69話 誘惑の淫魔②
「それじゃ、3人で今夜は楽しみましょうか」
「い、いやいや今日はそういった予定できたわけではないのでして……」
「”今日は”ってことは今度はそういった予定のために来てくれるのね?嬉しい!大丈夫、私は男も女もイケるし、初めてだって優しく手ほどきしてあげる!」
絶句。
「少し聞きたいことがあるんだ。よいだろうか」
「どんなこと?値下げの相談?ごめんなさい、身体を安売りするつもりはないのよ、私。ちょっとでも値を下げたらこぞって皆値下げを要求してくるでしょう?値が下がるということは価値も下がるということ。まだそんな時期じゃあないわ」
「そうではなく……」
その女の人は張った糸がぴんと弾けるように、けらけらと笑い出し、
「冗談よ、冗談。面白かったわー、あなたたちの顔。長くここでやってれば分かるわよ、そういうことをしに来たんじゃないってのはね。あとあなたたちが純潔ってのも」
なんてひょうきんな人なんだろうか。
「まあこんなところじゃなんだし、お部屋に行きましょうか」
とその人の提案を受け、私たちは奥の方へと進むこととなった。
薄暗い廊下。はめ殺しの窓が突き当りにあり、そこから入る月光だけが足元を照らしている。情欲の園というにはあまりにも無機質で殺風景と思える。
右側にひい、ふう、みい……むっつのドアが連続しており、手前から2つ目のドアが開かれ、私たちもそれに続く。
「ようこそ、私の城へ。私はシュチ。シュチ・ニクリン」
綺麗に整えられたベッドの上に腰を下ろしながらそう言った。私は長居したくない、ということを表すためにシュチさんの前に直立。シュウも適当なポジションを見つけられなかったらしく私に倣うように横に並ぶ。
くるくるとカールの効いた栗色の髪。袖の短い紺色のネグリジェから表れている肌は艶やかで、天井の照明を受けて輝いていた。私たちより4つか5つ年上だとは思いますが、溢れ出る妖艶なオーラは人生経験の濃厚さを醸し出していた。
私たちも軽く自己紹介をし、本題に入る。といっても主導するのはシュウであって、そもそも私はここに来たことに疑義を呈したい。情報収集ならもっと向いたところがあるはずです。リンがこんなところに来るほど淫乱娘とは思いません。
情報収集と言えば、ほら交番とかギルドとか。
「長いピンク色の髪をした、お転婆で常識知らずな一人称がボクの娘を見てはいないだろうか。名をリン・キオーヘンと言う」
私とは違って、シュウはここに来たのではないかと本気で疑っているらしい。
「その子がどうしたの?」
シュウは目で私が言うように、と促してきた。そうですね、ここは当事者である私が答弁を担当する必要があります。
「ああ、お恥ずかしい話なんですが、その娘と喧嘩してしまって……家出、というか宿出?失踪中なんです」
「ふーん、もしかしてその子ってさ」
するとシュチさんはベッドの下をがさごそと漁り始め、
「こんな感じの子?」
とピンク色の鬘を被り、両手を広げて笑顔を投げかけてきた。
「そ、そうです!知っているんですか?」
「いーや?知らないよ?」
シュチさんは理解が追い付いていない顔を見ると、鬘を剥ぎ取って頭上でくるくると回し、また高らかに笑ってみせた。
「あー、面白い。あなた可愛いわぁ」
イタズラっ娘が身体だけ成長しちゃったといった感じでしょうか。その笑顔はとても無邪気なものに見えます。
「逆に私がお金払うからさ、今夜一緒に過ごさない?スタイルもいいし、顔も綺麗だし、あなたの生まれたままの姿が気になるの」
「遠慮しときます」
「ふふ、冗談よ」
この人は何か「冗談」という言葉がセクハラの免罪符とでも思っているんでしょうか。
「えーっと……そのピンクの鬘はなんなんです?」
「これ?ただのコスプレ用よ。結構需要あるのよねー」
無用な情報をどうもありがとうございます。
「あ、出奔娘のことは知らないというわけでいいか?」
「うん、知らないわ。というかなんでそんな失踪中の子の情報を私が知っていると思ったの?ここは男性用よ?まあ女の子が来ちゃうことはないことはないけど……めったにないわよ?」
「実はだな、その娘は結構な好色家で、現にここにいるチカとは身体を交える関係で──」
「違いますって!1000歩譲って私が厨二病だという流言は許しますが、リンとの肉体関係を匂わすような流言はやめてください!」
「へーえ!あなたもどっちもイケるタイプなのね!なんだかシンパシーが湧いちゃうわぁ。純潔だと思ってたけど意外とやることやってるのね」
ほら、こういう人が近寄ってきちゃうでしょうが!
「うんうん、ということはつまり……その失踪したあなたのパートナーはそういうことするのがだぁいすきな子だから、もしかするとここに来てるかもって思ったわけね?」
「まあ……そうなるんですかね」
「痴情のもつれってやつだわね。分かる、分かるわ、分かっちゃうわー」
「そんな大層なモノでは……」
沈黙。話題が一旦途切れた。そう、私たち、というかシュウはリンのことを知っているか知っていないかという一点張りで来たので続く話が特にないのである。
無音の中、壁の向こうから規則的に蛙声が響いてくる。むずむずしてきます。
ここは外界から隔絶された性の空間。そういったところとは縁遠い私を居ても立っても居られないような、気恥ずかしさが頬をほのかに温める。




