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ソミュール兄妹の突撃

「お待ちくださいっ!奥様はまだ体調が優れず……」


「そんなわけないでしょう?マリーカ・オズワルドを呼びつけたって聞いているわよ。それくらい元気だって事よね!

 せっかくわたくしがお見舞いに来てやったのだから、逃げたら承知しないわよ」


 バァンと扉を開けて入って来たのは、金髪の巻き毛に青い瞳の、アラン様に似た感じの美少女だ。まだ17.8歳だろうか。後ろに従者を連れている。


「あら、可愛らしい方」

「ふんっ!わたくしが可愛い、いえ美しいのは当たり前よ。それより今日こそは貴女と決着をつけるわ。

 階段から落ちて生死を彷徨ったなんて、どうせアランお兄様の気を引く為の嘘なのでしょう。全く底が浅いわね、子爵風情が考えるような陳腐な芝居に騙されたアランお兄様がお可哀想だわ!

 さっさと身を引きなさい、リアーナ・()()()!」 

 

 ロランというのはわたしの旧姓だ。この少女は、わたしが既にフランソワ家の人間だと知らないのか、或いは認めないつもりらしい。記憶喪失とは言え曲がりなりにも伯爵夫人、売られた喧嘩は買わせて貰う。


「どちら様か存じませんが失礼ではありませんか?わたくしが命の危機にあったのは事実、何ならお医者様が証明してくださいますから、お呼びいたしましょうか?」

「どちら様ぁ?言うに事欠いてわたくしの存在を無視するつもりだなんて一体どういう立場で!あんたなんてお飾りの妻でしょうがっ!」


 新たな情報が出て来た。わたしはお飾りの妻だと、この美少女は確かに言った。


「立場ですか?アラン・フランソワの妻でフランソワ伯爵夫人ですが?

 さっきからアランお兄様と馴れ馴れしく呼んでいらっしゃるけど、アラン様に妹はいないわ、貴女は一体どこのどなたなのかしら?」


「奥様っ!この方は旦那様の従姉妹のフローレンス・ソミュール様でいらっしゃいます。ソミュール伯爵家のお嬢様です」

 家令のガイウスが血相を変えて教えてくれたが、どうやらわたしは美少女の地雷を踏んでしまったらしい。

 わなわなと唇が震えている。彼女は近くにあった重そうなガラスの水差しを手に取った。あら、なんて馬鹿力なのでしょう。


「馬鹿にしてるの!?」

 そして美少女の手から放たれた水差し。あ、ぶつかると思った瞬間、わたしの前に誰かが立った。しかも抱きしめられている。

 ガシャンと音がして水差しは床に落ちて割れた様だ。ガラスの綺麗な容器だったのに勿体無い。


「リアーナ様、大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です。貴方こそ背中に水差しが当たったのでは?」


「妹が申し訳ありませんでした。決してご迷惑をおかけしないようにと私がついていたにも関わらず、こんな事になって」


 体を解放されて目の前に立つ人を見ると、美少女フローレンスに似た面差しの金髪の青年である。わたしは従者だと思っていたが、どうやらフローレンスの兄のようだ。その青年が頭を下げている。わたしは困ってガイウスに目配せをした。一体どういう状況なわけ?


「ソミュール伯爵家ご嫡男のシャルル様であられます。御二方はアラン様のいとこ様達でございます」


「シャルルお兄様っ!違うの!お兄様ごめんなさいっ!お兄様に当てるつもりなんてなかったの!その女にぶつけてやるつもりが」

「その女とは聞き捨てならないな。フランソワ伯爵夫人だよ?あろう事か、格上の伯爵夫人に水差しをぶつけようとした、たかが伯爵令嬢のフローレンスの行いは咎められても然るべきだ。早く夫人に謝罪しなさい」


「嫌よ!わたくしはこの女を認めていないの!アランお兄様の妻だなんて図々しいにも程があるのよ」

「……フローレンス。それでは父上から正式に謝罪を申し入れるよう伝える事としよう。その場合どうなるかわかっているね?」

「お、お兄様。わかったわ。謝れば良いのでしょう?」

 フローレンスの顔には涙が浮かんでいる。大暴れしておいて、何故貴女が泣くの?ちょっと待った!


「お待ちになってください。謝罪は受け取れませんわ。いきなり押しかけて来て、病み上がりのわたくしに対する罵詈雑言と狼藉、ご令嬢が謝ったくらいではわたくしの気持ちはおさまりませんわ」


 美少女の顔が絶望に染まり、シャルル様は愉快そうに表情を緩めた。全く兄妹で反応が違うのが面白い。


「そうですわね。謝罪をしてくださるのならとりあえずお話しましょう。ガイウス、談話室に2人をお通しして。その前にシャルル様はお着替えくださいな。フローレンス様の方もお願いね」


 背中が濡れてしまったシャルルは着替えに立ち去り、令嬢なのに化粧が崩れてどろどろのフローレンスは侍女長に任せ、わたしはガイウスを捕まえた。


「簡単で良いの。彼らの情報を知りたいわ」



 ガイウスの話によると、彼らはソミュール伯爵家の兄妹で、アランとはいとこ同士の関係。前フランソワ伯爵(お義父様ね)の妹君の嫁ぎ先がソミュール家なのだそう。

 フローレンス嬢は18歳で、年の離れた美しい従兄弟のアランを子どもの頃から慕っているらしい。アランからは可愛い従姉妹としか見られていないのはわかっていたけれど、母親のソミュール夫人を通じて婚約の申し込みがあったそうだ。

 いとこ同士の婚姻は禁止されてはいないけれど、どうしても血が濃くなりがちな貴族社会では、まあまあ忌避される傾向にある。そんな中で大変勇気のある行動だと思われる。それほどまでにアランの事が好きだったのだろう。


 しかし、その申し込みは断られ、結局わたしがアランと結婚した。

 ちなみにフローレンスもシャルルもいまだ婚約者がいないのだとか。シャルルには、以前は婚約者がいたが解消になったらしい。他所様の事情はわからない。シャルルはわたしと2つ違いだが、学院でお見かけした事がないわと思っていたところ、他国へ留学していたとの事、納得である。見目麗しい方なので、同窓なら覚えているはずた。


 それにしてもアランもそうだが、フランソワの血を引く人間の美の遺伝子には恐ろしいものを感じる。ソミュール伯爵の事は存じあげないが、きっと両親の美を集めたのだろうなあと思わずにはいられない。 


 ソミュール伯爵家とは親戚としての付き合いがあったのか聞けば、年に1.2度、それこそ夜会や舞踏会で顔を合わせる程度だったのではないかと言う事。ちなみにアランが彼らをどう思っているか確認したところ、

「シャルル様はいずれソミュール家をお継ぎなりますから、そういった意味では親戚としてうまくお付き合いをされているかと存じますが、フローレンス様は奥様の悪口を吹聴して回っておられて、旦那様はそれを苦々しく思っておられまして、フローレンス様を避けておいででした。あまりにもしつこい場合は、ご令嬢のお父上に苦情を申し入れる事もしばしばで」


 聞けば聞くほどフローレンスのやらかしは酷い様である。そんな事をして、寧ろアランから嫌われたいのかと問いただしたくなる。恋は常識を曇らせるのだろうか。


「アラン様の叔母様のソミュール伯爵夫人はどのようにお考えなの?」

 そこは確認しておきたい。フローレンスの母親が親戚特権を振り翳して、わたしの排斥を煽っていたのだとしたら?もしかするとドレスに染み込んだワインに関わっているかもしれないのだ。


「ソミュール伯爵夫人のマリエット様は、お子様達を大切には思ってらっしゃいますが、実家の事もきちんと考えておられ、伯爵を継いだアラン様に迷惑をかける事のないように仰っているようです」

「それはどこからの情報?」

「……マリエット様ご本人が当家に来られて、暴れるフローレンス様を引き摺ってお帰りになりました。ちょうど旦那様と奥様がご結婚されて、新婚旅行からお帰りになられた日でしたでしょうか」


 ああ、フローレンスは本当にやらかしているのね。呆れてしまう。恋する余りに狂ってしまったのだろうか。だから、わたしを殺そうとしたの?

 いや、まだそこまで飛躍するのは早計である。まずはフローレンスをとっちめる必要がある。


 さて、支度が済んだ2人が談話室にやってきた。いよいよ楽しい座談会の始まりだ。



お読みいただきありがとうございます。


フローレンス・ソミュール伯爵令嬢 18歳 アランの従姉妹

シャルル・ソミュール 23歳 フローレンスの兄


8/30 シャルルの年齢を21歳から23歳へ変更しました。


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