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本当に愛する人と一緒になればいい

少し長めになっております。大体2話分。


 話を聞き終わってどっと疲れが出たのか、ソミュール兄妹がいつ帰ったのかわからない。

 わたしは記憶喪失である事を隠し通しながら、とぼけたやり取りをしなくてはならなかったので、気が気ではなかった。しかしフローレンスはわたしの不自然さには気が付かないようで、怒りながらもあの日の出来事を告白した。


 わたしにワイングラスを渡したのはマーガレット王女―現在は公爵夫人である―のご夫君、マルロー公爵だった。

 正直公爵の事は全く記憶にない。隣国の何番目かの王子でマーガレット王女とは国と国との政略結婚だと聞いた。

 フローレンスはマーガレット様(以降、様付けで統一する)の熱烈なファンで、まだ王女時代にお茶会に招かれて以来、可憐で気取りのない王女に憧れて、恐れ多くも姉のように慕っているそうだ。また王女も愛らしいフローレンスを気に入り可愛がって、新しく興した公爵家への自由な出入りを許すほどである。

 ソミュール家は、先々々代に王女が降嫁され(彼らのひいお祖母様になる)王家とは多少の血の繋がりがあるから、マーガレット様にすれば身内の感覚なのかもしれない。


 そんな大層なソミュール家が未だ伯爵家であるのがわたしには解せないが、かの家の人々のプライドが非常に高い事だけはしっかりと理解した。何の取り柄もない子爵家出身のわたしを厭うには、充分な理由だろう。


 さて、マーガレット様のご夫君マルロー公爵は、大変な女好きで有名との事。わたしの3年前の記憶には残っていないのでどのような方かは存じ上げないのだが、その公爵があの夜会の日の一夜限りのアバンチュールの相手としてわたしに目をつけた。

 一年程前から夜会への出席を夫婦で控えていたのに、その日に限って夫と一緒に姿を現したわたしには好奇の目が集まっていた。珍しい人間にマルロー公爵の食指が動いたらしい。


 公爵はフローレンスに、親戚なのだからそれとなくフランソワ夫人を呼び出せるだろう?と声を掛けた。 フローレンスは敬愛するマーガレット様のご夫君の言葉に否とは言えなかった。それに、憎いわたしがマルロー公爵に汚されて、アランとの仲に亀裂が入れば良いと考えたみたいだ。全く浅はかである。

 そしてまんまと罠に嵌ったわたしが現れたところで公爵が登場し、ワイングラスを渡された。アレルギーだから飲めないと断りたいが、王家に連なる権力者に楯突く勇気はなく、ええいままよと意を決して口にしたのだろう。そして気絶して転落である。

 公爵も手引きをしたフローレンスも、まさかわたしが階段から落ちるとは思っていなかったようだ。それならそれで問い詰めたい。何故、大階段の上などという危険な場所に呼び出したのかと。まるで転落させることが目的であるかのようではないか。


 フローレンスは徐々に涙目になりながら彼女が知っている事を話した。今更ながらに怖くなったのか。

 シャルルはと見ると、眉間に皺を寄せて難しい顔で黙り込んでいる。彼にとっても、妹の告白は意外な内容だったのだろうか。


 それにしても、わたしはアレルギーがあるからワインはほぼ一口しか飲んでいない筈。それは溢れたワインが、クリームイエローのドレスを酷く汚していた事からも推測出来る。たったの一口で気絶して昏倒するのは、アレルギーがあるとしてもかなり不自然。


「フローレンス、ワインに何か例えば相当強い眠り薬が仕込まれていたのを貴女は知っていたの?初めは毒だと言ってたわよね。毒でも何でも同じだわ。何かを与えられる事を知っていて呼び出したのよね?

 わたしが階段から落ちて、いっそのこと死ねば良いと思っていたのかしら。死ななくて残念だったわね」


 フローレンスはいよいよ泣きそうだった。自分が手引きして、マルロー公爵が薬を盛った事が公になると、いくら臣籍降下した元王族であろうと、問題になると考えた。ソミュール家にも敬愛するマーガレット様にも迷惑をかけてしまうだろう。

 そして醜聞を嫌う公爵家と王族は、何食わぬ顔をして全ての責任をフローレンスとソミュール家に押し付ける可能性すらある。


 わたしが意識を取り戻して、どうやら元気そうだと聞いて、フローレンスは自分の目で確認するためにやってきた。

 妹の様子がいつも以上におかしいと思ったシャルルは、従兄弟の妻のお見舞いと言う名目で仕事を切り上げ、急遽フローレンスに同行する事にした。

 フローレンスは、わたしが転落の経緯をアランに話しているのではないかと不安で仕方なかったが、どこからもそんな噂を聞かない。不安に苛まれつつ来てみれば、昏睡から目覚めたわたしはなんだか元気に見える。だからこそいつも以上に辛辣な言葉を投げかけられたのだとしたら、いい迷惑だ。


「ごめんなさい、リアーナ様。今まで酷いことを言ったことを謝ります。マルロー公爵閣下はワインに少しだけ媚薬を混ぜて、酔っている貴女を休憩室へ連れていくと仰ったの。まさか貴女があそこで倒れるとは思ってもみなかった。

 ええ、媚薬も良くない事はわかっています。アランお兄様に溺愛されている貴女に嫉妬していたの。だから貴女が醜聞で傷付けば良いと思った。

 死んで欲しいなどとは決して思っていないわ!それだけは信じてください。貴女が死ねばアランお兄様が悲しむもの。

 許してもらえるとは思いません。それでも貴女に謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」


 フローレンスは押しかけて来た時とは別人のようにしおらしい態度だったが、果たして本心からの言葉なのだろうか疑問は残る。


「今までの経緯があるから、フローレンス様の言葉を信じるのは難しいし、本心からの謝罪だとしても軽々しくフローレンス様を許すとは言えません。

 ただ関わった相手が大物だから公にするつもりはありません。シャルル様、それでよろしくて?」


「愚妹と我が家への配慮に感謝します」

 シャルルに確認すると彼は頭を下げた。さっきの魔王のような様子とはうって変わってなんだか苦しそうだ。その表情からも、彼もまた初耳だったのだなと思った。もしこれが演技だとしたら、シャルルは相当のくせものだ。


 それにしても、ひとくち飲んだだけで気絶するって、かなり強力な眠り薬を飲まされたのはないかと思う。

 そしてマルロー公爵は媚薬を入れたつもりだったという事は、どこかで中身がすり替えられていたわけで、余計に謎が深まってしまった。誰がいつどうやってすり替えた?

 最大の謎は、何故わたしが狙われたのだろうかという事ねとぼんやりと考えていたら、この日最大の爆弾が次の瞬間に投下された。

 

「本当はアラン様の事はもうとっくに諦めがついていたわ。貴女とアラン様の仲睦まじい様子を目の前で見せつけられていたから。それでも『兄』と慕っていれば側にいられると思っていたのよ。だけど、そんなわたしの事はもうどうでもいいの……

 ただ、マーガレット様がお可哀想で」


「どうしてそこでマルロー公爵夫人の名前がでてくるの?」

「マーガレット様はずっとアラン様を慕っているのよ、結婚した今でもね。それに2人は元々恋人同士だったの」


 何という事だろうか。今のは聞かなかった事にするとわたしは慌てて告げた。王族のスキャンダルなど知らずにいた方がよい。ましてや姫君の叶わぬ悲恋の相手が、自分の夫だと知ってしまった場合の妻は、一体どうしたらよいのだろうか。


 その後ソミュール兄妹が帰ってしばらくしてアランが仕事から帰って来た。

 ガイウスから何か聞いたのか血相を変えたアランは、わたしを思いきり抱きしめた。目覚めてから手が触れる程度のスキンシップはあったが、わたしの中では初めての濃厚接触である。18歳のうぶな小娘の記憶のままで恋愛面は止まっているから、美丈夫に抱きしめられて頬ずりされ、あまつさえ頬に小さなキスを落とされて、腰が抜けるかと思った。


 なんとか食事を終えれば、後で話があるから部屋を訪れて良いかと尋ねられた。夫婦だから断る理由はない。ましてや、記憶喪失を理由にわたしにはなるべく触れないよう気を遣っていたアランが、このように焦って我を忘れるとは、何事かあったに違いないと思った。わたしの方にも昼間のソミュール兄妹の話を伝える必要があるし、正直疲れもあってもう頭が回らないけれど、ここは覚悟を決めないといけないと感じていた。


 何の覚悟?それはわたし達が白い結婚なのかどうかを直接本人に確かめる覚悟だ。わたしの中には契約結婚という疑惑も生まれて来ている。

 アランからは確かに愛情を感じるものの、どこか薄っぺらいというか真実味に欠けるような気がしていた。わたしのような、取り柄もなく美しくもなくつまらない女を、愛する理由が無いのだ。わたしだって自分の身の丈をよく弁えているつもりだ。


 それにマーガレット様との関係を知ってしまったからには、わたしがこれ以上フランソワ家に留まる必要はないと思った。



「そう、シャルル達が来たんだね」


 アランは寝巻きにガウン姿で、わたしの部屋のソファに腰掛けている。ナイトキャップにブランデーを嗜む姿が色っぽい。


「リアーナ、記憶はまだ戻らない?」

「そうですね、戻りませんが、わかった事も多少あります。真相に近付きつつあるかもしれませんわ」

「なんというか、君は変わったね。倒れる前の君は物静かで、いつも柔らかく微笑んでいて、そんな風に感情を顕にしなかったのだけど」


 眩しそうに目を細めるアランに、やっぱり夫の前では猫を被ってたのかと納得する。

「まあ、そうですかね。本来こんな性格なんです。

コニーはわたしを能天気と言いますが、大雑把な上にずけずけ物を言う性格で、可愛げがないし何より美しくもない、それゆえ婚約者もいませんでした。

 何故かアラン様に気に入られて結婚したみたいですけれど、記憶がないものですから信じられません。

 そんな事より、フローレンス様の話、気になりませんか?アラン様には知りたい事がおありなのでしょう?」

 

 アランはため息をついた。

「どうして君はいつも、自分を卑下するんだ。君は美しいよ。それに僕は美しいというだけで君を好きになったわけじゃないよ」

「全くご冗談を。アラン様ほど美しい方に言われたら本気にしちゃいますよ」


 わたしの答えに満足したのか

「そうだな、知りたい事と言えば、僕の前ではずっと猫をかぶっている君の本当の姿、かな」と、

 アランは揶揄うように笑う。悔しいけどうっとり見つめてしまうくらいに美しい。青い瞳がきらきら輝いている。


「わたしには知りたい事があるんです。

 アラン様は、マーガレット王女、今のマルロー公爵夫人と大層仲がよろしかったそうですね。フローレンス様から聞きましたよ。お二人は恋人同士だった、で合ってます?

 もしも、今も秘められた恋を続けてらっしゃるのだとしたら、妻の不貞にお怒りのマルロー公爵から、わたしは毒を盛られてしまったのかもしれません」


 アラン様は驚いた顔でぽかんと口を開いたままだったが、気を取り直したようで慌てて言い募った。


「何を言い出すんだ、言って良い事と悪い事がある。

僕の愛する人は君一人だ。マーガレット王女とは昔も今も何の関係もない。君に勘違いさせるような馬鹿な事を言ったのはフローレンスか?厳重注意せねばならない」


「聞いてました?そうじゃなくて、アラン様がマルロー公爵夫人と恋仲だから、公爵は仕返しの為にわたしに毒を、毒っていうか媚薬を盛ったのだと申し上げているんです」


 その時の夫の、アラン様の驚愕の顔をわたしは忘れられないだろう。美しい人でもあんな間抜けな顔をするんだ。


「媚薬……」

「だそうですよ。マルロー公爵からわたしを誘い出すよう頼まれたと、フローレンスが全て語りました。

 公爵閣下って女性関係が派手らしいですね。マーガレット夫人とは政略結婚だと聞いています。王族同士ですから政略結婚の拒否は出来ませんよね。

 ただ、夫人が恋人を忘れられなくて、例えば閨を拒んでいるとしたら、公爵には浮気をする大義名分が出来るかと。それが派手な女性関係に繋がっているのだとしたらどうなのでしょう。責められるのは、マーガレット様とその恋人になりますね」


 アランの眉間に皺がよった。怒っているらしい。


「違う!僕はマーガレット様とは関係ないんだ。過去に殿下から頼まれてエスコートしていただけで、あの方に何の感情も持っていない!寧ろ、いや辞めておこう。とにかく僕が愛しているのは君だけなんだ!馬鹿な事を言い出さないでくれ!」


「ああ、取り繕わなくても大丈夫ですよ。記憶喪失になってしまって覚えていない事ばかりで不便もありますけれど、多分これは真実だと思うのです。

 わたし達、白い結婚ですよね。契約結婚というのが正しいのでしょうか」


 アランは今度は驚きすぎて、手にしていたショットグラスを落としてしまった。わたしは立ち上がってグラスを拾う。中身が入ってなくて良かった。


「リアーナ、君は一体、何を根拠にそんな事を言うんだ!いい加減にしないと僕だって怒るぞ」


 あ、本気で怒っている。流石に一気に詰めすぎたかと、わたしは逃げ出す体勢を取った。大声で叫んだらガイウス辺りが助けに来てくれるかしら。


「今まで無理をさせてしまいました。どういった経緯で結婚したのか、思い出せないのが申し訳ないと思っています。

 アラン様、離縁してください。子なし3年、その上記憶喪失、理由としては充分です。アラン様は心から好きな方と結ばれたら良いと思います」


「勝手に話を進めないでくれ。誰が君と別れると言った?僕は君を愛していると何度も何度も伝えてきた、今だって!だけど君が信じようとしないんじゃないか。僕の気持ちはわかっているから、無理をするなの一点張りで」

「だって無理しているでしょう?わたし馬鹿じゃないつもりです。アラン様がわたしと結婚した理由は、秘密の恋の隠れ蓑なのでしょう?

 アラン様はマーガレット王女を手に入れる為に伯爵位を早急に継ぐ必要があった。だけどそれには結婚が必要条件で。

 だから街で出会った、害のなさそうな子爵家の娘に婚約を申し込み、その娘が迷う時間もないほど素早く結婚したんですよね。そして白い結婚で3年を過ごし、ようやく仮初の妻と離縁が出来るというわけです。

 想定外だったのは、わたしが記憶を失ってしまった事ですが、今となってはそれも不幸中の幸いかと。

 あとはマルロー公爵夫妻が離婚すれば、晴れて愛する恋人と一緒になれる、そんな筋書きですか?」


「君はっ!」

「はい?」

「どうしてそう先走って結論づけるんだ?しかも全て友人や従姉妹の話からの推論だろう?どうして……」

「はぁ」

「どうして僕に尋ねないんだ?知りたい事は聞けば良いだろう?いつも和かに笑って、全てわかっているように達観していて、君の幸せとか愛情は一体どこにあるんだ?仮初の妻?そんな事を思った事は一度もない!」


 アランは立ち上がり、わたしとの距離を詰めて来た。わたしも立ち上がり、自然と窓際に追い立てらる形となる。


「記憶を失ったからって何だよ、そんな事で僕たちの3年間を無かったことに出来ると思うのか、君はっ!

 それに白い結婚だと思い込んでいるようだが、僕たちはちゃんと夫婦だった。嘘だと思うなら医者に調べてもらうといい。

 僕は君を愛しているんだ。もっと知りたい、近付きたい、触れたいとずっと思っている。今この瞬間もだ。何故、今のように感情をぶつけてくれなかったんだ。そんなに僕が信用出来ないのか。僕の愛を何故受け止めてくれないんだ」


 あらら、わたし何か間違えました?




お読みいただきありがとうごさいます。 

リアーナの推理が爆裂してしまい、フランソワ夫婦の危機です。


マーガレット・マルロー公爵夫人  23歳 アランの秘密の恋人疑惑あり。

マルロー公爵25歳くらい? 隣国の何番目かの王子。マーガレット王女に婿入りし、この国公爵位を貰った。無類の女好きとの噂。


8/31 文章の推敲と微修正。

リアーナの言葉で進行する際の敬称を取りました。マーガレット王女に関して、会話内はマーガレット様で統一。





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