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妻の危機、夫の危機

 そしてわたしは今、ジャン・マルロー公爵とダンスを踊っている。これは絶好のチャンスだ。


「夫人はあの夜の事を覚えている?」

「それがさっぱり」

「私と話した事も?」

「ええ、綺麗さっぱり、これっぽっちも」

「貴女はなかなか面白い女性のようだ。半年前はなんというか外側は綺麗だが中身がないというか、心をどこかに置き忘れたような感じだったからね」


 何故か公爵は自分から語り始めた。


「そうですか」

「私はね、美しいものが好きなんだ。妻もそう。彼女に色々問題があったのは知っているが、補って余りある美しさがあるでしょう?それに王族という権力も持っている。だから妻が正常と狂気の狭間にいても大して気にならない」


 なんて事を仰るの。つまり全て知っていて受け入れているという事なの?


「夫人は知りたいのだろう?何故気を失って階段から落ちたのかを。

 言っておくがマーガレットの仕業ではない。彼女は愚かで散々な事をしてきたが、私と結婚して変わったのだよ。私に捨てられるのを恐れてこれまでのように激情のまま誰かを貶め傷つける事はしないだろう。

 まあそれが我々の婚姻の条件で、私はとんでもない女を躾ける代わりに、小国の第四王子という箸にも棒にひっかからない立場から、この国の公爵として扱われている。金も地位もあり政治とは無縁、素晴らしいと思わないかね」


 マルロー公爵はまだ20代半ばの筈なのに楽隠居を決め込んでいた。それに聞き捨てならない単語がちょくちょく飛び出してくるのだが、今はそれには目を瞑ろう。


「つまり閣下は、王女殿下に躾をなさったと」

「そうだね。言うことを聞かない野生動物を躾けて支配下に置くという困難な任務ほど、わくわくしないかい?」


 マルロー公爵はそのお美しい顔で世間話を語るかのように平然としているけれど、なかなかに鬼畜では無いだろうか。


「マーガレットは私の言いなりだよ。他の女に嫉妬して見せるのは、我々の間のちょっとしたスパイスみたいなものなのだよ。色事には刺激が必要だろう?

 私が手を出すなと命じたなら彼女は一切動かない。そして私は君を傷つける意図はなかった。君は私の好みでは無い」


「それでも公爵夫人を盲目的に慕っているフローレンス様のような存在もおります。あの人たちはマーガレット様に忖度して誰かを傷つけるのに抵抗がないようです。

 もっともそのようにあの子達を育てたのは閣下の奥様です」


 わたしは目の端でアランの姿を捉えていた。万が一公爵に何かをされたらすぐに助けに来てくれると信じている。だから少し強気で踏み込んでみた。


「フローレンス嬢か。まだまだ子どもで全く食指が動かない。実のところマーガレットはあの娘を嫌っている。妻は身分に厳しいから庶子の娘など使い捨ての駒くらいにしか思っていないし、自分の真似をするあの娘が嫌いなのだよ。同族嫌悪ってやつかな」


 なんてこと。盲目的に慕っている相手が、実は自分を嫌っていたなんて知るとフローレンスは絶望するだろう。流石に可哀想だ。


「では、あの夜のワインに何か仕込まれていたと考えるのは間違っておりますか?」


「うん。巷では女好きのとんでもない奴だと言われているけれど、外も中も美しくないものは受け付けないのだよ。それにマーガレットを溺愛している。

 言ったように君の中身は搾りかすのようだったが、マーガレットが気にしているので近付いた。夫君のガードが固くてなかなか近付けなかったのだがね。

 あの時の搾りかすの君にはこれっぽっちも興味が沸かないし、ワイン好きな私がワインを冒涜するなどと考えただけで悍ましいね。

 君は心がどこかに飛んでいっており、自らの手で給仕からワイングラスをひったくった。何か薬を入れる隙などなかったと断言して良い

 それにどちらかというと君よりもフランソワ伯爵に興味があるから、伯爵相手なら媚薬でも盛っていたかもしれないね」


 え!まさかアランを狙ってたの?


「閣下はそちらの趣味も?」

「はは!面白いね。そうだ、美しければ性別は問わないよ」

「まあ、そうであるなら、わたくしは閣下とライバルですわね。わたくしも夫のアランを全力で愛しておりますから負けませんわ」

 

 マルロー公爵はニヤリと笑った。

「いいね、気に入った。あ、さっきのは冗談だから気にしないでくれたまえ。君の夫君に手を出したら、恐ろしい返り討ちに合いそうで肝が冷える」


 公爵の言葉に嘘はなさそうな気がする。マーガレット様の躾も気になる、だけど。


「あとひとつだけ教えていただけませんか?わたしの侍女に化けていた女、あれは公爵夫人が送り込んだのですか?彼女は途中からわたしを守る行動を取っていました。その理由をご存知ですか?」


 曲の終わりが近付いている。わたしは焦っていた。

コニーが口を割らない上は、黒幕と思しき人に尋ねるしかない。


「君の侍女?さあわからないな。マーガレットに聞いてみてもよいが見返りが必要だが?」


「では結構ですわ。マルロー公爵閣下と踊る栄誉を与えてくださって感謝いたします」


 わたし達は軽く会釈しあって離れた。離れる前に公爵が耳元で、では見返りは無しでと囁いたが、掴みどころのない人だ。

 ただ、ワインには何も入れていない、マーガレット様は公爵に夢中で、公爵は彼女に対して躾をしているいう言葉は信用して良いと感じた。直感だけど。躾の内容は怖くて聞くことは出来ないけれど。



 アランは案の定、女性の群れに囲まれていた。公爵と踊り終えたわたしを見て、その群れを片手で追い払うと駆け寄って来た。


「何もされなかった?」

「大丈夫よ。閣下だってこんな人目のあるところで何かしようと思わないわ。それにあの方、遊び人を演じているだけで、真の姿は別なの。詳しくは帰ってから話すわ」


 マーガレット様に会って、マルロー公爵と話し、マリーカに釘を刺した。シャルルとソフィア様の幸せな姿を見ることも出来た。夜会参加の目的は概ね達成されたのではないかと思う。

 マルロー公爵との会話で疲れ切ったわたしは、アランに気遣われながら公爵家を後にした。

 帰ったらコニーの様子を見に行かなきゃ。


**


 マリーカ・オズワルドは震えていた。夫のロドニーが心配そうに尋ねる。

「やはりリアーナに何か嫌な事をされたんだね。彼女はまだ僕を諦めていなくて、マリーカに嫌がらせをするんだな!全くなんて女だ。幼馴染でなければあんな女……」


 夫の罵る声をぼんやり聞きながらマリーカは考えていた。


 バレているのだと悟った。あのドレス、全く同じ形のものを自分のサイズで仕立てた事がバレているのだと。

 そもそもドレスを仕立てたのは嫌がらせだった。あんたよりめりはりのある身体をした自分の方が、アラン様の隣に立つのに相応しいと。しかしながら、そのドレスを着る機会はない。そんな事をしたら、アランに嫌われてしまう。

 ドレスを仕立てないか?と声を掛けてきたのはあの女。まさかあの女から話を持ちかけられるとは思ってもみなかった。保管もあの女がしていたが、あの夜会の前日連絡があった。


 明日の夜会で、リアーナとお揃いのドレスをこっそりと着て、リアーナとアランを驚かしてやらないか?と言ってきたのだ。それは面白そうだと、マリーカはその提案に乗った。


 フローレンスがリアーナを階段の踊り場に呼び出した。マルロー公爵には、閣下に内密のお話をしたい女性がいると伝えさせた。マーガレット様についてらしいのですと、フローレンスが両手を組み唇を震わせて言えば、公爵は疑いもせずにその場に向かった。


 マリーカはクリームイエローのドレスに着替えて、踊り場から続く休憩室の扉の陰に隠れた。

 思惑通りやってきたリアーナは、公爵と二言三言話していたようだが、普段は飲まない赤ワインのグラスを手にとっていた。気分を落ち着かせるのには酒が良いとでも言われたのか。

 そろそろと扉の陰から出て、リアーナからしか見えない位置に立った。


 こちらを向くのよ、あたくしを見るのよ、マリーカは強く念じた。リアーナがクリームイエローのドレスを纏ったマリーカの姿を捉えた。

 

 それから先はご存知の通り。アランから贈られたドレスと全く同じドレスを着た女が立っているのを見て、ショックを受けたリアーナはワインのせいもあるのかふらふらと身体を揺らし始めると、階段から一気に落ちたのである。

 マリーカは悲鳴をあげそうになったが、すんでのところで押し止まった。気配に気がついたマルロー公爵は、階下のリアーナを助けに行く前に振り返ってマリーカの姿を目にした。

 倒れて落ちてゆく女と、同じドレスを着た女が顔を隠しながら去ってゆく。


 面白くなりそうだと、マルロー公爵が思ったかどうかは定かではない。




お読みいただきありがとうございます。

ドレスの謎と転落の経緯を書きました。



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