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真っ白な関係でしょうか

 昏睡から目覚めて1ヶ月。体調も問題ないし、食欲もある。フランソワ伯爵家にも慣れて来た。慣れてくれば、家令を始めとする使用人達も快い人達ばかりで、奥様ようございましたと喜ばれた。

 これからまた人間関係を一から築くのは少し面倒だけど、アラン様にも伯爵家にも良くして貰っているので、とりあえず記憶の戻らないまま伯爵夫人としてこの家に留まる事にした。

 アラン様からは記憶が戻らないのなら無理に夫として受け入れなくても構わないから、自分との間に新たに愛を育くんでいって欲しいと言われた。妻としての務め、つまり閨事は今はしなくて良いとも言われている。わたしの気持ちに寄り添った言葉に感謝しかない。


 しかしながらわたしは少々考え込んでしまう。3年も婚姻関係にあるのに子どもがいないこの事実。そして妻の務めはしなくて良いと言われた事。


「これってつまり、白い……」


 思わず声に出しそうになったが、周りに誰もいなくてホッとする。今はこの屋敷の図書室にいるのだ。少しでも記憶回復に繋がればと、フランソワ伯爵家の系図を見たりしようかしらと思い立ったのだった。

 

 白い結婚なのではないかと疑うのには理由がある。

だって、まるで記憶に無いのですもの!アラン様と閨事があったのならそれは忘れる筈がないと思うのだ。少なくとも彼を見て何らかの感情が動くのではないかと。しかし残念ながら、2人で夜を過ごした記憶がない。自分が乙女なのかどうなのか確かめる術もない。さすがにお医者様に診てもらうのは、気恥ずかしいし問題があるだろう。


 それよりも本当に白い結婚であった場合、一体どういう理由でわたし達は結婚して、それを受け入れたのだろうか。出会って半年で結婚の意味とは?

 

 わたしは家系図を指でなぞりながら思考の海に溺れていた。




「ああそれは、アラン様が爵位を受け継ぐのに、妻帯が条件だったからなのよね」


 わたしは今、学生時代の友人のマリーカを呼び出して、テラスでお茶を飲んでいる。彼女ならわたしの結婚について何か知っているのでは?と考えたのだ。

 マリーカは婚約者と結婚して今は子爵夫人、学生時代の一番仲良しだった友人だ。

 わたしの空白の3年間を知るために、マリーカには記憶喪失の事実を告げなければならなかった。彼女は驚いていたが秘密の厳守を誓ってくれた。そしてこの半年ほど没交渉だったと断った上で、

「そうね、以前はまともだったのよ、貴女」

「え!どういう意味かしら?」

「急に塞ぎ込んでね、こちらからお茶にお誘いしても体調が悪いと全て断られたのが半年くらい前かしら。その頃から夜会でも見かけなくなったから、どこか悪いのかしらと心配していたの」

「屋敷の誰もそんな事を教えてくれなかったわ」

「そりゃそうでしょう。使用人達が奥様の気持ちを乱すような事をするわけないわ」

「そう。それはおいおい探っていくとして、マリーカに聞きたいのは、わたしと旦那様の結婚のきっかけについてなの。両親は町で出会ってお互い一目惚れしたって言うのだけど、信じられなくて」


 マリーカは呆れた様な顔をしていたが、ここだけの話よと念押しした。

「わたしが喋った事を貴女の美しい旦那様には絶対言わないでよ?」

 わたしはうんうんと頷いた。何やら秘密の匂いがする。

「この話は貴女から以前聞いたのよ。アラン様は妻になる人を探していたらしいの。真面目で心優しい人というのが条件だったのですって。自分があれほど美しければ相手の美醜には興味ないのね。あらやだ、何その顔、貴女を貶しているわけではないわよ、リアーナ自身がそう言ったのよ」

「で?」

「それで、たまたま町を散策中に、平民の幼い子らにお菓子を配る貴女を目にした」

「ああ、孤児院を慰問してた時かしらね」

「貴女の旦那様は興味深く思って、何をしているのか尋ねたそうよ。そしたら、自分で焼いた菓子だけど形が歪で、だけど捨てるには勿体無いから子ども達に食べて貰うのだと言ったみたいよ、貴女」


 いやいやそれは建前で、形が歪とか関係なく孤児院の子どもたちに差し入れに行ったのだわ。


「その時に貴女の優しさや真面目さに心を打たれて、妻にするならこの人しかいないと恋に落ちたんだって。ほんといい加減にして欲しいわよね。そんな与太話、美形だから許されるけど、孤児院で手作りの菓子を配る貴族の娘なんてよくある話じゃない?」

「ごめんなさい。で、後継者になるために妻帯というのは?」

「それは一族を繋いでいくためには独身では困るからなんじゃないの。良くある話よ。

 とにかくリアーナと結婚して、それから割とすぐに貴女の旦那様はフランソワ伯爵になったわ。

 アラン様の結婚でどれだけの女性が泣いたかわかる?あの人もの凄くモテるのに婚約者もいないし、恋人の噂も聞かないし、夜会には現れないしで、貴女は嫉妬の渦に巻き込まれていたわよ」




 電撃的に結婚した後も、やはり色々と嫌がらせはあったみたいだった。挙句、子どもが出来ないことから石女ではないかと噂され、アラン様には愛人の申し出が多数あったそうな。今もあるんだろうな、きっと。

 子なし3年で離婚の理由になると言うから、わたしの後釜に座りたい女性達がアラン様へ猛アピールしているのだろう。そんなにモテる人なのに何故わたしだったのだろうか。


「そんな事が続いて貴女は少しおかしくなっちゃったの。友人の誰ひとりとして信用できない、みんなアラン様目当てなんでしょう?とか言い出してね。そこまで追い込まれていたのね」


「知らぬこととは言えごめんなさい。そんな失礼な事を言ってたなんて。それなのによく会ってくれる気になったわね。本当にありがとう」


 覚えていないが、何となく想像は出来る。嫌がらせに神経をすり減らして、自分の殻に閉じこもって勝手に拗ねて怒ってたんだろう。


「貴女が怪我をした日、わたしもその場にいたの。大きな音がして誰かの悲鳴が聞こえた。何事?と振り返ったら、大階段の下に貴女が倒れていたの。手にしていたグラスからの溢れたのか、貴女のドレスがワイン色に染まって微動だにしなかったわ。わたしは咄嗟に動けなかった……」


 マリーカの顔色は悪い。きっと思い出してしまったのだろう。誰だって頭を打って倒れた人間が知り合いだったら、恐ろしいし混乱してしまって当然だ。


「そうしたらアラン様が駆け寄って来て、貴女の名前を呼び続けたわ。そして抱きかかえてその場を離れたのよ。周りは唖然としていたわ。何が何やらわからなくて。

 確かに疎遠になっていたけれど、久しぶりに会ったリアーナは随分痩せて辛そうだった。あの時どうして一緒にいてあげなかったのかと……少なくとも一緒にいたなら、貴女が転落するのを防げたかもしれないわ。ごめんなさい、何も手助け出来なくて」


 マリーカの謝罪に、わたし達はふたりして泣いた。

旦那様を焦がれる余り、嫉妬にかられておかしくなっていたわたしを、見捨てないでいてくれた友人には感謝しかない。


 結婚の事情が少しわかってきたところで、いよいよ本題である。


「それでマリーカ、貴女はわたし達の結婚が白い結婚かもしれないって知ってた?」


「ええっ!嘘でしょう!あんなにベタベタくっついておきながら、真っ白な関係なんて信じられないわっ!詳しく聞かせてちょうだい」




お読み頂きありがとうございます。

奥様、記憶喪失を逆手に取って大暴走中。


マリーカ・オズワルド子爵夫人 21歳

リアーナの学院時代からの友人。こちらも子どもはいません。


8/30 誤字修正



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