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5話 甘美なる砕氷③

「……ってなんでこんなところに来たんですか?!」


「だってキミらが言うにはトウロは酒の飲み過ぎで倒れてるかもしれないんだろ?じゃあ調査するしかないじゃないか」


「一刻を争う事件かもしれないんですよ!どうしてそんなに危機感ってものが……」


 私たちはギルド近くの居酒屋ではなく、もう少し離れた歓楽街に来ていた。

 ギルドで見たことある顔もちらほらと見えます。

 ただでさえ気温が暑いのに、ここはといえばドランカーたちの呼気のせいで生暖かく、まるで燻製機の中にいるかのようです。

 というかそこかしこからお酒の匂いが漂ってきて、飲まずとも頭がクラクラとしてきました……。


「あそこにちょうどいい立ち飲み屋が!情報収集ー!」


「ゲッカ姐、ちょっと待ってください!」


 私たちもゲッカさんに追従する。

 なんて豪放な人なんだろうか。


「おっちゃん!果実竜の発酵唾液で!みんなそれでいいわよね?」


「そもそも飲むとも一言も……」


「安心しなよ、トウロはそう簡単に死ぬようなヤツじゃない。リロも分かっているだろ?」


 もしかするとこれはゲッカさんなりのアイスブレイクなのかもしれない。


「俺はじゃあ、おつまみに──」



 そうして3軒ほどハシゴし、トウロさんはここに来ていなかったことが分かった。


「リロ、酒強いわねぇ」


 リロちゃんは最初乗り気ではありませんでしたが、飲んでいくうちに気分が良くなったのか近況やトウロさんの愚痴などなどを話して楽しくしていた。

 ただリロちゃんもふと我に帰ったのかほんのりと赤い顔で、


「流石に!聖霊の森に向かいましょう!」


 私が1杯のお酒をちびちびと飲んでいる横で、2人の空きコップは次々と積み上げられていった。久々の強敵に穏やかなリロちゃんもムキになっていたのでしょうか。

 勘定はゲッカさんがしてくれたために分かりませんが、相当な金額になっていることは確かです。私たちも払おうとしましたが、ゲッカさんの強引さには勝てず、奢られてしまいました。


「久しぶりにこんなに飲んだー。キミたちと飲めて楽しかったよ」


 ゲッカさんはあっけらかんと言ってのける。


「……トウロもいればよかったんですがね」


「……だね」



 聖霊の森に到着した。木々の間から流れ込む日差しがまるで天から手が差し伸べられているように見えて、実にスペクタクルであり、まさに”聖霊”の森という名に相応しい神々しさでした。

 マイナスイオンどころか(あらた)かなるナニカが体に入ってきそうです。


「二手に別れよう。私とヒューガ、リロとキエン!探索開始!」


 たまたま私が隣にいたせいか、ゲッカさんは私の手首を掴み、リロちゃんとキエンくんの返答も聞かずに駆け出してしまった。

 当然ですがゲッカさんはここに来るのが初めてでしょうし、私もそうなのでこのチーム分けは望ましくないのではないでしょうか……。

 後ろでリロちゃんが何か叫んでいるようですが、そんな声もゲッカさんの俊足により、どんどん遠ざかっていく。

 リロちゃんが言わんとしていることはよく分かります。


「ここに来たことあるんですか?!」


「ないよ!」


 じゃあ私たちも遭難するかもしれないじゃないですか!


「旧知なのですからリロちゃんとペアになれば……」


「いやー、トウロと何があったのか聞かれそうだし……」


 リロちゃんには言えないことなのだろうか……。

 というかここまで近距離になると、ゲッカさんの強い魔力がダイレクトに伝わり……アレが来る──


「疼くっ!」


 私は右腕を抑える。止まらない!

 もうゲッカさんにあんな冷たい視線で見られたくなかったのですが!


「……」


 ゲッカさんは私の肩に手を置き、翼を負傷した雀を介抱する時のような憐みの顔をした。

 勘違いです!勘違いなのですよ、ゲッカさん!


「あたしもそういう時期があってね……」


「いや、私は、あの……」


 ゲッカさんは諭すような口調で語り始めた。


「元冒険者の孤児院の先生にあたしの魔力量の多さは珍しいって、神童だって言われててさ。あたしはこの世界で最も強くて特別な存在なんじゃないかと思って、色んな設定を作ってたんだ。あたしはある罪を犯して魔界から人間界に堕ちてきた悪魔である、とかあたしの固有スキルは、魔界の冷気を召喚することで生み出しているだとか本気で思っていたわけよ……」


「いえ、私はですね……」


「ある時、あたしがお母さんと喧嘩した時、そのままパン屋なんか継ぐもんか!と思って冒険者になってやろうと思った。そのためにギルドにモンスターの死骸を持っていってあたしには力がある、と証明して冒険者になってから事後報告しようと考えたの」


 この世界の人々は話を聞かないな、もう。


「それであるダンジョンに潜った。冒険者経験のない私だから攻略の勝手が分からずに最初は潜ったことを後悔したんだけど、段々と根拠のない自信がついてきた。そのおかげで順調にモンスターを倒していってボスのところに着いたんだ……だけどボスは強かった。今までのモンスターが弱くて思い上がっていたんだと気づいた。追い詰められて、脳内に今までの色んな思い出が流れてきたり、お母さんに謝らなきゃって思ってた時、ボスモンスターは一瞬にして炎によって消し炭になった。魔法の出どころを見ると、そこに立っていたのは大人の男の人。その人は半べそかいてるあたしの手を取って出口まで案内してくれたんだ」


 ここまで聞くと、その男の人に憧れて冒険者を目指す、という流れに見えますが……。


「でね、ダンジョンから出てその人と別れる時、謝意を伝えるために便宜上、冒険者さんって呼ぶと、俺は冒険者じゃなくて商人だ、って返された。そこで気づいた。商人でさえあたしより強い人がいる、あたしみたいな人間はこの世にたくさんいる、あたしは特別な存在じゃないんだってね。それからは冒険者は諦めてパン屋一筋になったんだ。だからさ、その……いつかヒューガにもソレを治すキッカケはあると思うからさ、ね?」


 なんとゲッカさんも厨二病だったという!シンパシー……いえ、私は厨二病ではないのでその言葉は語弊がありますが……。

 私を正しい道に戻そうとしてくれているゲッカさんの純朴な善意が心に沁みます……。

 勘違いなのですけど……。


「とりあえず歩いてきたけどさ……なんか魔力感知とかでトウロの位置特定できない?」


「私は玄人ではないので……」


 そもそもこの森は聖霊に守護されているだけあって普通の場所以上に魔力に覆われている。

 木を隠すなら森の中、という言葉がありますが、まさにそんな状況で、こんな魔力に満ち溢れた中からある1つの魔力の塊を見つけ出すのは困難です。巨大モッコモッコとの対面の時と似ています。


「とりあえず人力で探すしかありません」


「もうちょっと歩いてみようか」


 私たちが必ず探し出しますので、トウロさん生きていてください!

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