51話 永別の刻印②
「うん、ボクが案内できるのもこのあたりまで……かな。あとはさっき言った通りさ」
私たちは天井裏を這って移動して裏門の近くまでやってきた。そこは真っ暗闇であり、人一人がぎりぎり通れるような場所だった。しかも色んな通路が交錯していたので、もしリンの案内がなければ、”天井から聞こえてくる、女のすすり泣き”として王城の七不思議に登録されていたことでしょう。
「毎回あんなところを通ってるんですか?」
「いーや?あそこは1番バレにくい最終手段的なルートってだけさ。ボクも通るのは久々だったのだよ」
「そ、そうですか……」
一体これまで何回試行錯誤を繰り返してこの王城から脱走してきたのだろうか。
「それにしても……本当に衛兵が見当たらないな」
「ええ、天井裏にいた時も全く人の声は聞こえませんでしたね」
そこは少し開けた王城内の広場。私たちは茂みへ茂みへと移っていき、慎重に歩を進めてきた。
こんな広場に誰もいないというのは不自然なのですが……。
「あっ!人が来る!隠れて!」
私とシュウは背伸びをしたリンに頭のてっぺんを掌で重力方向に押されて強引に茂みに戻され、状況が把握できておらず、突っ立っておろおろしているままのテンユちゃんをシュウは手を下に引っ張って屈ませた。
「おいおい、聞いたか?!」
「ああ!もちろんだとも!」
2人の若い衛兵が並んで、裏門とは逆の方へと走っていた。一体何をそんな慌てているんでしょうか──
「まさか王女様の水着プロマイドが正門で配布されてるとは!」
「今まで頑張ってきた甲斐があるってもんだ!」
え?水着プロマイド?
私たちの視線は自然とリンに集まる。
「……も、もう!お父様ったら……っ!」
リンは赤らめているのを隠すためか両手で顔を覆った。
「えーっと……国王様の権限で……」
「リンの半裸を正門で配布して、裏門への警備を少なくした、と……」
というか仕事してください、衛兵。
でもまあ家臣がリンに盲目的だからこそできた作戦ですね。皆、リンの人柄ではなく容姿に関して好いているというわけなんでしょうか。どうやら衛兵はリンのファンクラブと化しているらしい。
「恥ずかしいけど……ヒューガが欲しいって言うなら……」
「いりませんよ!そんな破廉恥なモノなど!」
リンは胸元からプロマイドであろう1枚の紙を取り出し、ぺらぺらと私の前で揺らしている。
「んー、じゃあテンユに」
「え、あ、ありがとう?」
小さな手を伸ばして受け取ると、
「ひっ!」
女児には刺激的な、リンの豊かな身体を見てしまったためか、テンユちゃんは何かに恐れ慄くような声を出して後ずさった。
「そんなモノ受け取っちゃダメですよ!」
私はすぐにテンユちゃんからプロマイドを奪い取り、表を見ずにビリビリに破り裂いた。
「あー!限定5枚しかないレアモノなのに!」
「やろうと思えばいくらでも作れるでしょうが」
「じゃあ……カメラマンはヒューガにお願いしようかな?とびっきり過激なモノでもヒューガのためなら……」
「やるわけないでしょうが!」
といつものようにリンの変態的言動に私はツッコむ。しかしふと思った。こんなフザけたことができるのもこれで最後かもしれない、と。
いや、別にこれからもリンの変態的言動を見聞していたいというわけではなく……やっぱり寂しいのです。どう表現すればいいか分かりませんが、ピュートの3人とはまた違うような”こういった仲”になった人というのはいまだかつてありませんでしたから。
「ふふ、そのツッコミ!それでこそヒューガなのだよ!」
「褒められても……全然嬉しくないですよ」
リンは声を出さずに、にこりと笑いかけてきた。
「さ、もう行くといいよ。多分裏門にはもう誰もいない。ボクのプロマイドのおかげでね!」
「リン……」
涙がこぼれそうになる。別れとはこんなに悲しいものだったでしょうか。
小学校でも中学校でも高校の卒業式でも泣かなかった私なのに……リンとはたった数日限りの仲なのに……。
「キミたちには世話になったね。ふふっ、本音を言えばもっとヒューガの下の世話をしたかったけれど」
「あなたって人は……」
最後までフザけた態度をとるリン。悲しさを軽減させる彼女なりの術なのでしょう。
「みんなと旅ができてよかった。1人だったらあんなことできなかったろうし……箱入りで暮らしてきたボクにとってキミたちとの数日間は一生の思い出さ!」
「おねえちゃん……」
「我が同志よ……」
テンユちゃんは俯くようにして、シュウはリンに背中を向け、2人はそれぞれの顔の隠し方をした。
私は震える声を抑えつつ、
「また……また会えますよね?」
「会えるさ、きっとすぐに」
リンは少し間を空け、
「最後にさ、ボクからヒューガに渡したいモノがあるんだ。いいかな?」
「あ、え、すいません!私からは何も用意しておらず!な、何かあげれるものは……」
「いいんだ、ボクはキミからいっぱい色んなモノをもらった。これはボクからのせめてものお礼の気持ち、餞別さ……目を瞑ってくれるかな?」
「は、はい……」
私は涙が出てくるのを防ぐように瞼を落とす。
すると──
「んっ」
唇に何か柔らかいモノが当たった感覚。生暖かく、少し湿っていて……それでいてどこかパウダリーな香りがほのかに口元に残る。
私はソレに驚いて目を開くと、私の正面に、極めて近距離でリンの端正な顔があった。
「え、な、なんですか」
「んー、なんでもない!それじゃ!」
リンはそれだけ言うと、振り返ることなく、王城の方へと駆けていった。
「……最後まで変な女でしたね。あの、リンは一体何を?」
観察者であった2人に尋ねてみるものの、顔を背ける。
その横顔は、日に照らされただけでは染まらないような赤色であり──
「も、もしかして……っ!」
気づいてしまった。リンの性格、あの唇の感触、2人の妙な様子、そしてこれで最後という状況。すべてを鑑みると……出る答えは1つしかなかった。
そう、私はソレが何であるか知りませんが知っていました。




