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白い結婚は杞憂に過ぎなかった

「なんて事をしてくれたんだ、ロドニー・オズワルド、俺はあの男を絶対に許さない!」


 アランの腕の中に閉じ込められてギリギリと締め付けられている。

「苦しいです」


 済まないと言ってぱっと離れたアランの顔は怒っていた。


「オズワルドの勘違いも甚だしい。賢ぶった女が嫌われる?はっ、それこそ馬鹿の負け惜しみだ。俺の妻は世界一可愛くて、世界一賢い。そのどこが悪い。

 何が迷惑だ!リアーナがお前に惚れて執着しているだと?どこからそんな発想が出てくるんだ。

 あ、妻か?あの派手な女か?あいつの妻が嫉妬から余計な事を言ったのか?夫婦揃って本当に馬鹿だな」


 アランは眉間に皺を寄せてぶつぶつと呟いている。

これはもはや彼の中で敵認定されたのではないだろうか。ロドニーには申し訳ないけれど。


「お願いだ、リアーナはもうあの夫妻と関わらないでくれ。あいつらはリアーナに害悪でしかない」

 

「マリーカは多分知らない事で、ロドニーが勝手に言ったと思う。わたしが彼に執着していて、マリーカを困らせると思い込んでいるみたい。

 だけど言葉って残酷ね。わたし、確かに呪縛されていたんだわ。幼馴染にあんな事を言われた後で、ありのままの自分を出せくなった。それがまさか覚えていないとはいえ3年も続いてたって……」


 失恋の痛みはあったけど、勘違い野郎のロドニーに失望し、そんな男が好きだった自分自身に絶望し、アランからの婚約申し込みをすぐさま受け入れたのだと思う。

 ところが、相手の人が今まで交流もない上、とんでもない美形で有名だと知って、揶揄われているのか或いは『契約結婚』なのだと思い込んだとしてもそれは仕方ないと思う。あの時のわたしは、アランには本命がいて自分は隠れ蓑だ、と真剣に思っていたのだろう。おそらくそれに輪をかけたのはマーガレット様から何らかの接触があったから。


「今はもう、あの男に気持ちは無いんだね?」

「勘違いさせていたらごめんなさい。酷い言葉を言われた記憶はあるけれど、感情としては何も残っていないわ」


 残酷な言葉の呪縛が、するすると解かれていく。どうしてあんな人が好きだったのだろうか。


「それにしても、オズワルドのどこが良かったんだ?

過去の君への発言を聞くだけでも、かなりの自惚れ屋じゃないか?」

「何も言わなくても取り繕わなくてもありのままを受け入れてくれていたから、かしら。今となってはわからない。受け入れたけど認めたわけではないのだもの。

 好きだったというより、兄みたいな感じ。それをあんな風に全否定されて心が縛り付けられた」


 アランはいきなり片膝をついてわたしの手を取った。

「たった三度会っただけで一方的に見初めて、ただそれだけで君に求婚した俺を、気持ち悪いと思うか?」

「うーん、どうでしょう?裏はあると思っても嫌悪感はないんじゃないかな」

 

 外見と家柄の良さは全てを凌駕するだろう。たとえ執着心が強く、家から出さないくらいに溺愛したいと本音を語るような人でもね。 


「一目惚れなんだ、理屈などなく。

 正直、まわりに美しい人間が多くて、顔が綺麗だとかそんな事を気にかけたりしないよ」


 それはそれで失礼なんですけどっ!そして、取った手に頬ずりするアランに、少し慄く。


「俺はね、凛としたリアーナの背中に惚れたんだ。すっきり伸びた背筋のラインの描く曲線の優美さは絶品だよ。細すぎず太すぎずの程よい肉付きをした身体も素晴らしい。彫刻の女神像のようだ。細すぎる女は嫌いなんだ。

 そしてさくらんぼのようなぷっくりと愛らしい唇、切れ長の目元は涼しげで、不思議な色合いの瞳はじっと見つめていたくなる」


 なんでしょうか、この雰囲気。うっとりとするアランは、相当ヤバい奴に見えて来た。


「だから」

「だから?」  

「決して俺の愛を疑わないで欲しい。3年は助走期間だとして、今から本気で全力疾走だ。良いね、良いよね?」


 わたしの感情は置いてけぼりで、愛を伝えるアラン。今までもこんな風だったのかな?

 いや、それは違うと思った。きっとアランは、他人行儀なわたしを怯えさせないように、ゆっくりと距離を詰めて来たのだろうと思った。結局、他人行儀なわたしのせいで夫婦関係が拗れていたのかもしれない。


 そしてそこに、マーガレット様やフローレンスといった第三者の介入があってややこしくなったのは想像に難く無い。


 この夜アランはわたしの部屋から戻らず、朝の支度を整えに来たコニーが絶句するのだが、甘えてくる大型犬のようなアランに絆されたわたしは、ちょろい女なのかもしれない。




「白い結婚は杞憂でした」


 顔が赤らんでいるのが自分でもわかる。目の前の友人は呆れたように、ほら見た事か、という顔をした。

「貴女ねぇ、急に体調を崩したと連絡があって心配していたのに、なぁに?そのにやけた顔は」


 アランには付き合うなと言われたけれど、マリーカくらいしか心許せる友人はいないのだから仕方ない。さらに今日は、学生時代の友人2人も一緒だ。

 2人とも同じような身分の伯爵夫人と子爵夫人。女が4人集まると、騒がしい事この上なく、フランソワ家には久しぶりに華やかな笑い声が溢れていた。

 家令のガイウスや侍女長は笑顔で喜んでくれていたし、料理人が張り切ってとびきりの焼き菓子やケーキなどを作ってくれた。とっておきの茶葉は芳しく至福の時間だ。


 コニーが心配して側についていたけれど、内緒の話をしたかったので、学生時代そのままに4人だけで頭を付き合わせて、誰も聞いてはいないのにひそひそと打ち明け話をする。

 友人らは一様にわたしの無事を喜んでくれたが、あの日の出来事は知らないのだと言う。マリーカは、転落した後にアランに抱きかかえられた姿を見ただけらしい。真相は相変わらず闇の中だ。


 わたしが彼女らに尋ねたかったのは、アランから求婚されたあとの自分の様子、態度に変化があったかどうかという事と、一年ほど前からおかしかったというその実情だ。どのようにおかしかったのか?


 友人達との会話からわかった事は、あの美貌の人の妻となることが決まっても、驚くほど淡々としていたらしい。おそらく、身分違いの恋の相手を隠すための契約結婚になると、勝手に思い込んでいたからだろう。その推測と思い込みについては、友人達には話してはいなかったようだ。彼女達はアランの一目惚れを信じていたし、本当にロマンティックねぇと目を輝かせていた。


 そしてわたしの様子がおかしかったというのは、お茶会の途中で突然泣き出したり帰ったりと、情緒不安定丸出しだったこと。挙げ句の果てに、「貴女達みんな、夫を狙っているのでしょう!」と逆ギレしたみたい。全く記憶にはないが、恥ずかしさと申し訳なさでいたたまれなかった。とにかく謝った。心から。


「いいのよ。リアーナが元に戻って良かったわ。落ち着いて旦那様とも向き合っていると聞いて安心したわ。もう脅迫の手紙が来なくなったって事なのよね?」


 今は伯爵夫人となった友人がそう言うと、子爵夫人も頷く。


「婚約の頃に届いていたのはなりを潜めていたのに、急にまた復活したって聞いた後くらいかしらね、リアーナの性格が変わったのは。変なものでも口にしたのかしら?と噂してたのよ」

「そうそう、気難しくなっちゃって、誰にも会おうとしなかったでしょう?最近王都で噂の怪しげなお薬でも飲んだのかしらねって。何でもそれを飲むと新たな自分になれるとかだそうなのよ。

 例えば気弱な人が勇者のように振る舞ったり、人見知りが改善されて社交界の華になった方もいらしたとか聞くけれど、実際目にした事はないから眉唾物ね」


 何、それ?知りたい。


「ごめんなさいね。わたしね、その頃の記憶が曖昧なの。どうやら頭を打った後遺症みたいで。そんな薬があるなんて知らなかったわ。どこで手に入るの?」

「それがね、誰も見たことがないの。噂なの、欲しくても買えないって。

 リアーナったらそんな顔しないで。たちの悪い笑い話なのよ。

 貴女の性格が急に変わってしまったからちょっと揶揄っただけ」

「そう。噂や笑い話としても、時期が被っている事が気になるわね。本当にその薬を手に入れた人を知らないかしら?」


 一縷の望みを託して、さりげなく尋ねてみた。


「そうねぇ。流行の最先端を行くマルロー公爵夫人ならご存知かもしれないわね。ドレスもアクセサリーも、ご夫人のお眼鏡に叶わないと流行らないって聞くわ。王女殿下時代から有名な話よ」

「性格を変えるってわたくしには必要ないわ。ありのままのわたくしを夫は愛してくれているから、ふふ」

「まあ、惚気?素敵ね。そういえばマリーカとリアーナはどうなの?旦那様とうまくいってるの?」


 怪しい薬の話から惚気話になりかけたところでドアがノックされ、軽食のご用意が出来ましたとコニーが運んできた。

 手軽につまめるサンドイッチやフルーツが並べられると、友人達が知りたがるので、ええ、仲良しよ、などと答えたのだが、どうやらわたしは真っ赤な顔をしていたらしい。


「リアーナがアラン様と仲良くて安心したわ。これならお子様もすぐに授かりそうね」


 にっこり笑うマリーカの言葉に、照れ隠しのように笑った。

 友人達との交流は楽しかった。怪しげな薬については、アランに報告して調べてみる価値はあるだろう。真偽のほどはわからないけれど、マーガレット様が知っている可能性がある限りは、無関係とは言い切れない。






お読みいただきありがとうございます。


アランは残念美形で、ややヤンデレ気味なのは、女性に追いかけられすぎた結果かも。


伯爵夫人と子爵夫人は学生時代の友人。名前も家名も省略。



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