見るとトウロさんが一方的にゲッカさんを嫌っているだけのようです。まだ会って2日ですがゲッカさんは結構大胆な方らしく、意外と無神経なところがありそうですし、知らず知らずのうちにトウロさんの逆鱗に触れていたという可能性もありますね。


「えー、怖いよ、何その眼」


 トウロさんは無言で『段々と強くなる(クレッシェンド)斬撃(・スラッシュ)』をゲッカさんがいる木に放った。

 あの高さから落ちたら死にますよ?!いくら恨んでいる人でも殺してしまうのはダメですよ、トウロさん!

 と思ったらゲッカさんは足元に氷で足場を作り、耐えた。


「おお、昔を思い出すねぇ」


 これは2人のお決まりの挨拶なんだろうか。だとしたら野蛮すぎます。


「……なんでここに来たんだよ」


「そりゃあ、トウロを見つけるため?」


「ふざけんな!俺のことなんて大事に思ってなかっただろ!」


「それは幼い頃の話だよー」


「えーっと……本当に2人には何があったんですか?」


 ついにリロちゃんが聞いた。聖霊と対面したことにより分泌されたアドレナリンが背中を押したのでしょうか。


「別に言わないでおく必要もないね、うん」


 ゲッカさんは一息つき、


「トウロはあたしの元カレ」


 その時、世界がゲッカさんの氷の魔法によって固まったかのように思えた。



「な……え?トウロが?」


「元カレって元々の彼氏ってこと?」


 キエンくんは10歳くらいの頃に孤児院に入ってきたらしく、その少し前にゲッカさんは引き取られたという。つまり少なくとも10歳以下の年齢でお付き合いをしていたということになります。

 10歳というとまだ小学4年生か5年生でしょうか。そんな年齢でもう恋愛しちゃうんですか?!19歳まで恋愛をしてこなかった私はどうなるんですか?!

 いやまあこの世界では16歳ではもうお酒を飲めるらしいので結婚できる年齢もあっちの世界より低いのかもしれない。そう考えると10歳やそこらで恋仲になっていても別段不思議なことではない……のでしょうか。

 トウロさんもゲッカさんも美男美女でお似合いのカップルだと思いますが……。


「とりあえず、移動しませんか!!この状況のまま話すのは気が気ではありませんので……」


 この炎天下の中、氷が溶けるまでが私たちの命のタイムリミットという状況では、どんなことを話されても頭に入ってくる気がしません……。



「続きをどうぞ」


 リロちゃんが腕を組んで真ん中に、その右脇に私、左脇にキエンくん、そしてテーブルを挟んで対面にトウロさんとゲッカさんが項垂れて座っている。


「続きも何も……ただ元カレってだけで……」


「そんなことでトウロがあんなになるとは思えません。トウロ、何があったんです、ゲッカ姐と」


「……ゲッカは俺と別れた後、すぐに彼氏を作ってた」


「「「……」」」


 日本の民法では確か100日間女性は再婚禁止というのがあった気がしますが、この世界でもそのようなルールがあったりするのだろうか。

 この沈黙は私には分からない。とりあえずみんなが黙っているから黙ってみたのですが、別れているなら誰と付き合ってもいいのでは?


「いやちょっと違うな。俺と別れる前からソイツと付き合ってた」


 ダブルブッキング?!


「そうなると話は変わりますよ、ゲッカ姐!」


「あー、それはー……」


「俺はさ!ゲッカ姐に初めて女の子の生の太ももを触らせてもらってさ!幼いながらここまで来たら結婚するんだって!責任取るんだって!思ってたんだ!」


 太ももを触っただけで……結婚?責任を取る?いやいや、恋愛は私にとって未知の領域のため分かりませんが、この世界においてそれは常識の可能性が……。


「相当こじらせていたんですね、トウロ….」


 ですよね。


「なのにその気持ちを踏み躙ったんだ、ゲッカ姐は!」


「まあ子供の頃の付き合うなんてそんなもんじゃない?」


「少しは悪びれてくださいよ……」



 それからゲッカさんはのらりくらりと答弁を続け、トウロさんもプライドを張るのが馬鹿馬鹿しくなってきたのか和解が成立した。


「まさかゲッカ姐に元カレが8人もいるとは……」


「俺も驚いたぞ……というか俺の前にも3人いたとは……」


「あのお姉さんモテモテなんだな!」


 アグレッシブ美人のイメージがファムファタールへと変わり果てました。


「トウロ」


「ん?」


「私の生の太ももならいつでも触っていいですからね?」


「リロの太ももには価値ない。だって昔から……」


 その後トウロさんはリロちゃんに杖でボコボコにされた。

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