21話 偲ぶ故郷
目が覚めると、隣にはシュウが木に寄りかかり、膝を立てて寝ていた。いつでも戦えるようにということなんだろうか。
リンちゃんはというと──少し歩いたところにある一際大きな木。多分ここの木立の長老なのだろう。樹皮は人が年を重ねて皺を刻むように、ごつごつとしていて年季を感じる。
そんな木の上で遠くに見える王都を見下ろすように立っていた。
その顔は何か思い悩んでいるようで……。
昨日あんなことをしたのになんで真面目な顔ができるんだろう。
まさかパーティーメンバー内に”モンスター”がいるとは思いませんでした。それも男のシュウならいざ知らず、よもや同性だとは……。
危うく新しいトビラが開かれてしまうところでした。
「何してるんですかー?危ないので降りた方がいいですよー!」
落ちたら大怪我では済まない、その危険な行動に私の長女的おせっかいが発動し、思わず声をかけてしまった。というかどうやって登ったんだろう。
「え、あ、ヒューガ!」
リンちゃんは私の声に気づくと、慌てながらも飛び降りてきた。
飛び降りてしまわないように声をかけたのですが……この世界の住人は身体が丈夫らしい。
まあいつ死ぬか分からないようなモンスターと魔法の世界なので何の脅威にも脅えることのない日本と比べるのはお門違いでしょうか。
というかこの世界には肉体強化魔法なるモノがあるのでした。もしかしたら今ソレを使ったのかもしれません。
背中を向けて着地したかと思うと、少しうずくまった後、私の方に振り返り、
「ここは人間が住むという地上……フフフ、色欲の罪により堕天したこの悪魔にとってここはまさに情交の園……」
そう言いながら、左手を腰に当て、臀部を突き出し、右手ではピースを作り、目の横に当てるという、なんとも既視感のあるような、ないような奇怪なポーズを決めた。
おい、魔界人という設定はどうした。
「おはようー!ヒューガー!」
脇から両手を差し込み、私を抱きしめてきた。
この子の変わりようはなんなんだろう。昨日まで……というか夜になるまでは普通だったのに……。
催淫成分のあるナニカを摂取してしまったとかでしょうか。
「王都を見てたんですか?」
「え、あ、うん」
「……もしかして帰りたかったり?」
「ま、まさかー!」
ゲップの出せない赤ちゃんのごとく、抱きしめたまま私の背中をバシバシと叩く。
「……なんか無理してません?」
強気は弱気の裏返り、ナイーブな内面を虚勢という鎧で隠している、そんな気がした。
私に身体を迫ってきたのも寂しいから、それで全て辻褄が合う。
「……え?」
「無理して厨二病を演じてるんじゃないですか?なら辞めましょう?私と一緒にシュウの奇行を止める側に回りましょう?」
リンちゃんはまさかそんなことを言われるとは思わなかったのか私から離れると、大仰にも両掌を空に向けておどけてみせ、
「そんなわけないだろう?ボクは生粋の魔界人のハーフ!いつの日か魔界を統べるために帝王学を学んでいるのだよ!」
自分の設定を思い出したらしい。
「あなたはシュウが言った不可視的なんちゃらというのを認めていましたが、ソレはなんなんです?」
「さあね。ボクにはボクの世界設定があるように彼もそうなのだから」
「というか本当に魔界とかあると思っているんですか?正直くだらないというか……」
リンちゃんは自分の顎を撫でて考えるような仕草をすると、
「あると思っていた方が都合がいいじゃないか」
「都合がいい?」
「そっちの方が楽しいだろう?人は死後の世界……つまり天国があると思っているから生前のこの世界で希望を持てるのだよ。死んだら天国で贅沢三昧、自由に暮らせる……そう考える方が良い。それと同じさ。もはや魔界が実在するかどうかは関係ない。でもあるべきモノなんだ。そう、ボクやシュウやキミみたいな者にとってね。魔界というモノがある、とするだけで妄想は広がるじゃないか!だからこそまだソレがない、と断定されていないのならある、と思って生きていく方がお得というものだよ」
「そう……でしょうか」
危うく丸め込まれそうになった。
確かに現代社会で必死に生きてきた人たちの行きつく先がまた苦しい場所であっていいはずがない。なので死んだら”天国”もしくは”異世界”という方が人生に希望を持てる。
少し納得してしまった。
日本では何も考えず、ただ今を生きるために必死に生きてきた私。この異世界は死後の世界と同義なのだろうか。それとも労働の疲労の末に見えている幻覚か夢なのか……。死んでるとは思いたくありませんが……。
そんなことを思い出してしまった。
しかし今はこの世界で必死に生きていく他ありません。後先の分からないことより目先のわかっていることを処理しなければ前には進めない。
この世界で死んだら……次は社畜などではなく、天国で贅沢三昧、自由に暮らせることを祈って希望を持って生きていこう。神様は私のことなど見ていてくれないかもしれませんが。
というか──
「あなたたちと一括りにしないでください!」
「何を言っているのさ、ボクたちは同志。ここに一緒にいることがソレを如実に表しているのだよ」
また似ている魂は惹かれ合うみたいな話ですか……。
すると、
「……すまん、俺が最後のようだな」
欠伸をしながら、申し訳なさそうに20度ほど頭を垂らしたシュウが現れた。いや、ただ寝起きで頭が重いだけかもしれません。
「シュウ!キミはボクとヒューガの蜜月を邪魔しないでくれたまえ!」
リンちゃんの言葉から少し間を開けて、
「蜜月って……昨日のアレもそうだが、お前たちデキているのか?」
シュウは私とリンちゃんを交互にちらちらと、恥ずかしいモノでも見るような目で見てきた。
「な、な、な、なにを?!女の子同士ですよ?!」
「ああ、実は……」
「あなたは黙ってなさい!」
私はそんな気などこれっぽちも……。
確かに同性同士の恋愛が存在することは私とて存知しています。
……でも、あれ?固定観念的に私は男性のことを好きになるのだろうと思っていましたが……一度も恋愛を経験していない私はもしかしたら女性もイケる口だったり?やってみないことには始まりませんか……。
って!女性が恋愛対象になるかならないかの前にリンちゃんはパーティーメンバーじゃないですか!ダメです、ダメです!
「ヒューガ、愛に性別は関係ないのさ!」
「あなたはそうかもですけど……」
シュウは私の続く言葉を遮るように、
「まあ色んな愛の形があるから……な」
「誤解しないでください!」
それから私は道中、シュウに必死に弁明をすることとなった。終始、「あー」だとか「うんうん」だとかの生返事で返されてしまいましたが……。
その横ではリンちゃんがにやにやと……あなたのせいですよ、あなたの。
本当にこの変わりようは一体なんなんでしょうか……魔の森に解毒作用のキノコとかありませんかね。いや、いっそのこと毒キノコでもいいです。なんらかの作用で狂気に満ちる可能性もありますが、通常より大人しくなることでしょうし、ある意味正気に戻ると言えるのかもしれません。また意識が戻らないというならそれはそれで仕方がありません。
これから王都で一緒にやっていく予定のパーティーメンバーにこんな好色さんがいるのは問題ですから。




