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溢れたミルクは元には戻らない

間が空いてしまいました。侍女コニーと対峙します。

 侍女コニーは貝のように口を閉ざしたままだ。


「名前は?」

「……」

「毒の入手先は王女か?」

「……」

 

 アランが女の座っている椅子の背を蹴りつけ、女は椅子ごと倒れ込んだ。

「あの女が助けに来るとでも思ってるなら相当おめでたいな。お前の命などあの女にとっちゃ虫ケラ以下だろう」


 これほど冷たい顔のアランを初めて見た。どうやら、わたしが長期間にわたり何らかの薬を盛られていた事がアランの逆鱗に触れて、気を抜くとそのまま彼女の命を刈り取ってしまいそうだ。そんなアランを見たくない。


「アラン、後は騎士団に任せましょう。この人をここで責めてもきっと何も喋らないと思うの」

「そう、リアーナはそれで良いの?この女を騎士団などに引き渡したら、口封じで即死ぬと思うけどね。それに大切な妻に何をしたのか、俺には知る権利がある。君はもう部屋に戻りなさい。後は任せて」


 わたしは、侍女だった人を見た。目が合った。


「嫁いで3年、世話をしてくれてたのよね。貴女にも事情があるのはわかるけど、どうして記憶の操作などを?信頼させて依存させるために?」


 偽侍女は視線をそらさない。そこにいるのは、昨日まで頼り切っていたわたしの侍女の姿だ。

 寝つきの悪い夜に、温めたミルクにはちみつをたっぷり落として持ってきてくれるのはこの人だ。記憶が戻らないわたしの愚痴を、笑い飛ばしながら聞いてくれたのもこの人、お世辞にも気が利くと言えなかったのは、もともとの出自から教育が足りていなかったのだと今ならわかる。それでも具合の悪いわたしを、熱心に世話をしてくれたのもこの人だった。


『ゆっくり全部お飲みなさい。嫌な事を忘れられますからね。さあ、リアーナ様、コニーの目を見てくださいよ』


 わたしはその言葉に安心してミルクを飲み干すのだ。今日だって口に含んだ時は、なんだか心が落ち着いて、コニーを問い詰める気持ちなんてどこかへ飛んでいきそうだったのだが、アランから渡されていた気付けの為の小さな飲み薬が意外な事に良く効いた。


 じっと見つめていると先に視線を外したのは彼女の方だった。


「毒とか薬じゃない。薬は後に残るからあたしは使うのは嫌だった。だから薬は使ってない。もちろん避妊薬なんて使っていない。あれは使い続けると身体を壊し、2度と子を産めなくなるから、

 心の操作ってわかるかい?ああ、難しい言葉だと暗示や洗脳とか言うんだよね。

 ねえ、暗示にかける相手にはね、向き不向きがあるんだって。

 素直で馬鹿な人間のほうがかかりやすいってさ。あんたはすぐにかかったよ?馬鹿だからさ」


 コニーだった人は一気に捲し立てた。


「あたしがあんたの侍女だと、子どもの頃からずっと一緒だと、信じさせるのは造作もなかったよ。この結婚に裏の意図があるんじゃないかと疑っていたあんたにとって、周りは全て敵だった。そう仕向けたのはあたしだけれど、元々充分にその要素があったんだ。

 あんたは良く溢していた。マリーカの夫、オズワルド子爵から言われた言葉が呪いのようだと。

 あの夫婦には反吐が出る。友達面してるけれど、内心はあんたへの嫉妬と羨望でぐちゃぐちゃなんだよ。

 夫は優越感からあんたを貶め、嫁は格上の憧れの男に見染められたあんたに嫉妬して、小さな嫌がらせを繰り返していた。鈍いあんたがそれに気が付かないようにね。どうせあたしの事を告げ口したのもあの女なんだろう?

 あの女の事はこれから信じては駄目だよ。今まではあたしが何とかしてきたけれど、もう守ってやれないから」


 何故か突然饒舌に語りはじめたコニーだった人、いえ、わたしにとってはコニーでしかない彼女は、怒りに震えるアランに怯えることもなく喋り続けた。


「……誰もが羨む美形の旦那とは形だけの結婚で、本当は愛されていないって少しずつ刷り込んでいったのはマリーカ・オズワルド。あんたは徐々におかしくなっちゃったの。

 あんなに依存してたマリーカも拒絶し、この家の使用人達も拒絶し引き篭もりになっちゃってね」


 偽コニーは俯きがちでその表情は見えないが、何かを堪えているように見えた。

 顔を上げた時、彼女の頬には一筋の涙が流れていた。


「子が生まれないのは愛のない夫婦だからだ、と。このまま一緒にいてもお互いに不幸になるから離縁するつもりなのだと、リアーナ様は仰った。

 だからわたしは、それは違うと何度も伝えた。旦那様は奥様を心から愛してらっしゃると。

 だけど、リアーナ様の心は疲れ切っていて、何も聞きたく無いわと、わたしすら拒絶しようとした。だから心穏やかに過ごせるように良く眠れるように暗示を掛けていたのに、あの夜大公に捕まってそして階段から転落してしまった」


 わたしは齎された言葉の真意を考えていた。アランは腕を組んでコニーを睨みつけていたが、彼女の邪魔をしようとはしなかった。何かを話そうとして逡巡する様子が見てとれたから。


「目覚めたリアーナ様は、何か吹っ切れたように明るくおなりで。いつも楽しそうで。

 旦那様からのお土産を美味しいから一緒に食べようと言って、今日は自分がお茶を淹れるから、おもてなしを受けてくれって。

 ただの使用人の、しかも裏切り者に、リアーナ様はお茶を淹れて旦那様からの手土産の箱を開けて、どれが良い?と笑って尋ねた」


 コニーは泣き笑いのような顔でわたしを見た。


「リアーナ様、貴女様の感情を操作して疑心暗鬼に陥らせ、子どもを産めない体だと思い込ませ、階段から落ちる原因を作ったのは、確かにわたしでございます。子どもさえ生まれなければリアーナ様に危害は加えられないだろうと考えていました。

 本当に申し訳ない事を致しました。ただ、薬などは一切使っておりません。繊細で優しいお心のリアーナ様は、わたしという人間を信じていたのであっさりと洗脳に引っかかっただけでございます。

 階段の事件はわたしは知らないのです。リアーナ様に近付きすぎたわたしは警戒され、排除される予定だったのでしょう。

 本当にごめんなさい。申し訳ありませんでした。

 3年間貴女様のお側で過ごした時間は楽しゅうございました。

 旦那様、リアーナ様をお守りください。どうぞ旦那様とお幸せに……」


 ゆっくりとコニーが倒れ込む。口から血を吐いていた。わたしは彼女の名前を叫んだ。

「コニー!嫌よっ、起きて!」


 コニーに駆け寄ったアランは、使用人を呼んで彼女を客間に運ぶように指示をした。医者の手配もしたようだ。


「歯に毒を仕込んでいたのかもしれない。こんな場合を想定して医者は呼んであるから、リアーナ泣かないで」

 アランには予想が出来ていたのだろう。権力のある人間の手足となって動いていた者が、その企みを知られたら、自ら命を断つようにと言われていたのだろうか。


 わたしは複雑でやり切れない感情のまま、呆然と立ち尽くしていた。アランがわたしを抱きしめて流れる涙を拭ってくれても、何も出来ず何も話せずにいた。

 ただ、コニーに死なないでいて欲しいと、それだけがわたしの望みだったのだ。

 



お読みいただきありがとうございます。

根っからの悪人ではないコニー、彼女の事情もおいおい明かされます。

暗示だけで避妊が出来るのか問題についてご意見おありな方もいらっしゃるでしょうが、異世界恋愛の緩いお話なので広い心でお読みいただけますと嬉しいです。



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