36話 気まぐれな幼児体型⑤
「あんぎゃあああああ、眼がっ!私の眼があああああ!」
視界の半分が血の滲んだ布のように赤く染まっていく。
「チカあああああ!」
「ヒューガ!ヒューガ!」
私の右目がっ!生の指で刺されました!
もう使えないんですか?!これから隻眼の魔法使いになってしまうんですか?!そんなのは嫌ですっ!
私は右目を抑えて転げ回った。
「なぜ指でぶっ刺したんですか?!」
「じゃーかーら!同胞を助けてくれたお礼と紅瞳竜を斃したという奇縁により魔眼を与えたのじゃ!それにおぬしは今まで見てきた中でも特に面白そうなやつでな。この魔王のお墨付きというわけじゃ。これで箔がつくぞ!よかったな!」
いやいやあんたさっき平凡な竜に魔眼を与えたって言ってたでしょう!言ってることとやってることが合ってませんよ!気まぐれすぎやしませんか!誰が欲しいなんて言いましたか!
私は床から立ち上がり、3人の元へよろよろと駆け寄っていき、
「今、どうなってしまっているんですか?!私の右目は!」
そう縋るように問いかけ、ゆっくりと抑えていた手を外すと、
「そ、その眼は……」
「ヒューガ……」
2人の声のトーンが徐々に下がっていった。
まさかそんなに酷い状態なのですか?!
「めっちゃくちゃカッコいいのだよ!」
「……はい?」
「う、羨ましい……魔王に闇の力を秘めた魔眼を与えられるなんて……さいっこうのシチュエーションじゃないか!……そうだ!そのオッドアイは普通の人が見たら怖がるだろう。だからこれを……」
そういってシュウは黒フードのポケットから眼帯を出し、私に手渡してきた。
「な、なんで持ってるんですか!というかなぜポケットから……」
「細かいことは気にするな。いつか使う日が来るだろうという天からの教示を律儀に守っていただけだ」
「えぇ……」
私はシュウの期待するようなキラキラとした眼と「さあさあ!」という押しに負け、ついに着けてしまった。
「いい……いいぞ、チカ!それでこそ我が相棒だ!」
「誰が相棒ですか!誰が!」
私は眼帯の上から眼鏡をかけ直しながら、
「というか魔王様!なぜ片目だけなんですか!」
両目ならまだ誤魔化しようがあったのに!
「あー、人間にわしの魔力のこもった魔眼2つは身体が耐えられないのじゃ」
「魔力のこもった……?」
紅瞳竜が強い魔力を持っているのは絶対にそのせいでしょう!
何の能力もないとか言って!そんなものあるのと同じじゃないですか!そりゃそうですよね!かの魔王から授かる魔眼なんですから!
……これで私もより強い魔法を使えるようになるんだろうか?!
というか魔眼……魔眼ですか……また私を厨二病たらしめる要素が増えてしまいました。
「ま、魔王さん!ボクにもどうかヒューガと同じ魔眼を!眼をお揃いにしたらもっと絆も深まって──」
「やらん」
魔王様はリンの言葉を最後まで言わせず、不機嫌そうに端的に言い放った。
「どうして?!」
「別に減るものではないが、なんか嫌じゃ……そう!ぽんぽん与えていったら魔眼の価値が下がるじゃろうて!」
「ええー!そんな堅いこと言わないでよー!」
リンのその発言に魔王様は少し考える様子を見せ、
「うぅむ……確かに堅いか、魔界を統べる者として頭を柔らかくしていることも必要かのぅ……よし!何か面白いモノを見せてくれたら魔眼をやろう!」
魔王様はとてもノリが軽い。2000年も生きてきた経験がそうさせるのだろうか。
「おおー!流石の魔王さん!懐が広い!」
「ま、まあな。魔王じゃからな!」
魔王様は腰に手を当てて誇るように私たちを見下ろした。
「じゃ、じゃあこれなんてどうかな?」
リンが見せたのは腰に携えた魔道具だった。
「なんじゃこりゃ……なんかきっもちの悪い魔力が練り込まれておるのぅ……これがどんな歴史を辿ってきたかすっごい気になるぞ……」
どうやら凄いモノではあるらしいですね……いやまあ巨大鹿の足を簡単に切り裂くなんて普通ではありませんし……。
「え、面白いってこと?!」
「……いや、面白いより気持ち悪いが勝つ。こんなモノはダメじゃ!とっととしまえ!」
「なんでよー!」
するとリンはシュウの元へと寄っていき、何かを小声で伝えた。
「……分かった。出でよ、我が眷族たち『地獄の使者』!!」
ちっちゃい子みたいだから犬が好きだろう、という浅はかなリンの頭の中が透けて見えます。
「「「わっ!……わん」」」
「いつもの登場時の元気さがなくないですか?」
「ああ、いつもと様子が違う……もしかして病にやられているとか……」
召喚獣も病に侵されるという事実に驚いた。
というかこの3犬たちはどこから召喚されているのだろう……じゃれあったり、のんびりしている時に突然としてシュウの都合により呼び出されてしまうのだろうか。ご飯中に呼び出されてしまったら可哀そうですね。
「どう?この犬たち可愛いでしょ?!」
「ふむ……おや?その獣たち……」
「我が眷族がどうかしたか?」
「魔界出身のようじゃが……」
ここで衝撃の事実が発覚した。
アン、ポン、タンが魔界出身の獣ですと?!というか今まで魔界から召喚されていたということですか?!
「な、なに?!」
「じゃあ他にもこんな可愛いのがこの魔界にわんさかいるってこと?!」
「こんな可愛らしい生物たちが弱肉強食そうな魔界にいるとは思えないのですが……」
「我輩も見たことがない……魔王様、どういうことでしょうか?」
「こうしてみればわかるじゃろう、ほい」
魔王様は3犬たちに手を翳すと、どこか喘ぎにも似た鳴き声を出し始めた。
これは……魔力?どんどん3犬に流れ込んでいるようですが……。
「魔王!アンたちが苦しんでいる!何をしているんだ!」
やっぱりシュウは犬の言葉が解せるらしい。本気でブリーダーに転職することをおすすめしたい。
3犬の鳴き声が一旦収まると、目の開けられないほどの白光が私たちを包んだ。
「な、なんだ?!アン!ポン!タン!」
シュウの心配そうな声だけが空間内には響き渡る。
私たちが目を開けると──
「がゔっ!」
そこには可愛さという面影はカケラも残っていない三つ首の巨大な犬……というかモンスターが鎮座していた。
「やはりな。わしは今魔界由来の魔力を獣たちに流し込んだ」
「魔界由来……か」
「先ほどの獣たちを呼び出すというのは固有スキルであろうが、獣たちは多分おぬしの魔力、というかそちらの世界由来の魔力を媒介して召喚されるという仕組みなのじゃろう。そのため魔界の魔力が供給されなくなったことで姿を維持できなくなり、あんな小さくなってしまったということじゃ。そもそもあんな小さき獣3匹ごときを召喚するなんていう矮小な固有スキルなどあり得ないからのぅ」
では魔王様は私の本当の固有スキルを知ったら腰をぬかすでしょうね!
「これが真の姿の……アンポンタン……かっこいい!かっこいいぞ、我が眷族よ!」
そう言うとシュウはアンポンタンの前足に抱きついた。
「この状態を維持することはできないのか?」
「そちらの世界でも魔界の魔力を流し続ければあるいは……そうじゃ!何かあの獣たちの食べ物を持ってはおらぬか?」
「ああ!あるぞ!」
シュウは黒フードのポケットからジャーキーを取り出した。
なんでも入ってますね、そのポケット。四次元空間にでも繋がっているんでしょうか。
「よし、じゃあソレに魔界由来の魔力をこめてやろう!さすれば食うた時に魔界の姿に戻れる。ただその大きさだと1回変身するくらいの魔力量が限界そうじゃが……」
「それでもいい!頼む!まさか俺の眷族たちがあんな劇的な進化を遂げると思わなかった!あっちの世界でもこのかっこいい姿を見ることができるという可能性だけでも素晴らしい!最大のピンチが訪れた時に使わせてもらおう!感謝する、魔王殿」
「よいよい!」
魔王様は気分よさげに言ってのけた。
「……ねえ!ヒューガにもシュウにも何かあげてるのにボクにはなんもないの?!」
「あの獣たちはおぬしのモノじゃなかったようじゃからのぅ。面白いモノをまだ見せてもらってないぞ」
「んもう!じゃあ魔眼じゃなくてもいいから、なんかかっこいいやつちょうだい!」
「ふむ……まあ検討しておくのじゃ」
「それ最終的に何も貰えないフラグでしょ!」
リンはよく魔界の王たる人物に噛みついていくことができますね……。
怖いもの知らずというか血気盛んというか……。




