29話 深淵の守護者⑤
「テンユちゃん!」
「な、なにぃ……」
テンユちゃんは嗚咽交じりの声で応答する。まだ子供ですもんね。私だったらこんなもの絶対悪夢に出てくるでしょうし、トラウマになってしまう!
「『神からの加護』ってまだ使えますかー!」
念には念を入れたいところですが……。
「私の魔力量じゃ1日1回が限界なの……ごめんね」
「いえいえ!謝ることではありませんよ!あんな攻撃、私たちなら余裕で避けれてしまいますしね!そうですよね、シュウ?」
「ああ、まったくだ」
やはりシュウは厨二病にしては空気が読める男らしい。そこだけは感心できる。
「うわああああああん!『神からの加護』、『神からの加護』!!」
この女はつくづく空気が読めませんね……。
ほら、テンユちゃんがしょんぼりしてしまったじゃないですか!
「逃げるばっかりではなく戦いましょう!少しは攪乱できるかも!リン!今がその時です!固有スキルを解放してください!シュウの犬っころは役に立ちませんし、私はスキルを使うのに時間を要します。今ちゃんと戦えそうなのはあなただけです!」
ポンちゃんでさえ全く傷つけられなかったというのに、私ごときの魔法では……言わずもがなでしょう。スキルを使わなければヤツには勝てなさそうです。
シュウの魔法の実力は分かりませんが……3犬で結構色んな事が完結してしまうので鍛錬を怠っていそうです。
「こ、固有スキル……?うーん、ま、まあ戦ってみるのだよ」
逃げ惑っていたリンは腰にぶら下げていた鞘からナイフを引き出し、鹿の足元へと駆けていった。
変なところで勇気があるんですね……。
「シュウ!あなたは戦えますかー!」
「ポンより強い魔法ができるとは思えないな……」
ですよね。
一方、リンはどんどんと鹿に近づいており、「わあああああ!」という雄叫びか悲鳴か分からない声を上げて突撃していた。
「おらああああ!」
リンのナイフが鹿の右足を切り裂いた。その小さいナイフではヤツにとってはかすり傷程度でしょうが──
「ぐあああああああ」
鹿が大声を上げ、痛そうに両足を上げた。
「え、もしかして効いてます?」
リンの手に持つその黒い刀身のナイフは、峰の方が大きく反れていて私の拳くらいの刃幅がある。
宝石で装飾されていて武器とは思えないフザけた鞘をしているのに切れ味がすごい……。
「そのナイフなんなんですか!」
「ああ、多分魔道具なのだよ!」
多分って……自分で買ったモノではないんだろうか。
魔道具というのはその名の通り魔力の込められた道具。人為的に込められたモノもあれば長年魔力が強く発生する空間にいたことで成ったというモノもあり、様々です。
リンの攻撃に怒った鹿は、
「また来ますよ!」
チャージの態勢に入ったものの、ヘッドバンキングのように首を揺らし、
「あぶなっ!あぶなっ!」
遂に魔力弾を連発するようになっていた。しかもその攻撃は全てリンに向いていた。
「ねえ!ヒューガのせいで攻撃対象がボクだけになっちゃったのだよ!どうしてくれるの!ねえ、どうしてくれるの!」
「だ、大丈夫です!あと少しで私も溜まりますから!」
リンは「ふええええん」などと半泣きになりながら不規則に動き回りながら攻撃を避けていた。
……流石にちょっと可哀そうに思えてきました。
「【水流撃】!!」
気休め程度の攻撃ですが、鹿は少し驚いていた。攻撃と呼ぶのすらも烏滸がましいですね。威力は小学生の水遊びでヒーローになれる水鉄砲くらいなもんです。
「もっと強い魔法出してよおおおおお」
「申し訳ないです!これからもっと魔法の鍛錬に励みますから!」
強い魔法……そういえば!あのおじさんからもらった……〈爆発力こそ正義〉!
私は背中に背負っていたカバンから小瓶を取り出す。
でも私のよわよわ魔法にバフをかけたとて、やっと玄人くらいの魔法が使えるようになるだけであってこの状況ではあんまりですね……。この状況で水鉄砲が高圧洗浄機くらいになっても何の意味も為さないでしょうし。
となるとやはり私の隠しスキルに使い、派手にぶっ放すしかないでしょう。
私は蓋を開け、一気に飲み干した。
「か、辛っ!」
オレンジ色をしていたのでてっきりニンジンジュースやオレンジジュースの部類だと勝手に味を想像して飲んでいたために、余計驚いた。
なんだこれ……食べたことあるような……麻婆豆腐?これ麻婆豆腐だ!四川風というモノでしょうか。ピリリと辛いですが、ご飯を進めるアクセントになりそうです!
「何を飲んだんだ、チカ!」
「げほっげほっ、まあ見ていてください……」
半年以上も一緒にやってきた仲だからこそ分かる。そろそろアレが来る──
「うおおおおお!右腕が……疼きます!」
この振動の痛み……紅瞳竜を倒した時と似ている。もうなんだか心地よいくらいです!
テンユちゃんを抱えているシュウとリンはその言葉に焦ったように私の後方へと走り出した。2人は既にさっきの岩石破壊を見て、巻き込まれたらとんでもないことになるのを知っていますからね!
私は杖をジンジンと張り詰めている右手に持ち替えた。
そして杖を巨大鹿の方に向け、
「わわわわわ私が親子紅瞳竜殺しのっ!」
杖の先端に魔力が集っていく。これで私たちの勝ちだ!
「ヒューガ・チカですううううう!」
高密度の魔力の塊が鹿を襲う。あまりの衝撃で目を開いたままではいられなかった。
「や、やったか!」
今はもうそんなフラグ的発言は気にならなかった。それほど今回の魔力放出はすごい威力だった──
「……お、おいヒューガ。あれ!」
「もう、どうしたんです──」
魔力放出により起こった大量の砂煙。その上方に角らしきモノが見えてしまった。
「そ、そんなはずありません!紅瞳竜だって倒せたんですから!」
煙が収まっていくと、
「マ、マズいのだよ!」
巨大鹿は何事もなかったように本当に生存していた。さらに──
「角の間を見ろ!」
先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が溜められていた。
「まさかヤツは自分の魔力を角の間に集めるのではなく、周囲の魔力を吸収する能力だったってのか?!」
その言葉を聞いた瞬間、本当に”死”というのを想像してしまって力が抜け、地面にぺたりと座り込んでしまった。




