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夫は妻の秘密を知る

「これまでの話、記憶喪失になる前のわたしは知っていたのかしら?」

「実はシャルル達の事を話したのは今が初めてなんだ。あの女の事もね」

「何故?知っていたらより警戒出来たのでは?」

「うーん。正直に言うと、リアーナが聞きたくないと言ったんだ。だからシャルルとソフィアの話はしていない。マーガレット様からの嫌がらせを回避するために、彼女には気をつけるようにとは伝えたけれど」

「何故聞きたくないって言ったんだろう、過去のわたし。凄く重要な話の筈なのに!あーあ、何だか損した気分だわ」


 アランがわたしを見る目は優しい。


「今でこそ、そうやって気持ちをストレートに伝えてくれるけど、過去の君は僕に対して一線を引いていたよ。敬語も無しでありのままの君の言葉で話してくれる日が来て、どれだけ嬉しいか。

 僕がどれほど君を好きかと伝えても、嘘でしょって顔でね。全てわかってるから安心してくれって言うんだ。

 結婚して3年間ゆっくりと愛情を育てて来て、漸く君の心と向き合えたかと思った矢先に、あんな事故があった」

「あ、ごめんなさい」

「子どもの事も君は気にしているようだけれど、僕たちはちゃんと夫婦としてやってきているから、寧ろ僕に問題があるのかもしれない。

 誰かに責められたのかい?領地の両親は養子を取れば良いと言ってるし、僕は君がいてくれたらそれでいいんだよ」


 そうなのか、わたしの他人行儀にも関わらず、アランはわたしを妻として受け入れてくれたようだ。その頃の感情を思い出せないけれど、何かがわたしに歯止めをかけていたのだとすると、それは。


「マーガレット様?」

「おそらく」

「わたしに疑心暗鬼になるような事を吹き込んだのかしら?」

「本人からの接触は無くても、フローレンスのように手足となって動く子飼がいる」

「そうね、おそらく何らかの警告を受けていた」


 わたしはしばし考えていたが、大事な話をしなくてはと思い出した。

「こんな事を聞いて気分を悪くしたらごめんなさい。

わたし達の出会いと結婚の経緯を知りたい」




 アラン・フランソワは第二王子付きの文官だ。文官といえども剣の腕も確かだから、ほぼ側近として王子と行動を共にしている。王子はあの非常識なマーガレット王女の兄で、彼女を嗜める事が出来る存在だ。王太子はそもそも妹姫に興味はなく、陛下と王妃は娘に甘かった。

 結局ソフィア嬢を襲って傷つけた事件も、実行犯のみが処分されて、マーガレット王女はのうのうと過ごしていた。

 それでも、王女の持つ狂気を野放しには出来ないからと、都合の良い降嫁先を探しはじめた時に、やはりアランは目をつけられてしまった。


 伯爵家で身分が足りないからと固辞すれば、陞爵させてやると言う。王女を引き受けてくれるのならそれくらいの褒美は当然だろうと。


「無理だろ、あの女と結婚などありえない」

「しかし、我々も身を固めないと、王命なんて話になったら……」

「いや、シャルルは大丈夫だろう。流石にこれ以上の仕打ちをしたら、ソミュール家が離れていくだろうとわかってるさ」

「お前どうするつもりだ?」

 

 シャルルは従兄弟を心配そうに見つめた。


「実は気になる娘がいるんだ」

「ええっ!嘘だろ、いつの間に」

「よくある話さ」



 その娘を初めて見たのは、王都の城下町の孤児院だった。第二王子は国の隆盛は市井の人々の暮らしの豊かさと比例するからと言って、その為には現状を知る事が必要だとお忍びで偵察に出かける事があった。その度にアランは護衛兼任として付き添っていた。


 孤児院を訪れた時、菓子を振舞う娘がいて、奉仕活動だなと漠然と見ていた。栗色の髪に榛色の瞳、目立たない事この上ないが、ひとつ違ったのはその目の力の強さだ。

 その瞳が印象に残っていた娘と次に再会するのは、教会だった。熱心に祈りを捧げる娘。あの時の、とアランが気付いたのは、まさにその目の輝きだった。

 縁があるなあと思って眺める先では、娘は若い司祭と楽しそうに話しているのであった。あんな風に笑うんだと、アランの心にささやかだが漣のような感情が残る笑顔で。


 3度目に会ったのはカフェだ。この日は非番だったが、街の本屋へ行けばたまたま同僚と出会い、その彼に頼まれてカフェへと連れ立って入ったのだった。

 お前と一緒だと女の子が寄ってきてくれるからと、屈託なく笑う同僚に悪意は無い。仕方ないなと諦めて入ったカフェの近くの席に、なんとあの娘がいた。

 派手な女と一緒で、余程楽しい会話をしているのか大きな口をあけて笑っている。貴族の娘ではないのか?と不審に思って見ていたら、同僚が、なんだ気になるのか?知り合いだから呼んでやろうか?と言った。


 派手な女の方がチラチラとこちらを伺っているのが見えた。同僚が知っているという事にむかついて断ったのだが、あちらの方からやって来た。派手な女はマリーカと名乗った。子爵家の娘だと言う。同僚の知り合いとはマリーカだった。鼻の下を伸ばして、やあマリーカ嬢などと話し始めた2人は無視して、ひとり残された娘を見た。

 彼女は何の頓着もなく運ばれて来たケーキを大口を開けて食べていた。アランはそっと席を立ち、ケーキを頬張る娘の前に腰をおろした。



「それが出会いだ」

「へぇ……で、その後どうなったの?」

「名前を聞き出して、次の休みに父を連れて婚約の申し込みに君の家を訪れた」

「ええっ!たった三度見かけて、まともに話したのってカフェの一度きりで?」

「仕方ないじゃないか、一目惚れってそういうものだろう?」

「それにしても何故わたし?マリーカと一緒にいたなら、美人の方に目が行くものじゃないかしら」

「あー、気を悪くしないでほしいけど、ああいう権力志向が強くて、女を武器にしたのは苦手だ。君の友人だと言うから我慢しているが」

「そう。確かに彼女は婚約者が子爵だって事を嫌がってたの。自分にはもっと良い相手が居るはずだと言ってね。

 お相手は女心には鈍いけど純粋な人で、マリーカを大切にしてくれる人なの。オズワルド子爵はご存知?」

「知っている。だからこそだ。彼のような真面目な男にあの派手好きな妻。一体何がどうして?と思うよ」

「マリーカとロドニー・オズワルド子爵、そしてわたしは幼馴染なのよ」

「え?そうだったのか。それは知らなかった」

「やはり話してなかったみたいね。そう、幼馴染。そしてマリーカとロドニー様は子どもの頃から婚約者同士だったわ」 

「……それで?」

「それだけ。マリーカとロドニー様は結婚したし、わたしも結婚した」

「……リアーナは、オズワルド子爵の事を?」

「誤解しないでね。何とも思っていないわよ。マリーカとも仲良しだし。ただ、マリーカがあの方をもっと大切にしてくれたらと思うだけ」

「何があった?」


 仄かな恋心が砕け散った瞬間を、いまだに引きずっているのかと、自虐で笑いたくなる。その微妙な態度をアランは見逃してはくれなかった。


「君は、知り合った時とは嘘みたいに、大口を開けて笑わないし口数は少ないし、僕が知っているリアーナとはなんだか様子が違ったけど、時々表れるんだ、闊達な明るくて行動的な姿が。

 僕にはその理由がわからなかった。ただ閨も共にして嫌われていないのはわかっていた。それでも線引きされているようで寂しかったんだ」


 アランはわたしを抱きしめた。

「泣かないで」

 あれ、わたし泣いてるの?


「強引に君の心を攫いたかった。本当の僕は……

いや、俺は好きな女を独占してドロドロに甘やかして、他の男に見せたくないから家に閉じ込めていたいと思ってる。リアーナは俺の女だから」


 あれ、あれれ、なんで?アランが豹変してしまった?


「リアーナの変化の理由が他の男にあると認めたくなかったし、認めない。気になったが今まで聞けなかった。聞こうとしたら、ニコニコ笑いながら、今結婚して愛しているのは貴方なのですよと、やんわり拒絶されて、俺がどれほど辛かったか。

 他の男の話をしながら切なそうな顔をする妻を見たくない。

 教えてくれる、リアーナ。俺は、君にとって忘れてもよいくらいの存在でしかなかったのか」


 言葉が出てこない。


「リアーナに嫌われるのが怖かった。君の前では穏やかで優しい夫でいたかった。でももう無理だ」


 抱きしめられた手に力が入り、小さなキスをされ、少しだけびくっとしたものの、アランはさらに深いキスをしたが、嫌な気持ちにはならなかった。


「怒らずに聞いてくれますか?」

「怒るような事をしたの?」

「してない。あのね、聞いて欲しい。3年前の感情だから過去の話として」



 幼馴染のロドニーに恋をした。初恋だ。彼はマリーカの婚約者でもあったが、3人で過ごす時間の中で知らず知らずのうちにロドニーに恋をしてしまった。

 世間一般でのロドニーの評価はとにかく良い人。

その少しふくよかな体型もタレ目で優しげな顔立ちも合わせて、いい人の代名詞のような人。

 そんなロドニーの事をマリーカは小馬鹿にしていて、真面目で優しいだけが取り柄の人だと言うけれど、本当は彼のことが好きなのだって知っている。だからわたしは、幼馴染2人の幸せを祈っていた。


「ねえ、リアーナ。友人として心を鬼にして言うよ?

男は、賢ぶっていて弁の立つ女性が苦手なんだ。

 僕はリアーナがとても良い子だと知っているけど、結婚したいのならその態度は改めないといけないよ」

「どういう意味?賢ぶってなんていないわよ。ロドニーにそんな注意をされなければならない程、わたしって淑女らしからぬと言いたいわけ?」


 確かに婚約の打診が何度があったけれど、その全てが無くなってしまったのは事実だ。理由は知らないが、概ねロドニーの言葉が正しいのだろう。


「そういう所。リアーナは一見おとなしく見えるけど、実は弁が立つんだから。男は女に言い負かされたら機嫌が悪くなるんだよ。今までの婚約がうまくいかなかったのは、それが理由」

「ねぇ、それは酷いんじゃない?そんな事をわざわざ言う為に呼び出したの。わたしが貴方に愚痴った事なんてある?結婚願望なんて無いわよ。わたしには夢もあるし、ひとりで生きて行くから貴方のご心配には及ばないわ。

 それにマリーカも居ないのに。2人きりで話していて変な噂でもたったらどうするの」


「誤解なんてされようがないよ。君はともかく、僕は彼女一筋だから」

「何なの、それ。わかりきっている事を言われても面白くないわよ」

「それに、今日こうやって助言しているのは、マリーカに頼まれたからだよ」

「……どう言う事よ?」

「リアーナはさ、僕の事が好きなんだろう?だけど僕はマリーカしか眼中にないんだ。だから、もう僕に執着しないで他の男をちゃんと見て欲しい。

 君が見合い相手に、まるで喧嘩を売るように問答を投げかけるって、ちょっとした噂になっているよ。そうまでして結婚したくないのは、僕が好きで諦められなくて、執着しているからだってマリーカが言うんだ」


 ロドニーははぁとため息をひとつついた。

「正直迷惑だし、そういうのは勘弁してほしい」


 わたしはその日、泣きながら帰宅した。泣いて大泣きに泣いて、不毛な恋に決着を付けた。

 そして、その1週間後に、アラン達が婚約の申し込みで我が家を訪れたのだった。




 




お読みいただきありがとうございます。


会話文が多くて読みにくくてすみません。


ロドニー・オズワルド子爵  25歳

マリーカの夫。マリーカ、リアーナ、ロドニーは幼馴染。あと、ロドニーはアランと家族学院で同級生だが、彼は地味な人なので、華やかなアランとは交流はなかった。

リアーナの初恋はロドニー。結構酷い言葉で振られました。真面目で良い人と世間では認識されているけど、実は色々と残念な男。



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