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64話 悩ましい選択②

「はぁー!ヤバい!ヒューガのいい匂い!ヤバいのだよ!」


 結局、議論に疲れた私たちは第三者的、またハランさんの気遣いに応えるためにも男子と女子で分かれることとなった。まあそういう結論になったのもリンが私と寝るということを譲らなかったということが1つの決め手ではありますが……。

 外側を向くように寝転んだ私に、左側にいるリンが同じ向きで沿う。背中の感覚から分かる通り、リンはどうやら私の肩甲骨の間の窪みに顔を埋めているらしく、現在も生暖かい風がそこを吹き抜けていっている。


「本当に今日だけですからね?明日からはテンユちゃんと寝てくださいよ?」


 これからモルゲンでの拠点はこの宿となる。その毎夜をリンと過ごすのは堪ったものじゃありません。

 ということで明日からはテンユちゃん、リンチーム、ハランさん、シュウの男性チーム、そして私の単独というのに編成し直すことにします。

 当面は国王様からもらった旅費という名のお小遣いで宿代にも困らないでしょう。なので少しはゆっくりできますね。


「分かってるって!だから最後の1日を堪能しようとしてるんじゃないか!」


「……とかいって寝静まった頃に私の部屋に侵入してくるんじゃないでしょうね」


 答弁拒否。


「あなたは一国の王女なんですからもっと貞操を大切にしてください……」


「ボクはヒューガに貞操を捧げる覚悟なのだよ!」


 リンにはお母さんがいなかったり、自分の誕生日を家族に祝われなかったり、箱入りで生きてきたために同年代の友人がいなかったり、と可哀想な境遇があるのは承知しています。それで初めて仲良くなった同年代かつ自分のためだけに誕生日を祝ってくれたということで私を好きになってしまうのも少しは分かる気がします。もともと同性を好きになるという素質があったようですし。

 それでもここまでゾッコンになられてしまったのは恋愛や交友をしてこなかった弊害なのでしょう。まあ私も同じような感じなので偉いことは言えませんが……この娘は何か”好き”というのを勘違いしているのではなかろうか。そう、リンは経験不足のために私への謝意やシンパシーを恋愛的感情だと解釈してしまっているとか……。

 もしかしたらリンは、環境に左右されただけの単なる被害者なのかもしれません。


「そもそもですけどね、リンは貞操と言うのが何か分かってるんですか?」


 私は外側を向きながら口を動かす。


「馬鹿にしないでくれたまえよ。貞操っていうのはヒューガの──」


「それ以上は喋らないでください」


 危ない。リンの口からぼろぼろと卑猥な言葉が放出されるところだった。夜であってもそんな話は耳に入れたくない。


「そういえば──」


 はしたない会話から軌道修正するために、リンについて気になっていたことを問いかける。


「リンの本名って何なんですか?」


 数秒の沈黙ののち、

 

「気になるの?」


 そりゃあ気になる。王女様なのだからそれはそれは高貴で優雅で長ったらしい本名をお持ちでしょうし。

 まあ知ったところで「へー」という感じではありますが。


「あなた、全部の秘密を共有したいとか言ってませんでしたっけ?」


「よく覚えててくれたね……別に隠したいわけじゃないんだけどね」


「リン・キオーヘンってのは偽名なんですか?」


「姓はね。でも名前の方は……。耳貸して、ヒューガ」


 私は言われた通りに寝返りを打ち、リンの口元の近くになるように布団の中で身体を捩って寄せた。


「ボクの本名は──」


 先ほどまで背中で吹いていた暖かい息が耳元で駆け抜ける。

 数瞬、答えを待っていると──


「なっ!」


 耳元のある柔らかい一点から暖かさが一気に全身へと駆け巡る。


「何してんですか!」


「冗談なのだよ。冗談!」


 私は耳たぶをリンに食まれたのでした。


「冗談で済みますか!」


「いやー、1回やってみたくて……」


「もういいですよ、寝ます」


「あぁ!待って!ちゃんと教えるから!」


 今度変なことをしてきたら正当防衛ができる言い訳になると思い、疑心暗鬼のままもう一度耳を傾けた。


「ボクの本当の名前はね──」


 今度はちゃんと言葉を囁いたようだった。


「……?」


 何か人の名前とは思えない複雑な単語の羅列のような。これが名前なんですか?

 しかしその中に微かですが”リン”と聞こえた気がする。


「難しいだろう?」


「え、ええ……」


 よく聞こえなかったというわけではなく、夜で思考機能が低下しているのも相まってか脳が読み取りを拒否したという感じです。


「でもまあ……リンはリンでしかないですから」


「これからも"リン・キオーヘン"としてよろしく頼むのだよ」


 リンが王女だとバレたら周囲の人々どころか街、その地域一帯を混乱させてしまいますからね。

 そうして小声で話していた私たちは、気づけばベッドの中で自然と顔を合わせる形になっていた。

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