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1話 海に棲む球技用具①

プロローグからこちらの第1章まで読み続けていただき、誠にありがとうございます!

ここからも読んでいただけると幸いです。

 紅瞳竜を倒した頃の心地よい風が肌を撫でるような気温とは打って変わって肌を刺すような気温となった季節。

 日本で言えば、春から夏になったということでしょう。

 リロちゃんの小さい身体を包み込む野暮ったい魔法使い的衣装もトンガリ帽子とブーツ、杖を残して真っ白な半袖Tシャツと短パンという軽装になっている。

 帽子とブーツ、杖のおかげでまだ魔法使いに見えるにせよ、もしそれらがなければ体操着を着ている中学生にしか見えなさそうです。

 トウロさんとキエンくんも同様に、それぞれのイメージカラーを象った青色と赤色のタンクトップシャツにお揃いの茶色い短パンを履いている。

 私はというとリロちゃんにもらった灰色のワンピースを身に纏っています。

 リロちゃんと2人でウィンドーショッピングをしていた時、ふとこのワンピースが目に入り、見惚れていました、私は地味めな服が好きなので。

 そんなワンピースへの熱い視線に見かねたリロちゃんが紅瞳竜を倒してくれたお礼だと買ってくれたのでした!この世界で初めてもらったプレゼントということで嬉しくて飛び跳ねました!

 そんな私たちパーティーの服装には異世界らしい趣は全くなく、日本にいたとしてもこれから遊びに行く一般的な学生の一団として何も疑問は持たれることはなさそうです。


「クエストなんてする気にならないぞ……」


 キエンくんはぐったりと前のめりになりながら駄々を捏ねる。

 パーティーの中でも尖兵という形で露払いするのがお決まりのキエンくんですが、こんな暑い季節に『龍爆焔(ドラゴニック・バーン)』を使うと、その空間は言い表せない状態になるので、緊急時のみの使用に制限されています。さらにキエンくんは固有スキル以外の魔法では肉体強化の魔法しか使えないため、通常時は荷物持ち兼応援係となってもらっています。

 といってもこれまで弱いモンスターと戦う時も固有スキルは使ってなかったので変わらないと言えば変わりません。

 今も私たちの体力を温存するために荷物を持ってくれています。キエンくんに荷物を全て任せるのは抵抗がありましたが、魔力は体力と密接に関係するモノらしく、これは仕方のない措置だと言う。それでもキエンくんが可哀想ですが……。

 魔力と体力の関係は、体力を器とすると、魔力はスープとなる。つまり体力という器が小さくなっていたら、注ぐ魔力もそれに応じて小さくなってしまうということです。

 ちなみにこの喩えはリロちゃんの受け売りです。


「仕方ないだろう。冬は稼ぎにくいんだから」


 冬は寒いので冒険者はクエストをしたがらない。いや夏と違ってあまり蒸れないので防具をつけやすいのですが、そもそもモンスターは冬眠してしまうのでクエスト自体が少ない。

 そしてそんな冬眠しているのを好機として今まで特に出現していなかったイレギュラーなモンスターが出てくる。当然そんなイレギュラーモンスターにいつでも対応できる冒険者というのは多くなく、対策をしてなかった者がやられてしまうというのが相次いだらしく、ソレを嫌った冒険者たちは冬、家屋に籠るようになり始めた。

 私たちが獲得した紅瞳竜の賞金は、毎日ちょっとした贅沢をしていると、気付けば底をつくようになってしまっていた。

 宝くじが当たっても仕事を辞めない方がいいと聞いたことがありますが、少し気持ちが分かった気がします。


「あとちょっとだから頑張りましょう、キエン」


 リロちゃんはパタパタと両手で風を送ってあげながらキエンくんを宥める。


「馬車に乗ればよかった」


「節約するって決めただろう」


 小金持ちになり、値段をあまり気にせず、色々買っていた私たちパーティーはお金の使い方に慎重になり、馬車ですらもったいないと思うようになってしまっていました。

 そんな私たちは現在、あるクエストを受けて、その場所に徒歩で向かっています。


「早く泳ぎたいぜ」


「バカンスじゃないんだぞ」


 そう、私たちが受けたクエストとは〈海開きのための整備及び結界の設置〉です。"海"という字は夏において特に魅力的に見えるもので、夢遊病患者のようにフラフラとギルドの掲示板を見に行ったキエンくんは目をキラキラと輝かせ、このクエストの紙を持ってきました。

 その姿はまるでご主人様と遊んでもらっていてしっぽを振っている子犬のような様子だったのでよく覚えています。


「クエストが終わったらたくさん遊びましょうね、キエン」


「とりあえずクエスト頑張るかぁ」


 リロちゃんは私よりよっぽどお姉さんらしい。


「見えてきたぞ」


 ピュートから海へ向かう過程は、まさに獣道という言葉が正しく、山の自然に囲まれ、ギリギリ人が通るような道でした。

 最初にこの道だと示された時は、本当に冗談かと思いました。分け入っても分け入っても青い山で、海なんか本当にあるのか、と疑い、もしかしたら全員で騙されているのではないかと思ったほどでした。

 といってもピュートは盆地で、四方八方を山に囲まれているため、山を越えないと海が見えないと言うのは当然ではあるのですが。


「海だー!」


「うーん、潮風が気持ち良いですね」


 そう言うと、キエンくんとリロちゃんは砂浜に駆けて行った。やはりまだ無垢な17歳なのだと微笑ましく思いました。

 といっても私と2歳しか違いませんが。


「トウロさんも行かなくていいんですか?」


「まずはクエストが先だからな」


 口ではそう言ってても、山を抜けてからトウロさんはいつものクールな表情は心なしか緩んでいるように感じた。

 リーダーとしての責任感なのでしょうか。



「さて、最初は結界を設置してこのビーチにモンスターを入ってこないようにしましょうか」


「そうだな。キエン、アレを出してくれ」


「分かった」


 キエンくんは誰かのカバンから黄金色をしたススキのような長い草を取り出した。


「これは?」


「これはケッカイソウって言うんだ。こうやって擦り合わせると……」


 ケッカイソウとやらの草から少量の魔力を感じる。


「ではこれを持ってください」


「了解です!」


 私たち4人はそれぞれその草を握る。おかしな儀式でも始まりそうな風体です。


「俺とリロは山と砂浜の境界のところに立つから、お椀状になっている海辺の右端にキエン、左端にヒューガが立ってくれ」


「そして私が合図をしたら魔力を流してくださいね」


 私とキエンくんが配置につくと、リロちゃんは草を持っていない左手で大きく丸を作った。

 一斉に草に魔力を込めると、ビーチの空間内に魔力が充満していくのが分かる。これが結界ですか。

 キエンくんが戻っていくのを見て、私も真似をする。



 それからは潮干狩り感覚で砂の中から小さなモンスターを見つけ出しては、殺生をするということを繰り返し、穴ぼこだらけで種を植える前の畑のようになった砂浜を元に戻すという作業をして、昼食となった。

 クエスト中の昼食は現地調達というのが冒険者の鉄則らしく、トウロさんとキエンくんが海に潜って魚を獲ってきてもらうこととなり、2人はシャツと同じ色の水着に着替えると、一目散に海へ飛び込んでいった。

 その間、私とリロちゃんは砂浜で火を起こし、いつ戻ってきても大丈夫なように魚が焼ける準備をしていた。


「楽しそうですね、トウロ」


 海面から顔を出し、1匹魚を獲った、とキエンくんに自慢げに見せているトウロさんが見える。

 あんな笑顔のトウロさん見たことがなかった。まだ私という異分子は認められていないということなのだろうか。

 リロちゃんはそんな私の不安げな気持ちを読み取ったのか、


「トウロは昔からあんな感じですよ?ただパーティーのリーダーとしてクールぶっちゃってるだけです。私だってあんなトウロ久しぶりに見ましたから」


「昔から?トウロさんとはどれくらいからの知り合いなのですか?」


「年齢を正確に覚えているわけではありませんが、物心つく前から一緒にいましたよ」


 物心つく前から?ということは2歳や3歳から一緒の場所で暮らしていたというわけですか。

 しかし姓が違うし、顔も似ていないので兄妹ではなさそうですが……。


「私たちは孤児なんですよ」


「孤児……」


「ええ、捨てられたんでしょうね。私たちはずっと孤児院で暮らしていました」


 まさか2人が孤児だったとは……驚きが隠せません。リロちゃんのこの丁寧さは親御さん譲りだと思っていましたが、生来のモノなのでしょうか。


「トウロは昔、それはもうはっちゃけていて天真爛漫で、元気な子でしたよ。私のような静かな者にも声を掛けてくれて一緒に遊んでくれました」


「……今の感じからは想像がつきませんね」


「大人になったと言えばそうなんでしょうが……少し寂しい気持ちもあるんです」


 小さい頃からその人を知っている身となると、変わってしまったというのは"小さい頃のその人"はいなくなってしまったというわけで、もう会えないとなると寂しい気持ちになりますね。

 私も弟が今までできなかったでんぐり返しができるようになった時、成長したなぁ、と喜びましたが、こんな時間も悠久ではないのだと感じてモヤモヤしたことがあります。


「どうして冒険者を始めたんですか?」


「孤児院は15歳で卒業しなければならないのですが、トウロが卒業する時に、私も連れ出してくれたんです。しかし孤児院で暮らしてきた私たちにはスキルもなにもありません。なので消去法的に冒険者を選んだんですよ」


 少し酷な質問だっただろうか。確かに冒険者をやるのなんて戦うのが好きな異常者か生活のために仕方なくやっている、という者が大半だ。私も後者に当てはまります。

 冒険者は命のリスクがある仕事ですからね。辞めれるならパン屋とかになって生地をコネコネしていたいです。


「幸い私たちには幾許かの魔法のセンスがあったので生き残ってこれましたが、実際何度も死を覚悟したことはありました。紅瞳竜の時だってそうです」


 私にとっては未だに紅瞳竜のクエストの時でしか死を覚悟したことがないのですが、確かにあのような場面を何度も味わうとなるとたまったものではありません。


「私怖かったんです、こんないつ死ぬか分からないような仕事。でも……」


「でも?」


「ヒューガが現れてくれたことから希望を持つことができました。ヒューガがいてくれれば死なないんじゃないんかって」


 最終的には私の隠しスキルで敵を吹き飛ばすことができますし、リロちゃんの固有スキルがあれば長時間戦うことも理論上可能です。しかし……。


「いつか皆んなで長閑な場所で農業でもして暮らしたいです」


 リロちゃんは私の方に振り向き、儚げな笑みを浮かべた。まるでそんなことは夢物語だと思っているような……。


「おーい!」


 両手に魚を3匹ずつ持ったキエンくんが戻ってきた。

 キエンくんは人の感情に敏感らしく、私たちの顔を見て、首を傾げると、


「何の話してたんだ?」

 

 少し心配そうな顔でこちらを見た。


「私たちの生い立ちを話していました」


「生い立ち?」


「そういえばキエンくんはいつから知り合いなんです?」


「キエンも一緒の孤児院の出身ですが、後から入ってきたんです。確かキエンが10歳くらいの頃だったでしょうか」


 後からというと、両親と一緒に暮らしていた時期があったということで、当たり前の日常が当たり前ではなくなったというその気持ちを考えると心が痛みます。

 よくこんなに育ってくれたものです。


「ただキエンの場合は少し事情が違って……」


「俺、元々母ちゃんいないんだよ」


 父子家庭で暮らしてきて、その父も育児に疲れてしまったということでしょうか。

 確かにこの世界では、父子家庭への支援が厚いとは思えませんし……。


「それでお父さんも……」


「キエンのお父さんはご存命ですよ?」


「え?」


「俺の父ちゃんは、旅商人でさ。小さい頃は俺をおぶって旅してたんだけど……」


 けど?大きくなってきて連れていくのが嫌になったと?自分勝手過ぎませんか、キエンくんのお父さんは!

 親なら子供が巣立つまでまで見守る義務があります!それを仕事を理由にして……。というかその仕事は子供のための仕事ではないのでしょうか!

 もしキエンくんのお父さんに会ったら私から叱責することにします!


「小さい頃の俺にとって旅は退屈でさ、自分から親離れを選んだんだよ」


「自分から……」


「キエンの旅の話は、箱庭の中に生きていた私の心に響くものがありましたよー!」


 早とちりしてしまった私が恥ずかしい。

 子供なら普通、親から離れたくないと思いそうなものですが、キエンくんはたくましいです。

 ナデナデしてあげたい!


 たまにしか顔を出さず、ずっと仕事に出ていた私の両親……弟たちはなんて思いながら生きていたんでしょうか……。やっぱりもっと親に甘えたかったり、遊んでもらったりしたかったのに、我慢していたんでしょうか……。

 私は今まで”そういうモノ”だと思って生きてきたので考えたことがありませんでした。

 親代わりという役目を私は果たせたていたのでしょうか……。


「今、父ちゃんどうしてんだろうなぁ」


 キエンくんは晴天は仰ぎながら言った。遠いところにいるお父さんに思いを馳せているのでしょう。

 すると、


「キエン!」


 トウロさんが戻ってきた。キエンくんよりも多い9匹の魚を持っている。


「こんなに獲れたぞ!どうだ!」


「トウロ、すごいな!負けたー!」


 悔しそうな顔のキエンくんと太陽のような笑顔のトウロさん。眩しい……。

 これが青春なのでしょうか。

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質問板から来ました。 プロローグよりも本編の方が面白いです。 人が変わると二度と会えないというのは、凄く良く分かります……。 ちゃんと面白いので、先ずは10万文字超えるのを目標に書いていれば、自…
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