26話 深淵の守護者②
神の祝福を受けた者が2人もいるのだからそのまま進んでも大丈夫という主張に納得してしまった2人を説得する術はなく、モンスターの巣を突っ切ることになった。
そして歩を進めていくと、私たちは遭遇してしまったのでした。
ソイツの顔はこちらに向いている。
「やば……」
樹皮を剝がしていた正体。ソレは──
「でっかい鹿ですね……」
木の葉に触れるほどの大きさ。角だけでも私より大きい。その立派な枝分かれは何も葉っぱのついていない木のようです。汚れ1つない真っ白な毛皮はまさに神々しく、顔はとても凛々しい。この森の主なんだろうか。
鹿と私たちどちらも無言で、鹿はこちらを警戒しているのか全く動かない。
攻撃意思はなさそうですが……。
「こんなところに人間なんていないから不思議がってるだけさ、多分」
リンのその声は些かうわずっていた。
「怒ってないんですかね、テリトリーに入ってしまって……」
「攻撃してこないってことは大丈夫だろう」
シュウは平坦な声で言う。
「しかしテンユちゃんもいるのですからここは慎重にいきましょう」
怖さからかテンユちゃんはリンの手を両手で握るようになっていた。私ですらビビっているので子供ならなおさらでしょう。
「少し戻って樹皮が剥がれてない地点から進み直そう」
そうして私たちは巨大鹿に背を向けないように後ろ歩きで引き返した。
「しかし全く襲ってこないとはね」
「ありがたいことじゃないですか」
「こういうのは戦いになるのがお約束さ」
あんなでっかい鹿と戦ったら私たちなんて角で一突きでしょう。考えたくもありません。
「いや、あなたビビってましたよね」
「そ、そんなこと!でかくてびっくりしただけさ」
リンは自分の前で両手を左右に振り、否定を表した。
「暗黒世界の主たる純白な神の使い……まさに光と闇のような対極、クク、面白い」
「ああいうのがいるって分かってなかったんですか?」
「いや、魔の森ってまともに調査されてないのだよ」
思わず「は?!」と声が出た。そんな未踏の地あるいは禁域に私たちのようなデコボコパーティーが挑むのは無謀でしょう!
私なんてこの世界に来たばかりの無知人間ですよ?!
「ロマンがあっていいだろう?あんな鹿がこの森にいるのを知っているのはこの世界でおそらくボクたちぐらいさ。4人しか知らない真実!なんて心が躍るんだろうか!……まあボクはヒューガと2人だけの秘密を作りたいし、ボクの身体の秘密全てを教えてあげたいし、キミの秘密を全て知りたいし、色んな秘密を共有し合いたいけど……な」
リンは腰をくねらせながらそう言うと、人差し指で私の胸に触れた。
テンユちゃんはリンが何を言っているのか分かっていないようで困惑の表情。いえ、逆にこの歳で何が行われているか理解できている方が問題なので当然の反応です。
シュウは顔を紅潮させ、そっぽを向いてしまった。勘違いしないでください!
「はぁ」
リンが私から離れて急に真面目な顔をすると、
「……ボクの秘密を知ってもありのまま愛してくれる?」
「そもそも愛していないので秘密を知ったとて変わることはありませんよ。それにあなたみたいなヤバい人間がどんな秘密を隠していようともう驚きません」
私の言葉にリンは少し憂いを帯びたような笑顔で、
「……絶対だからね」
そんなことを言った。リンの事ですから、どうせ隠しているモノなんてくだらない、私にとってどうでもいいことでしょうからね。それにこの女の言動はびっくりすることだらけなので今更といったところです。
「ねえ、あそこ光がみえるよ」
シュウにおんぶされたテンユちゃんが前を指差す。
「本当だ、開けた場所に出るのかもしれない」
歩き続けてはや2時間。密集している木のせいで空が良く見えませんが、どうやら外界ではもう夕方であるらしい。よく見てみると、私たちの先の方で細やかな光がぽつぽつと照っている。
野営をしようにもこんな木だらけのところじゃ寝るに寝れないので開けた場所があって助かった。
いや、そもそもこんな森で寝ること自体が恐怖極まりないですが、こうなっては引き返す方が危ないので仕方ない。
私は部活やバイト、仕事で鍛えた健脚のおかげか男であるシュウに追従できていた。杖を3本目の足替わりにしていたのも疲労を軽減させたのかもしれません。
一方、リンと言えば──
「しんどい……もうボクここで寝るのだよ、おやすみ」
意外と体力がないタイプらしい。リンは私たちがぎりぎり目視できるほどの後方で1歩また1歩とゆったりと歩を進めていた。私が5歩進めば、リンは1歩と、疲労が目に見えて分かる。
「やれやれ……」
私はリンの元へと近寄り、仕方がないので肩を貸した。
「ヒューガ……」
その目はうるうるしていた。
「助けないわけにもいかないでしょう……一応、仲間なんですし」
「ヒューガ……これが初めての共同作業……」
私は持っていたリンの肩をそのまま後ろに引いた。リンは一瞬で全身の骨が抜かれたように、「ふにゅあ」などという情けない声を出して後ろへ倒れた。
「んもう!ヒューガのイジワル!」
「フザけたこと言うからですよ」
「立ち上がるから手ぇ貸してっ!」
「嫌ですよ。私の手を触ってまた変態的言動をするんでしょう?」
「ボクだって普通に優しくしてもらいたいときだってあるんだけどな……」
そんなことを小声で言いながらお尻についた葉っぱや砂などを払って立ち上がった。
「普段の行いのせいですよ。恥じてください……というか自力で立ち上がれるじゃないですか」
「ヒューガの助けがあったらもっと立ち上がれたよ」
リンはじとっとした目で私を見た。
「あの、被害者は私なんですからね?」
「ひっど!ボクはこんなにキミを愛しているのに!」
リンは大仰にも両掌を上に向け、目を見開き、驚いてみせた。
「報われない恋だってあるんです。ソレが今です」
「じゃあさじゃあさ!同性婚できるように法律が変わったら結婚してくれる?」
「ぷっ!そんなの無理無理!何年かかるんですか、ソレ!しかも一市民の提案なんて……」
「変わったら結婚はしてくれるってこと?」
「”変わったら”ですよ?つまり一生あなたとは婚姻関係にならない!約束しましょう!その代わり私からも1つ、変わるまで私に対する破廉恥な言動を控えること!いいですね?」
「……尽力するよ。でも本当にいいんだね?」
「ええ。私は1度決めたことはやり切る女ですから」
「じゃあ決まり!」
リンは小指を私に向けてきた。
「……なんのつもりですか?」
「血盟の儀式」
「はぁ」
仕方ないので私は小指を出し、リンのと絡ませる。
「我が源流たる魔界の王よ。汝の血脈を後裔に繋ぐことをここに誓言する。我ら2人に絶対性を付与せよ!」
「……」
「これで良し。契約破棄しようとしたら魔界に堕ちることになるのだよ!」
針1000本飲ます、みたいなことだろうか。
「2人とも遅いぞー」
「ぞー」
前から2人の声が聞こえてきた。
「置いてかれて迷子になっちゃう!早く行こ!」
「あんたが遅いからこうなってるんでしょうが!」
「フフ、ボクたち2人だけでこの森に迷子……てのも悪くない……かな?」
私はこの頭のおかしな女から離れようと全速力で走った。後ろから何か言葉が聞こえてくることも気にせずに。
まったく……元々厨二病という頭のおかしな属性を持っているのに……欲張りさんですね。何をきっかけとしてこんなに私にゾッコンになってしまったんでしょうか……。
思い当たるモノなんてありませんが……。




