28話 深淵の守護者④
全員が穴の前で立ち止まる。
「真っ暗なのだよ。階段は……ないみたいだね」
「ククク……深淵を覗く時、深淵もまたこちらをの覗いているのだ……」
穴を覗いてみても奥は全く見通せない。まるで全面に暗黒色の塗料を塗られたかのようです。
「転ぶといけませんので一歩一歩踏みしめていきましょう」
そう言って私たちが穴に足を踏み入れると──
「きゅあああああ」
そんな声が後ろから聞こえてきた。そのせいで全員シンクロするように肩を竦めた。
「うお!びっくりした。何の音?!」
穴に足を踏み入れた瞬間ということもあり、入るのが禁止されていると伝えるようなセンサー音のように感じた。
動物の鳴き声みたいですが……もしやさっきの巨大な鹿だったり?
「まあいいや、行こ!この先には何があるのかな!」
この女は吞気すぎる!少しは気にしてください!
流石のシュウも私の考えと同調しているようで立ち止まって周りをきょろきょろと見渡した。
「なんだっていうんだ……」
「シュウ、そこの頭のおかしい女を奥に進んでいかないように引き留めてください。何かヤバい気がします──」
その時、ずしりずしりと地面が揺れた。後ろから何かが接近してきているようです。
テンユちゃんはシュウの足にしがみついた。そんな怖がっているのを安心させるためかシュウはテンユちゃんの頭を撫でる。しかしその表情は険しくなっていて、これから何が起こるのかを予測しているようだった。
4人の視線が揺れる木々の方へ固定される。
木の葉をかき分けて現れたのは──
「さっきの……」
あの巨大な鹿だった。
「なーんだ。心配して損した!さあ、冒険の続きを……」
「待ってください!なにか様子がおかしいです!」
ソイツは闘牛のごとく右足で繰り返して土を蹴り上げていた。
「……もしかして怒っているのか?」
どうやらそのようです。さっき会った時の無関心に見ているような眼とは違い、睨みつけているように感じる。なんなら血走っている。
「なんかやったか、俺たち?」と自問するシュウ。「ここで死ぬのかなあ?!死ぬのかなあ?!」と取り乱してしまっているリン。泣きじゃくっているテンユちゃん。
阿鼻叫喚です。
「きゅるるるるあ!」
ソイツは顔を空の方へと見上げた。用済みだというのに未だに戦っているドラゴンたちを見ているというわけではなさそうです。
「……これは!」
角の間に魔力が集っていくのが分かる。
「皆さん!逃げて!」
球体上に集められた魔力の塊は鹿が首を振ると同時に、私たちへと放たれた。
「危ない!」
ぽかんとしているリンの手を咄嗟に引っ張って避けたため、2人で地面に倒れ、私がリンに覆いかぶさるような状態になってしまった。
私たちが元いた場所は岩の窪みが一回り大きくなったようにクレーターができていた。
あと1秒でも遅れていたら足の1本くらい吹き飛んでいたかもしれません。
「あ、ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
「でも……こんな時に?ボクが言うのもなんだけど今は……」
「勘違いはやめてください!」
なんでこんな時にもこの女は頭の中がピンクなのでしょうか!
逆側を見ると、テンユちゃんはシュウに抱えられ、無事であった。
「皆無事で良かった……2撃目が来ますよ!」
鹿はまたもさっきの態勢に入った。
私はすぐに立ち上がり、リンの手を持って引っ張り上げ、走った。とりあえず目標が定まらないようにしなければ!
というかなぜその立派な角を攻撃に使わないんでしょうか?!いやまあ物理攻撃より魔力攻撃の方が私にとって好都合なんですが!
「『地獄の使者』!!」
「「「わわんっ!」」」
「行け!我が従順な眷族たちよ!」
犬っころと何十倍かはありそうな体格差。そんなのと戦わせようとするシュウは残酷です。そしてご主人様の命令には逆らえない3犬は不憫ですね……。
アンちゃんとタンちゃんは巨大鹿を見た途端、きゃんきゃん、などと弱々しく吠えたのち、シュウの後ろに隠れ、地面にうずくまった。
……まあ期待はしていませんでしたが。
ただ虚勢かもしれませんが、強面ブルドッグのポンちゃんだけはご主人様の言うことを律儀に聞き、鹿と対峙しようとしていた。
「ポン!やってやれ!」
「がるぅ!」
気合いを入れるようにそう吠えるとポンちゃんは口からテニスボールほどの大きさの火の玉を4つほど吐き出し、見せびらかすように滞空させた。
「あれはポンの得意技【火弾】だ。炎属性の基礎魔法で、生成する弾は俺らからしたら小さいが、人間サイズにすると結構すごいんだ。普通の人間がやろうとすると親指くらいの大きさしか作れない。しかも同時に4つなんてできるのは相当な玄人くらいだ!」
「ポンちゃんめちゃくちゃすごいじゃないですか!」
私が褒めたのが聞こえたのかポンちゃんはこちらに振り返り……多分、人間でいうところのドヤ顔をしていた。
ポンちゃんは向き直すと、それをすごい勢いで鹿に飛ばした。
それに警戒したのか鹿はチャージの態勢から直りますが──
「あ……」
鹿は自分の前に大地を盛り上げさせて【火弾】から自分の身を守った。
「あれは……大地属性の応用魔法【土壁】だ……」
「がるぅ……」
その圧倒的な強さに戦意喪失したのか、まるでその日に会社で大きなミスをしてしまったサラリーマンの帰宅途中のように、とぼとぼとシュウの元へ寄ってきて、他の2犬と同様に身を寄せ合ってうずくまることとなった。
分かりますよ、ポンちゃん。自分より大きな存在に遭遇した時、それはそれは自信をなくします。そうして自分を慰めるために下を見て嘲るのは簡単ですし、楽しいかもしれませんが、それは今いる立ち位置に甘んじているということです。なので大きな存在を見て、自分を戒めることは大事です。かといってそうして上を向いているだけと疲れてしまいますから、自分には自分の役割があるのだと自覚し、自分にできる範囲のことを精一杯、一生懸命やるのが重要なんです。そうすればきっと見ていてくれた誰かが評価してくれるはずです。
他の2犬とは違い、アイツに立ち向かっていった姿は賞賛に値します。
「しかしまあこればっかりは……」
鹿の前の壁がぼろぼろと崩れると、そこにはまたも懲りずに魔力を集らせている鹿がいた。
「皆さん!あと2発くらい避けてください!」
「え、ああ、分かった」
そうすれば私のスキルが溜まり、壁すら貫通してヤツを吹き飛ばせるはずです。
「リン!」
「なに?!」
「別れましょう。あなたはあっちの方に走って行ってください」
私は適当な方向を指差すものの、
「え……なんで」
リンはそこで立ち止まってしまった。
「なにしてんですか!立ち止まらないでください!死にますよ?さあ走ってください!」
「その……別れるって……。嫌なところがあったなら言ってほしいのだよ。ボク、直せるところは直すし……」
「って違いますよ!そもそも私たち付き合っていないでしょう!アイツに狙いを定まらせないため、そして生存率を上げるためにも固まらず、バラバラで逃げた方が良いでしょうってことですよ!」
「ああ、なんだ、そういう……」
状況もあり、この女を1度ぶん殴ってやりたいです。




