63話 悩ましい選択①
「どうしましょうか……」
ハランさんはテンユちゃんを預かった後、自分も眠くなってきたということで一足先に宿に向かった。
そう温泉のフロントの方から言伝を聞き、私たちもそこへと向かってみると──ありがたいことに私たちの部屋まで取ってくれていた。しかし、
「2人部屋と1人部屋ですか……」
あろうことか3人の部屋は2つに分けられていた。女子と男子の寝る場所を分けるという常識的な考えができる、私たちの事情を何も知らないハランさんの心遣いなのでしょう。
2人が寝ているという部屋を覗いてみると、寝相で折角のベッドメイキングをごちゃごちゃに乱しているハランさんの上に、テンユちゃんは大の字でのしかかりつつ熟睡していた。まるで親子のようです。
「ぐへへ……ダ、ダブルベット……」
リンは気味の悪い笑い声を漏らして横目で私を見てきた。
そう、2人部屋はもれなく枕と枕がぴったりくっついているというダブルベッドなのでした。
この宿は配慮に欠けていますね。2人での宿泊はカップルしかいないと考えてるんですか?流石にそれは乱暴でしょう。
私はリンから向けられている期待の視線をよそに、
「じゃあリンが1人部屋ですね。それではもう疲れたのでまた明日」
私はシュウの腕を引っ張って2人部屋へと向かっていった。
すると、
「それはおかしいのだよ!付き合ってもない男と女が一緒の部屋で寝るのなんて!許されないのだよ!しかもボクのヒューガが!」
とリンはシュウのもう一方の腕を引っ張って反論してきた。
私たちに挟まれたシュウは、痴話喧嘩真っ最中の空間内に間違えて紛れ込んでしまったかのごとく迷惑そうな顔を天井に向け、八つ裂きの刑直前のような体勢で固定されていた。
「私はシュウの方がリンと一緒に寝るより安心だと確信しています。それに……私たちは既に一夜を過ごした仲ですから。そうですよね?」
「ま、まあ。言い方は気になるが……」
「はぁ?!どういうこと?!説明して!ねえ、ボクが納得できるように説明して!まさかいかがわしいことしていたわけじゃないだろうね!」
リンは引っ張る力を強めたらしく、シュウは顔の左半分を歪めた。
「……するわけないだろう。チカが王都に来た初日、寝る場所に困っていたから俺の宿の部屋を貸した。それだけだ。それにベッドは分かれていた」
重要な経緯が省かれていますが、結果だけで言えば正しいですね。
「そんなのボク聞いてないんだけど!」
「リンに会う前だし、別にわざわざ言うことでもないだろう」
「いや!言うべきだね!人の女に手ぇ出しといて何も言わないとかダメに決まっているのだよ!例えばさ、キミはボクが普段使っているナイフを何にも言わずに借りても何事もなかったかのように返す無礼者なのか?!」
これまでのリンの言葉は全て暴論に等しい。
誰があなたのモノだと言うんですか。勘違いも甚だしい。
「……ああ、そうだな。すまん、俺が悪かった。やはり社会通念的に見てもここは俺が1人で寝るのが自然であるし、適切だろう」
シュウはもうどうでもよくなり、というか早くベッドにダイブしたいらしい。自身に非はないのにも関わらず心の籠っていない謝罪をし始めた。
しかし私としては引くことなどできない。もしリンと2人きりの部屋になってしまったら……想像したくもありません。まだまだ純潔は保っていたいのです。
「当たり前なのだよ!さ、早くシュウは1人部屋に行って!早く行って!」
思いっきり引っ張られていたシュウの腕がリンから離されると、膝近くで跳ねた。
そしてやっと解放された、と安堵の表情を浮かべ、1人部屋へと爪先を向けるものの──
「ダ、ダメです!」
私の精一杯の腕力に阻まれた。
「ヒューガはどうしてシュウと一緒に寝たいのさ!ボクとしてはそれも許せないんだけど!」
「あんたが破廉恥なことしてくるからですよ!一方のシュウは何もしてきませんし、どっかの奇人と違って紳士的なんです!」
「ぐぬぬ……」
今夜は襲いません、とでも建前的に誓いを立てておけばいいのに、本能的な部分が勝ってそんな言葉すら思い浮かばないのでしょうか。
「ではこういうのはどうでしょう!」
私はまだ議論されていないパターンを思いつく。
「私が1人部屋ということは!」
シュウとリンは顔を見合わせ、そして2人はすぐふいっと背けた。というかリンが一方的にそうしただけで、シュウは慌ててソレに従ったようだった。
「今日、話を聞いて分かった!シュウもボクの恋敵、ライバルなのだよ!ボクはそんな人間と夜を共に過ごすなんて到底できない!もし同じベッドで寝てしまったら、枕で窒息だとかベッドから転落だとかの何らかの事故が発生して朝になってもシュウが起きてこないことになるかもしれないのだよ!そうなったらヒューガは殺人教唆か色欲の罪に問われることになっちゃうのだよ!いいの?!あ、でもでもボクの婚約者になったら免責特権が得れるわけだけけど……」
「はぁ」
リンを魂の同志と呼んでいた感情はどこへやら、シュウでさえリンには呆れる表情を見せるようになってきた。
このわがままっぷりには私も溜息を吐きたくなります。こういう頑固、強情というか筋を曲げないというのは、一国の姫らしいといったところでしょうか。
今までどんな願いでも叶う環境にいたんですもんね。そう簡単に習慣は変えられないでしょう。ソレはよく分かります。
……持っているのが普通の性質だったならば特に言及はしません。しかしリンはそうではありません。普通というモノの対極にいる存在なのです。
その特殊な出生であっても、せめて真っ当で健全な貞操観念を持ってさえすれば施しようがあったのですが……。




