1話 王都の洗礼
紅瞳竜を倒してから半年ほど経った頃、私はある決心をした。
「私、王都に行ってきます」
「ヒューガが行くって言うなら俺らもついていくぞ?」
「いえ、私1人で行きます」
私は今までに例を見ない親子紅瞳竜殺しとして街中でちやほやされていました。
それもそのはずでそもそも紅瞳竜は親子一緒にいることは少なく、ましてや紅瞳竜1匹倒すだけでも相当な労力を要します。
ちやほやされるのは悪くないのですが……。
「ヒューガは俺たちの超火力枠だ。もしいなくなったら……」
このようにパーティーは私の隠しスキルに頼るようになってしまっていました。
というのもどんな強敵でも私の右手に魔力が溜まるまで耐えれば最終的に吹き飛ばすことができてしまう。
そのためこのままではトウロさんたち延いては街の人々までも刀を磨ぐことを怠って弱体化してしまいます。
「私たちに不満があるなら言ってください!仲間でしょう?」
リロちゃんは不安そうな顔で私を見上げる。
「不満なんてとんでもない!これまでの毎日本当に楽しかったです!」
家計を支えるために遊ぶ時間を削って放課後もバイトをし、どうせ高校卒業後疎遠になるのだからと友達を作らないことを自分自身に納得させた私にとってこのパーティーで過ごす時間は青春が返ってきたかのように感じました。
しかしそんな日常は慣れていないからなのかふと私が私でないような感覚を持った。
妥協すれば死んでしまうかもしれないという環境で生きてきたせいでぬるま湯に浸かっているのは私の性に合わないのだと思いました。
「じゃあなんで……」
「私はもっとこの世界を知りたいんです」
「……だから最先端のものが集まる王都に行きたいってわけか」
これも1つの目的であって建前ではありません。あなたたちは私に頼りすぎです、と直接言うのは酷でしょう。
半年以上この世界で生きてきて、この世界に愛着が湧いてしまった。自分の愛してるモノをより知ろうとしたいのは人間の本能であると思います。
恋愛においても好きな人の好きな食べ物や趣味、果ては居場所でさえも知りたくなると聞いたことがあります。私自身は恋愛というものに触れてこなかったのでよく分かりませんが。
「でも1人で行く必要なんてないだろう」
トウロさんは半年間やってきた戦略が変わってしまうことをリーダーとして危惧しているようです。
「これは私の成長のためでもあるんです」
「成長?」
「皆さんと行けばそれはもう楽しいことが待っているでしょうし、私が苦手なコミュニケーションをトウロさんやキエンくんが率先してやってくれたり、リロちゃんが便利な魔法を使ってくれたりするでしょう。しかしそうやってずっとやってもらってるだけじゃダメなんです」
「……確かに私たちもずっとヒューガに頼ってばっかりでしたね」
リロちゃんの緊急脱出的魔法も紅瞳竜の卵回収クエスト以来見ていない。海に行った時でさえ使われなかった。
それほどにリスクのない平和な日々だったということです。
「要するにヒューガはこのパーティーから脱退して遠いとこに行っちゃうってことか?」
今まで黙って腕を組んで考えていたキエンくんは、ようやく頭の中がまとまったようで口を開いた。
「あ、もう完全にこっちに帰ってこないわけではないですよ?」
「ただ勉強しにいくだけなのか?」
「まあそうなりますね」
「寂しくなるな」
キエンくんはお気に入りのおもちゃを失くした犬のようなしょんぼりとした顔を見せた。
やめてください。そんな顔されたらヨシヨシしたくなってしまう!
「決意は固いのか」
「私は1度言ったことはやりきる女なので」
「そうか……じゃあ俺たちもヒューガが帰ってくるまでに成長しないとな」
トウロさんは、はにかみながら爽やかな笑みをみせた。
「ヒューガに負けないようにいっぱいクエスト受けようぜ!」
「私もヒューガのパーティーメンバーとして恥じぬように頑張ります!」
「さよならは言わないぞ、ヒューガ。俺たちはここでまた一緒にクエストを受けるんだ」
今生の別れではありませんが、彼らと過ごした半年間を思い出すと込み上げてくるものがありました。
「はい、また今度!」
帰ってきた時に私の代わりに誰かが超火力枠に就任していたらどうしようとふと考えてしまい、余計に泣きそうになった。
王都なだけあってピュートからも直通便が通っていたため、1週間ほど馬車に乗った。
木製の車輪は石やでこぼこ道などで振動をダイレクトに伝えそうですが、意外にもそんなことはなく、快適な旅でした。
修行として徒歩で向かってもよかったのですが、そんな気力は私にはなかった。
王都メルサ。ここは国の中央に位置し、東西南北を繋ぐ交通の要衝地であり、王を喜ばせよう、驚かせようと各地から色んなモノが集まる。
「大きい……」
私がこの世界に来て最初に見た街がピュートであったためかより感動した。
ピュートも冒険者街としてそこそこ栄えていると思っていましたが、王都は異常なほどに都会的でした。
中央に聳える純白な王城。ピュートの2倍以上の広さがあろう大通り。祭りでもやっているのかと思うくらいの人の数。食べ物ではなくポーションや魔道具を売買している露店。
どれもこれも私の目には輝いて映った。
「おう、姉ちゃん。新参者かい?」
話しかけてきたのは無精髭を生やしているのにも関わらずどこか清潔感のあるおじさんだった。
「どうして分かったんです?」
「そりゃ服装見れば分かるさ。1世代前のモノなんだから」
スーツではこの世界の雰囲気を壊してしまうと思い、リロちゃんに選んでもらった魔法使い的衣装。それはこの街では遅れているモノであるらしい。
「何か困ったことはないかい?」
都会は色んなところから人々が来ているだけあって互助の精神が根付いているのかもしれない。
「ではギルドの位置を教えてください」
「ギルドね。王城の東門の正面にあるよ。ここは西区だから反対側だな」
馬車の発着場は西区しかありません。これは西区にある立派な王城の正門を観光客や来賓に見せびらかすという魂胆なのは分かりますが、ギルドはなぜ西区にないのでしょうか。西区にあれば人が増えてより栄えているように見せることができると思うのですが。
「この西区にはないんですか?」
「確か17年くらい前か、東区に統合されたんだよ」
つまり北区にも南区にもギルドがないというということだろう。なんて不便利な街なのでしょうか。
「ご親切にどうもありがとうございました」
そう言って立ち去ろうとすると、おじさんはネギを背負った鴨を見るような笑顔でこちらを見た。
「お礼のつもりでさ、ウチでなんか買っていってよ。姉ちゃん冒険者だろう?ウチのは全部役に立つと思うよ!」
都会はモノを売るチャンスは待つのではなく、迎えに行くのが常套らしい。まさに商人魂といったところでしょうか。
「そうですね。折角ですし、何か買いましょうか」
「おう!太っ腹だねぇ!そんな粋な姉ちゃんにはサービスするぜ!」
そうして私はおじさんの店に案内された。
「どうだ。すごいだろう」
店の棚は色んな種類のポーションで埋め尽くされていた。ポーションの色がグラデーションのように並べられていることからおじさんの几帳面さが窺えます。
「俺は貿易商でな、各地から面白いポーションを買い集めてるんだ」
「私あまりポーションには造詣が深くないので、何かオススメなどあったりしますか?」
「そうだな、これなんてどうだ?」
手渡されたのは緑色をしたポーションでした。
「これはな、モンスターを呼び寄せる効果があるんだ。冒険者にうってつけだろう?」
「モンスターを呼び寄せる……ですか」
王都に来た目的として私自身の成長という面がある。それを考えたら好きな時にモンスターを呼び寄せて戦えるのはありなのかもしれません。
王都では商人を保護するために多く冒険者を雇っていると聞いています。
「よかったら試飲してみてよ。ウチのポーションは味にもこだわってんだ」
するとおじさんは棚の前にあったテスターらしき瓶を取り出し、コップにちょろちょろと注いで私に渡してきた。
「ほら、ぐいっと」
「いただきます」
緑色の飲み物と言えばメロンソーダなので私は勝手にメロンソーダの味を想像して飲んだ。
しかし……なんだこれ?辛っ!麻婆豆腐?これ麻婆豆腐だ。麻婆豆腐を飲み物として味わっているのがなんとも不思議な感覚がした。
でも美味しいな、コレ。辛いですが、それもご飯を進めるアクセントとなりそうです。
「じゃあ買います」
「気に入ってもらって良かったよ。よし、じゃあサービスとしてもう1本買ってくれたらそのうちの1本無料にしちゃおう!」
「ありがとうございます!」
「ただしもう1本は俺のオススメじゃなくて自分で選んでくれ」
そうして私は棚中のポーションを吟味し始めた。
色や見た目だけでは分からないので裏のラベルまでしっかり見て、効用を確認します。
私が真剣に選んでいると時間がかかりそうなことを察したおじさんは帳場で肘を立てて睡眠を開始した。私がポーションを盗んで行くとは考えないのだろうか。
「これは……」
マグマのような色をしたポーション。商品名〈爆爆爆〉。服用して1番最初に放つ魔法の威力をその人の魔力総量に応じて数倍に跳ね上げる……私にぴったりじゃないですか!これにしましょう。
消費期限もしっかり確認しなければ……。
そう考えて棚の1番前に置かれていた『爆爆爆』を取ると、その後ろにラベルの貼られていないポーションを発見した。フタには変な模様が書いてあります。
こちらはマグマのような色というより紅葉のようなオレンジがかった赤色をしていました。
これはどんな効用があるのでしょうか。
「おじさん!」
おじさんはいびきをかいて寝ていて私の呼びかけに応じない。
仕方ないので揺すってみる。
「お、おう、買うモノ決まったか?」
「はい、これで」
帳場に〈爆爆爆〉とラベルの貼られていない瓶を置く。
すでに麻婆豆腐ポーションは買うことを前提として帳場におじさんが置いていた。
「お?3本買ってくれるのか?」
「いえ、〈爆爆爆〉の後ろにあった瓶なのですが、ラベルが貼られておらず、どんな効用なのか教えていただきたくて」
「ラベルが貼られてない?」
おじさんはその瓶を取ると、前後させてみたり、振ってみたり、他の瓶と照合させたりした。
「うーん、分かんねえな。このフタの模様も見たことないし……」
「そんなのが置かれていていいんですか?」
「ダメだな、ラベルが貼られてないのは売れない」
おじさんはどこで仕入れたのか思い出すようにうーんと唸り声を上げた。
「じゃあ姉ちゃん、これもらってくれ」
「いいんですか?」
「ああ、売るのはダメだがあげるのは法律上問題ない。それに冒険者なんだから謎のポーションを試す機会もあるだろう」
そんな謎のポーションなんて怖くて試そうと思わないのですが。
「〈爆爆爆〉の後ろにあったってことは多分、魔力増大系のポーションだと思うんだ」
「じゃあ一応もらいます」
「よければそのラベルなしポーションを使った後どんなだったか報告してくれると助かる」
「了解いたしました!」
おじさんの店を出て、ギルドへと向かう。王城を突っ切ることができれば早いのですが、流石にそんなことはできないので南区を通って東区に向かう。
そうして街を観光しながら歩いていると暗い路地からきらめく眼光が近づいてきているのが分かった。
「にゃっ!」
「痛い!」
飛び出してきたのは猫でした。咄嗟に右腕でガードしたものの爪の跡がしっかりつけられ、少量ですが血も出てしまっている。
出会い頭で攻撃をしてきた猫は地面に着地し、身を翻すと2度目の攻撃として私の右腕に噛みついてきた。
「こら!何してるんだ!」
幸い近くに街の人がいたため、猫を引き剥がし、助けてくれました。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「血は出ちゃいましたけどなんとか……」
「ここを真っ直ぐ行って突き当たりを左に行くと青い色をした建物がある。そこが病院だ。行くといい」
「どうもありがとうございます」
レーシック魔法なる眼の治療があるのはトウロさんから聞いていましたが、こういった外傷はどう治すのでしょうか。そういうポーションがあるのかはたまた回復する魔法があるのか……。
この世界で初めて病院に来た。やはりと言うべきかおじさんの店のようにポーションがずらりと並んでいた。しかし色に統一性はなく、単に置いているだけのように思える。
「今日はどうされました?」
受付や看護師がいないので入った瞬間に奥に座っていた女医がこちらに振り返ってそう言った。
「これです」
私は猫にやられた傷を見せた。
「あらあら、何があったの?」
「猫にやられまして」
「ネコ?ごめんなさい、ネコっていうのはなんなのかしら?」
もしかして私を攻撃してきたアイツはこの世界において猫とは呼ばれないのだろうか。
まあ異世界なのだから当然と言えば当然なのですが。
「あのー、爪が鋭くて三角の耳を持つ……」
「ああ、シルヴェトリスのことかしら?もしかしてあなたここらへんの人じゃないの?」
「シルヴェ……あ、はい。ピュートという街から今日やってきたんです」
「ピュートって言ったら南西の方にある街ね。ネコって言うのはそこらへんの方言なのかしらね」
面倒くさいのでそういうことにしておきましょう。
「それはいいとして、とりあえず処置をしましょう」
女医はそう言うと椅子の横に置いてあった小さな木箱から包帯を取り出した。
「あの……」
「どうかした?」
「魔法とかポーションで治さないんですか?」
「外傷は治せないのよ。ピュートってそんな魔法が発達してない田舎だったかしら」
私のせいでピュートに変なイメージを植え付けさせてしまった。
女医は私の傷口を消毒液を染み込ませたタオルで拭き、ガーゼを当てるとその上に包帯を巻きつけた。
「これで処置は完成」
包帯をテープで止めて女医は言った。
「どうもありがとうございます」
「でもなんでシルヴェトリスがあなたに攻撃したんでしょうね。モンスターではあるけれど温厚で人間に友好的なはずなのに……」
1つ思い当たるモノがありました。麻婆豆腐ポーションです。その効用はモンスターを引き寄せるというモノ。おじさんに煽られて飲んでしまいましたが、まさか街にモンスターがいるとは思いませんでした。王都ならではなのでしょうか。