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2話 海に棲む球技用具②

「さて、腹も膨れたし」


「残りの作業をやるか」


 2人が獲ってきた名前の分からないその魚は、海の潮によって既に味付けされていて美味しかった。

 このような野外で魚を食べるといった経験もスパイスになっているのかもしれません。


「後は何をやればいいんです?」


「後は……海の中はどうでしたか?」


「見た感じモンスターはいなかった」


「俺も見てない!」


 魚を獲りにいったのは、海中の偵察も込めていたらしい。


「じゃあ後はコートの設置だけですね」


「コート?」


 この世界にもビーチバレーがあるのだろうか。


「ご存知ないですか?」


「バレーですか?」


「ばれー?それはよく分かりませんが、モッコモッコのコートですよ」


 なんだそれは。


「モッコモッコというのはモンスターの名前のことなのですが、紛らわしいことにゲームの名前でもありまして、ネット越しに手や足を使って相手に打ち返して、自分の陣地内に落とさないようにするというものてす。」


「モンスターを?」


「モンスターと言ってもモッコモッコは、海底に住む知能がほとんどない人畜無害な緑色の球体です」


 マリモのようなモノだろうか。

 というかただボールがモンスターに置き換わっただけのバレーじゃないですか!

 バレーといえば私の独壇場ですからね。

 目に物見せてあげましょう。


「モッコモッコは海ではメジャーなスポーツなのですが……」


「やっぱりヒューガはド田舎出身だったんだな!」


「失礼ですよ、キエン!」


 この2人の会話にはデジャヴを感じた。


「ではキエン、ネットとポールを出してください」


 すると一際膨らんだバッグからソレらを取り出す。ネットが2つと折り畳まれたポールが4つ。パンパンになる理由もよく分かります。


「ネットを張るのはお任せください!」


「分かるんですか?」


「ええ、似たようなモノをやっていましたので」


 私はベンチウォーマーだったので、レギュラーの方々が準備している間、ネットを張ったり、ボールを出したり、モップ掛けをしたりなど色々していました。

 張ってきたネットは数知れません。



 私の手際の良さによって、2つのネットは10分もかからず完成した。


「すげぇ……」


「こんな才能があったとはな」


「モッコモッコすら知らなかったのに……すごいです!」


 こんなところで役立つとは、ベンチウォーマーで良かった!

 私にとっては朝飯前なので、3人からの視線が少しもどかしい。


「これでクエストは終了だな」


「そうですね……」


「じゃあ……遊ぶぞー!」


 トウロさんとキエンくんは既に水着だったのでそのまま海へ駆けていった。


「私たちも着替えましょうか」



 リロちゃんの水着は藍色でフリルのついているモノ。日本で生きていた私にとってスク水にしか見えない。


「調子に乗ってしまいました……」


「似合ってますよ?大丈夫です」


 海に行くということになり、リロちゃんと一緒に買いに行った水着。

 この世界で初めての海だったのでテンションが上がってついビキニなんてモノを選んでしまった。

 家族としか海やプールに行かなかったため、今までは人目を気にせずにいつもスク水だったのでビキニを着るのは初めてです。

 ビキニは陽気でセクシーダイナマイトな人が着るモノだと分かっていたのに!私には刺激が強すぎると分かっていたのに!

 やってしまった感が拭えません……。


「トウロー!キエンー!」


 バシャバシャと水を掛け合っていた2人が同時に振り向いた……。

 と思ったら逆の方向に顔を向けてしまった。

 もしかして私の見苦しい水着姿を見せてしまったからでしょうか……。


「男の子ですね。私の水着姿など2人とも腐るほど見ていますが、ヒューガの水着姿は初めてなので恥ずかしがってるだけですよ」


 そうなんだろうか。キエンくんはまだしも、トウロさんまで恥ずかしかるのは、やはり年頃の男の子なんだと感じられて少し安心した。


「モッコモッコでもやりましょうか」


 リロちゃんはあるバッグからモッコモッコを取り出した。思っていたより大きい……。ソフトバレーのボールくらいあるでしょうか。


「やってやりますよ!」


 これまでの練習の成果を今!ここで!──


 私は初心者相手にこれでもかというほど無双してしまった。レギュラーになれなかった分のバレーを全てここで発散しようとしていた気がします。

 キエンくんと同じチームだったのですが、ほぼ私のワンマンプレイであり、そんな私に3人とも少し引いてしまっている。


「ちょ……強すぎるぞ」


「やってましたよね、モッコモッコ!?」


「ヒューガ、すごいな!」


 これは大人げなかった。なにせ私はバレー経験者ですからね。

 独活(うど)の大木でしたが。


「では3人でかかってきていいですよ」


 思い切ったことを言ってしまった。まあ私は経験者なので元々これくらいのハンデが必要だったのでしょう。


「言うじゃないか、ヒューガ」


 トウロさんは細い顎をさすりながら微笑を浮かべた。


「私たちの連携を見せてやりましょうか!」


 リロちゃんもやる気のようで握った拳を前に突き出し、攻撃的な姿勢をとった。

 キエン君はネットの下をくぐり、エンドラインまで向かうと、


「やってやる!」


 サーブをする体勢に入った。


「いくぜ!『スーパーウルトラアルティメットハイパーファイヤー』!!」


 キエンくんの気合いの入ったサーブは海の方へと飛んでいってしまった。


「何やってんだよ、キエン」


「ノーコンすぎますよ!」


「わりぃ、とってくる」


 2人からの批判を受けたキエンくんはそう言うと、海へ飛び込み、クロールでモッコモッコがあるところまで泳いでいった。

 と思ったらモッコモッコはキエンくんが到達する前に海へと沈んでいってしまった。


「あー!モッコモッコが!」


「市販のモッコモッコは水に浮くようになっているはずですが……良くないモッコモッコだったのでしょうか」


 モッコモッコにも優劣がつけられてしまうらしい。

 キエンくんは追いかけようと海中に潜っていくと、数秒もしないうちに上がってきて青ざめた顔でこちらに泳いできた。


「モッコモッコはどうしたんだよ」


「モッコモッコ……モッコモッコが……」


 陸にいる私たち3人がハテナマークを浮かべていると、徐々に水面が盛り上がっていくのか分かった。


「なんだあれ……」


「あれは……モッコモッコです!」


 大量の水飛沫をあげて巨大なモッコモッコが出現した。

 その波によってキエンくんは海岸へと押し出された。


「あんなデカいの見たことがないぞ……」


 ソレは紅瞳竜の卵の3倍以上はある大きさで、小さい時はあれほど可愛らしかったのに、大きくなって表面が(あき)らかになると、短い触手のようなモノがあちらこちらでピロピロと動き、ブヨブヨしていて妖怪のようでした。

 1匹のモッコモッコはただ人間に弄ばれるだけですが、複数になると人間に反旗を翻そうとするなんて……ありませんよね?


「モッコモッコは群生するとは聞いたことがあるが、まさかあれほど……」


「なんで気づかなかったんだ、俺たち……」


「多分、結界のせいでしょう」


 水の中で泣いている人の涙に気付けないように魔力が充満している空間では、よほどの玄人ではない限り、ちょっとした魔力を感知することは難しい。


「いや来た時には海底から魔力を感じてたんですよ?でも2人が海に入って大丈夫だと言うから……」


 リロちゃんはトウロさんとキエンくんをちらちら見る。


「俺たちのせいなのか!?」


「俺も感じてたけど、魔力が点在してたから魔石が散らばってるだけかと……」


 私は何も感じていませんでした。


「まあモッコモッコだし、俺たちに危害を加えることなんてないだろ」


 紅瞳竜の時の件もあり、キエンくんの言葉はフラグにしか聞こえなかった。


「でもどうするよ、コレ」


「こんな大きいモッコモッコがあったらクエストクリアにならないだろうな」


「トウロの固有スキルで切り刻んで海中に沈めるというのは?」


「やってみる価値はありそうだな……『段々と強くなる(クレッシェンド)斬撃(・スラッシュ)』!!」


 飛ぶ斬撃によって巨大モッコモッコは切り刻まれるのですが……。

 モモモ、という黒板を引っ掻くレベルに不快な音で瞬時に再生してしまった。


「ダメか」


「なんか触手が動いてないか?」


 その瞬間、その巨体からは想像もできない素早い触手攻撃が私たちを襲った。


「あぶなっ!」


 咄嗟にしゃがんで避けることができましたが、触手は何本もあり、連続で攻撃されれば避けられなさそうです。


「どうしてモッコモッコが攻撃してくるんだ!?」


 集団心理によって身体だけでなく、気まで強くなってしまったのでしょうか。


「キエン、やってやれ」


 この季節では禁止されているキエンくんの固有スキルもこんな状況においてはそうも言ってられない。

 キエンくんは久々に撃てるのが嬉しいようで手をぐーぱーぐーぱーして、張り切っていた。


「任せろ!『龍爆焔(ドラゴニック・バーン)』!!』


 龍を成した炎は……。

 モッコモッコが触手で水面を叩いたことによる水飛沫と衝撃でかき消されてしまった。


「【尖岩(ロックロック)】!!」


 リロちゃんが杖をモッコモッコに向けてそう唱えると、足元から槍のように鋭い岩が現れ、勢いよく飛んで行った。


「リロの応用魔法!すげえぜ!」


 その岩はモッコモッコを貫通するものの、やはり瞬時に治ってしまう。


「……物理系は効かないようですね」


「相性悪すぎませんか?」


 攻撃をしても無効化され、触手を避けることで精一杯、逃げようにも背中を向けたらどうなるか分からない……絶望的である。

 頼みの綱は私の隠しスキルの強烈な一撃くらいですが……。

 モッコモッコは物理攻撃しかしてきません。


「モッコモッコが魔法を使ってくれさえすれば!」


 盲点だった。相手が魔法を使わなければ、私はただの役立たずなのでした!

 一応、ある程度の基礎魔法は使えますが、この状況では焼け石に水でしょう。


「この調子だと期待はできませんね……」


「俺たちが攻撃してもすぐ再生するし、一撃で倒す以外なさそうだが……」


 今回こそ本当にヤバいのかもしれない。これがリロちゃんの言う死を覚悟する時なのだろう。


「……そうだ!効かなくてもいいから魔法をいっぱい撃ってヒューガに魔力を溜めさせるってのは?!」


 キエンくんがヤバいことを言い出した。


「そうしましょう!トウロもお願いしますね!」


「ああ、分かった」


 あっさりと受け入れる2人。まあ生き残るためには必要なことですが……日本から来た私にとってこんな暴挙は全く面白みがない!いえ、面白さを求めてクエストをしてると言われるとそうでもないのですが……。

 まさしくこれは最終手段で、マッチポンプが過ぎる。

 もしこんなことが普通に許されるならモンスター討伐前に魔力を溜めておき、モンスターに出会った瞬間に放出するという何ともコストパフォーマンスにもタイムパフォーマンスにも優れた、言ってしまえばズルが横行することとなってしまう──


 私はそんなことを思っていても口に出すことなど到底できず、ただ魔法が放たれては儚く散っていく、そんな様を傍観しているしかなかった。

 2人の息が切れてきた頃、当然のようにアレが始まった。


「ききききききてます……ききてます……あががががが」


 3人はこれでやっとここから離脱できる、と満足気な顔だ。


「さようならあああああああ」


 高密度の魔力が私の右手から放たれると、モッコモッコの中心部が爆散して大きな穴が空いた。


「綺麗だな……」


 モッコモッコの穴から見る夕日は、皆既日食のようにドラマティックだった。



「今回もすごかったな、ヒューガ」


「皆さんのおかげですよ」


 流石の巨大モッコモッコも残り80%以上の身体の損傷から再生するのは難しかったらしく、まもなくぼとぼとと崩れていき、海に沈んだ。海底では今頃、単数になったモッコモッコが反省会をしていることでしょう。

 モッコモッコを倒した後の私たちと言えば、砂の城を作ったり、キエンくんを砂に埋めてムキムキにしてみたり、ビーチフラッグスをするなど遊び尽くした私たちは帰路についていた。


「やっぱりヒューガがこのパーティーにいてくれてよかったです」


「命拾いしたぜ!」


「ははは……」


 また一撃で終わってしまった。これで本当にいいのだろうか、私の異世界生活は。

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