シャルルと婚約者、そしてアラン
どうやら、わたしの推理はかなり外れていたようで、お怒りのアランの心に火をつけてしまった。
彼は窓際に追い詰めたわたしをお姫様だっこすると、ベッドの上に座らせて自分は隣に座った。そしてわたしの両頬を大きな手で挟んで、じっと見つめてきた。美形に見つめられてぽわーんとするかと言えばそうでもない。白い結婚ではなかったという衝撃の事実に、頭がついていかなかったのだ。勝手に白い結婚だと思い込み、本命と結ばれる迄の偽装だと思っていたのだから、間抜けもいいところだ。しかも本人にそれを告げてしまったんだから、怒られて当然?
「僕に関わる事を全て忘れてしまっているから、マーガレット様の事も覚えていないかもしれないが、あれは毒婦だよ。結婚以来、散々君にも嫌がらせをしてきただろう」
「へ?」
「あの女は、儚さを装っており、とにかく外面は良いが中身は外道だ。王族であることを利用して好き放題する王家の毒花、それがあの女の本性だ」
どうやら怒りの矛先はわたしではなく、マーガレット様へ向かっているようだ。記憶に残る彼女の姿は楚々と美しい儚げな様子のお姫様で、とてもアランの言うような外道には思えない。
「思い出すのも吐き気がする程に、何度もしつこく僕に絡んできたんだ。うちは伯爵だから降嫁は出来ないとわかると、一生結婚せずに自分の側にいろと命令してきたりもした」
「うわぁ、何だか怖いですね。王家の権力を傘にきていると。あの女呼ばわりしたくなるのがわかる気がします」
距離を詰められている事にドギマギして、思わず軽口を叩いてしまう。
「茶化さないで聞いて。僕が全く靡かない事に苛立ったあの女は、嫌がらせでシャルルと彼の婚約者を傷つけた。シャルル達が幸せそうなのが許せなかったんだろうな。だからシャルルは今でもあの女を憎んでいるし、多分僕に対しても思うところがあると思う。
フローレンスはともかくシャルルまでもが君を尋ねて来たんだ。何か目論見があると考えていたけれど、まさか何も覚えていないリアーナに、わざわざあの女のやらかしを吹き込んで、僕たちを別れさせようとしたとはね。許せる事ではないな」
お、怒ってらっしゃる。わたしは慌てた。
「まず訂正します。シャルル様はフローレンス様がマルロー公爵と共謀したワインへの混入事件に関しては、初耳のようでした。
それに、シャルル様がマーガレット様のせいで婚約解消になったのだとしたら、何故フローレンス様とマーガレット様の交流を許してるのでしょうか?」
フローレンスは、自分の事はどうでも良いが、マーガレット様がお可哀想だと確かに言った。彼女こそがアランと結ばれるべきなのだと。
「洗脳、わかるかい?あの女は、言葉巧みにフローレンスの心を支配しているんだ。それにはフローレンスの出自も関係しているんだけどね」
また新たな情報である。
フローレンスはソミュール伯爵の庶子で幼い頃に引き取られた。義母となった夫人は、義娘に無関心らしい。
あれ?でもアランに婚約を申し込んで欲しいとソミュール伯爵夫人にお願いしたって話を聞いたのだけど。
「あー、フローレンスに対して表向きそう言ってるだけで、叔母上はあの娘のために縁結びなどするつもりはないんだよ」
「庶子だから?」
「ソミュール伯爵への意趣返しだね」
話を聞くとなんだか可哀想になってくる。引き取られた家での扱いが酷かったのだろうか?そこを確認したら、夫人が無関心なだけで、伯爵や使用人達には大事にされているそうだ、良かった。
だけど義母である夫人に蔑ろにされた結果、優しくしてくれたマーガレット様に懐いちゃったの?
「他人の心の隙間に入り込むのが上手いんだ。なんとなく屋敷内で浮いている存在のフローレンスに、下心を持って近付いた。彼女を通じて僕の動向を知りたかったのだろうと思う。
フローレンス自身が僕に好意があったのが誤算だったようだが、自分達の悲恋を応援して欲しいとかなんとか言って最後には自分の手駒にした。こうやって口にするだけでムカつくよ」
一気に押し寄せた情報の多さと重さに、わたしは眩暈がしてきた。他人と対峙するだけでも疲れるのに、謎を解いてやるだなんて意気込んで、頭を使いすぎたせいかもしれない。
目覚めるとベッドの中だった。脳内飽和状態だったわたしは、熱を出してしまった。昏睡から目覚めてそう間もない時期だから、屋敷中大騒ぎだったみたい。
マリーカや友人達と会う予定だったのを全て取りやめて、わたしは少し休むことにした。
知り得た情報を整理する時間が欲しかったし、もっと知りたい事を知るためには、これまで以上の覚悟とそれから体力も必要なのだ。
シャルルとその婚約者への嫌がらせが一体どのような物であったのか知るのは怖いが、わたしが階段から転落した事故に繋がるような悪意を感じている。
そして、マーガレット様がいまだにアランに執着しているのなら、わたしの排除がこれからも続くに違いない。
そう考えるとわたしの転落事故には、やはりマーガレット様の意思が働いているのではないかと思った。マーガレット様の気持ちに、マルロー公爵が協力したと考えるのが自然な気がする。子どもが生まれないまま結婚生活3年目を迎える今のタイミングを、見計らっていたかのようだ。
わたしとアランの夫婦関係も気になるが、マルロー公爵夫妻の関係性が改めて気になってきた。
*
熱が下がり、アランと話の続きが出来たのは2日後だった。
「アラン様、話の続きをしましょう。
わたしは自分に起こった出来事を知る権利があると思うのです。だって死にかけたんですよ。わたしを憎んでいる敵がいるなら、把握しておきたいのです」
「敵って。リアーナに敵なんていないさ。君は僕の事情に巻き込まれたんだと思う」
「そうだとしても、それって夫婦の問題じゃないですか?夫婦なら一蓮托生です。
この際ですからわたし達の夫婦の、関係性も知りたい。貴方はわたしを愛していると仰いますが、わたしは貴方をちゃんと愛していましたか?
アラン様が今後もわたしとの結婚の継続を望むのなら、知らなければならないって思うんです」
都合の良い時だけ夫婦面をするのは許して欲しい。契約上の妻なのに殺されかけるとか到底受け入れられない。わたしにだって意地とか矜持があるのである。
「今のリアーナは僕には全く愛情を感じない?」
アランは打ちひしがれているように見えた。こういう彼の態度から、本当に愛されている妻なんだろうなあと思う自分もいる。
「わからないんです。確かに貴方は好ましい殿方だわ。美しく強く優しい。しかも妻を溺愛していると周囲に知られている。触れられてドキドキもします。
わたしは過去の自分の感情と今のそれが、同じかどうかわからないのです。
あと、マーガレット様の外道っぷりを知っておきたいと思います」
*
アラン・フランソワは伯爵家の嫡男だ。兄弟はいない。
類稀なる美貌を持つ彼は幼少時より女性に絡まれる人生だった。女は怖いと刷り込まれて生きて来た。
2つ年下の従兄弟のシャルルもまた同じような目にあってきた。しかも王家と縁のあるソミュール伯爵家の嫡男という事もあり、アラン以上に露骨に女性に絡まれていた。
早くに婚約者を作れば良かったのかもしれないが、この状況からすると婚約者になった女性が被害を被る可能性は高いし、女性そのものが信用出来なくて婚約に関しては慎重だった。
さて、アランは王家の一人娘でもあるマーガレット王女に目を付けられてしまった。マーガレットはその美しく儚げな外見から想像がつかないほど、嫉妬深く粘着質の女だった。
貴族学院で1学年下に入学して来たマーガレットは、王族の特権を振り翳し、アランを束縛しようとした。アランに近付く女生徒は気がつけば姿を消している。一体何があったのか、知りたくもなかった。とにかくアランにとって、マーガレットは嫌悪すべき女性の代名詞となった。
そんな中シャルルの婚約が整った。相手は隣国の侯爵令嬢である。シャルルと同い年のソフィアは、清楚な白百合のような少女だった。
アラン、シャルル、ソフィアの3人は、ソフィア一家がソミュール家を訪れた時に知り合った。翌年から留学するソフィアは、ソミュール家で世話になる事が決まっていたのだ。
今まで周りにいなかったタイプで、自分たちにやたら馴れ馴れしい態度を取るわけでもなく、穏やかで知的な印象のする少女に、少年達はふたりとも恋をしてしまった。しかし、ソフィアとシャルルは親同士が既に婚約を決めていたので、アランは小さな失恋の痛みを抱えながらも、彼らの恋を応援する事に決めた。
学院には偏執狂のマーガレット王女がいる。シャルルの婚約者という事だけでも注目されるのに、何が彼女のカンに触るかわからないから、王女からソフィアを守らねばと心に決めた。
姫をを守る騎士のように、学年は違うものの、アランは出来る限りソフィアの側にいた。シャルルから頼まれていたのもあるし自分もそうしたかった。
しかし気をつけていても、ソフィアはやはり目立ってしまう。成績も性格も良く楚々とした少女で、しかも婚約者とその従兄弟に守られているとなれば、マーガレットの嫉妬心を刺激するのに充分だった。何より愛しいアランが、従兄弟の婚約者であるソフィアを大切に扱う事が気に食わなかった。
結果、マーガレットの奸計に嵌められたソフィアは、アランやシャルルの目の届かない隙を狙って破落戸に襲われ、その身は守ったものの、顔を切り付けられ大怪我をおってしまった。のしかかられドレスを切り裂かれたソフィアが、破落戸の手に噛みつき逆上した男が、ナイフで顔を……
間一髪で間に合ったソミュール家の護衛騎士達の手で救い出されたソフィアだったが、心配するシャルルにすら怯える様子を見せた。
シャルルは顔の怪我など関係ない、ソフィアを愛しているんだと彼女の側に寄り添っていたが、心を病んでしまったソフィアは婚約を解消して欲しいと懇願して帰国してしまった。
ソフィアを諦めきれないシャルルは、翌年隣国へと留学する。2人の婚約は解消されたが、シャルルの心に残る後悔は解消されなかった。
*
「酷い。それでソフィア様は今?」
「わからない。シャルルはどんな状態の彼女でも受け入れると申し出ているようなのだけど、侯爵家からやんわり断られたそうだ」
「留学したのに会えなかったのね」
シャルルの怒りや悲しみは大きかった。それほどまでに愛されたソフィア様。アランも惹きつけたソフィア様、どんな女性なのだろう。アランは今でもソフィア様への気持ちが残っているのかしら。
「ソフィア様の事件にフローレンスは関わっているの?」
「この頃はまだ子どもだったし、ソフィア嬢に直接何かを仕掛けてはいないはず。彼女はマーガレット王女の元にいたしね」
「え、なんでまた?」
「マーガレットはお気に入りの少女達を侍らせて、自分を崇拝する手駒を作ろうとしていたんだ。出自のせいで浮いた存在だったフローレンスは、行儀見習いとして王宮で過ごしていた。その間にマーガレットを崇めるような洗脳を受けたんだ」
「他にもいるのね。まさに権力を傘に来た外道っぷりね」
「ほとんどが下位貴族の娘たちで、今はマルロー公爵家で侍女やメイドをしてるみたいだよ。フローレンスは伯爵家の娘だが庶子という事で、貴族社会では軽く見られているからね」
あの自信たっぷりな美少女にそんな事情があるとは。道理でシャルルに怯えたような素振りを見せていたわけだ。義母は自分に無関心で放置されていて、兄はマーガレット絡みで自分に冷たい。表面的には普通に接しているけど、妹に向けていた冷たい視線を覚えている。
憧れの従兄弟は、心酔する王女の秘密の恋人でその妻は下位貴族の娘。義母からは冷たくされ、兄から信用されず、貴族社会で庶子だと蔑まれて、フローレンスの心が歪になっても仕方ないのかもしれないと、同情する部分もある。
「排除対象だったのね、わたしも。良く3年の間に事故に合わなかったものだわ」
「いや。君は覚えてないだけで、夜会や舞踏会でドレスを汚されたり、脅迫状が届いたりしていたさ。フローレンスは顔を合わせる度に、下賤な女と罵って来たが、あれは自分自身が言われてきた事なのだろうね。
僕はフローレンスを許せないから、この家には出入り禁止にしていたんだが、シャルルを伴っていればそういう訳にもいかないだろう」
「アランとマーガレット様、シャルル様の関係性はわかりました。
次は、貴方とわたしの真実について、教えてくれますか?」
お読みいただきありがとうございます。
駆け足で背景説明でした。
リアーナの口調が砕けているのは、アランが望んだから。
8/31 シャルルの年配訂正(アランより3歳下→2歳下)に伴う微修正。




